第8話:住人その2。ミシェル。

 粉砕機シュレッダー

 スクラップ河の内部で『坑道』を掘りながら徘徊し、手当たり次第にスクラップをく細かく粉砕し、腹の中に飲み込んでしまう機械生命体オートマトン

 飲み込んだスクラップは、腹の中できちんと分別した上でカートリッジで排出してくれる。分別は磁性を持つ鉄かそれ以外かに留まらず、プラスチックやレアメタルもきちんと分けてくれる。

 粉砕機シュレッダーは、スクラップ河の生態系における分解者スカベンジャーというわけだ。


「わ、わああああ!?」


 人間に対する反応は『中立的』とされている。

 外からの命令を受け付けず、ひたすらスクラップを分解し、カートリッジを排出する。輩出したカートリッジを人間が拾うことについては頓着しないが、腹の中にあるカートリッジを無理矢理奪おうとすれば『敵対行為』とみなし反撃する程度。

 

 こちらから手を出さなければ襲い掛かったりしないし、そもそも人間が近くにいるのなら、安全のためシュレッダーを止めてしまう。

 そのはず。だったのだが。


「い、黄昏のレンガ道イエローブリックロード! 黄昏のレンガ道イエローブリックロード!」


 今。まさに。 粉砕機シュレッダーはコッコ達に襲い掛かっていた。

 狭い通路で、銀色に輝く二軸のシュレッダーを唸らせて、じわじわとキャタピラで近付いてくる。


 コッコは自身の異能イレギュラーである金色のブロックで、これを防ごうとする……が、ライフル弾すら止めるハズのブロックは、いとも簡単にシュレッダーに巻き込まれ、粉々にされてしまった。

 一つ、二つと出しても。二十と三十と出しても。いくらでも。いくらでも。粉砕され、飲み込まれてしまう。


「そんな……電磁装甲のハズの黄昏のレンガ道イエローブリックロードが!」

「何時間も何日間も掘削し続けてもすり減らない超硬合金です! コッコさんのブロックでもこれは……!」

「だったら!」


 コッコは祈祷機プレイヤーにディスクを挿入し、霊子外骨格アーキタイプを再生する。

 一対のドーザーブレードを備えた重装歩兵型霊子外骨格アーキタイプ、OZ-02 WOODSMAN。

 狭い坑道の内部でドーザーブレードを振り回すのは苦労するが、周囲のスクラップから適当な鉄骨を引っこ抜き、粉砕機シュレッダーに突っ込ませる。


「まだまだ!」


 一本や二本では終わらない。

 手あたり次第に、エンジンでもモーターでもラジエーターでも。とにかく固そうなモノなら何でも突っ込ませる。

 そうやって突っ込ませて行けば、さしもの機械生命体オートマトンも『喉を詰まらせて』動きを止めるはずだと、コッコは目論んでいた。


「ココねー! 逃げよう! その子全然止まらないよ!」


 マータの指摘の通り。

 一時的に、多少は粉砕機シュレッダーの動きが鈍ったように見えるが、それでも停止には至らない。駆動部にかかっているであろう負荷も、彼らにとっては『屁でもない』といった様子だ。

 なんなら。口笛すらも聞こえてきそうな気楽さで。


「……仕方ない。後退するよ!」


 正面から対処するのは困難であると判断。

 とはいえ、この狭い坑道内で側面や背後に回り込むことは難しい。さりとて逃げようにも、コッコとマータが入ってきた方の道は粉砕機シュレッダーがその身体で塞いでしまっている。

 

 必然。後退するなら『奥に』行くしかなくなる。

 歓迎すべき状況ではなかった。

 黄昏のレンガ道イエローブリックロードがあるので照明には困らない。粉砕機シュレッダー自体も動きは鈍い。逃げようと思えば、坑道内部を走って距離ととること自体は問題なかった。


 とはいえ。機械生命体オートマトン達があちこちに掘り進めた坑道は上下左右に曲がりくねっており、無数に枝分かれして迷走していた。

 方向感覚の強いコッコと言えど。音響探査エコーロケーションで立体的に構造を把握できるマータと言えど。逃げ回りながら出口を探すのは困難を極めた。

 

「う、ここはダメ……!」


 しかも。出口に繋がってそうな雰囲気のある通路に限って、粉砕機シュレッダーが待ち受けている。銀色の牙を嬉々として回転させて、コッコ達を歓迎する。

 当然に引き返し、別の道を探そうとするも。


「こっちもダメ……」

「あそこにもいるよ!」


 稼働している粉砕機シュレッダーは、一機ではなかった。二機も三機も稼働しており、その全てがコッコ達を排除すべき敵と見做していた。

 機械生命体オートマトン達は、それぞれマスターサーバーと繋がっていると同時に、近くにいる仲間とも霊波エーテルによる通信を行っている。

 彼らは坑道の作りを完全に把握し、仲間内でこれを共有している。これにより坑道が崩落するのを防ぎ、また崩落しても仲間を助けられるよう互いの位置を把握していた。

 

 つまり。個にして全であり、全にして個。

 故に。コッコ達を追い込むことくらいはいつでもできたのだ。


「まずい。囲まれた……」


 行き止まり。

 上下左右に逃げ場のない、袋小路。

 背後からは粉砕機シュレッダーが迫ってきている。

 絶体絶命か。


「……コッコさん! マータさん! こっちへ!」


 不意にミシェルが、袋小路の壁の一部を指差す。

 コッコとマータの間から出て行って、その壁の一部を掴み、『開いて』みせた。


「そうか! 車のトランク!」

 

 スクラップに埋まり、半分がた潰れていはいたが。それは自動車の後ろ半分だった。

 コッコ達はそこに三人で入り込み、トランクを閉めて隠れる。


 しばし沈黙。

 キュラキュラとキャタピラがスクラップを踏みしめる音。

 ギャリギャリとシュレッダーが噛み合い、威圧するような音。

 それらが、近付いて、止まって、留まって。


「…………」


 ゆっくり、遠ざかっていった。


「……行ったみたい」

「良かった……あくまで粉砕機シュレッダーですからね。触れたモノを『食べられるかどうか』で判断してるだけだから、センサー類は鈍いと思ったんです」


 音響探査エコーロケーションでマータが粉砕機シュレッダーの動きを報告するのに、ミシェルはほっと息をついた。

 おそらく、狭い坑道の中で活動する粉砕機シュレッダー には視覚聴覚みみも不要だったのだろう。マップデータを基に対象を追跡することはできるが、至近距離で詳しく位置を探知する能力が乏しい。

 

 ただし。これも一時的な避難に過ぎない。

 そもそもこの袋小路だって、そのうち粉砕機シュレッダーの気が変わり、坑道を掘り進めることになるかもしれない。そうなれば、中にいる三人ごとこのトランクも粉砕されてしまうだろう。


「余裕は無い……けど、事情を話す余裕くらいはできたよね? ミシェルくん」

「はい。本当に、面目ないのですけど……」


 トランクの中で、さらに身を縮込ませながら、ミシェルは恐る恐る話を始める。

 ミシェル。種族は魚族サハギン。あおぞら工務店でアルバイトとして雇われている。現在は、ロケット祭りの準備で忙しい日々を送っている。


 ロケット祭りとはその名の通り、都市の各地でロケットを飛ばして競う大会である。

 あおぞら工務店でも、既にロケットの試作機を何機か作っていた。それも、単にスクラップを修理したモノではなく、リバースエンジニアリングの成果を利用して新造したモノだ。

 だが、ロケット本体を作れても、肝心の燃料が不足していた。


 機械生命体オートマトンは基本的に燃料も電池も必要としない。だが、機械生命体オートマトン自身がロケットやミサイルを使うことがある。そのために自動工場で燃料が合成される事例も少なからず存在した。

 その自動工場を。企業体連合リヴァイアサンに買い取られ、独占されてしまったのだ。


 こうなると企業体連合リヴァイアサンとの繋がりの無い『西側』の工房は質の悪い燃料を使うしかない。あおぞら工務店ではどうにか酸化剤は調達できたものの、燃料の質は粗悪としか言いようのないモノだった。


「噂だと。現市長が企業体連合リヴァイアサンに加担してるとかいないとか……今回のロケット祭りで企業体連合リヴァイアサンに勝たせて、次回からは西側の工房を追い出してより『清潔』で『経済的』なイベントにしようだとか……」

「うわあ……そりゃ棟梁も怒るだろうねえ……」

「僕も怒ってます。ロケット祭りは単なる花火大会なんかじゃありません。ロケット祭りは、人類の独立を目指した自由と希望のお祭りなんです!」


 そこでミシェルは、まだ使える燃料が無いかとスクラップ河に潜ったのだ。

 浅い層は探索されつくして、ロクな資源はないけれど。もしかしたら。もっと深い層には。ロケット燃料の詰まったポッドがあるかもしれないと。一縷の望みを抱いて。


「結果としては……僕はこうして変な機械に追いまわされて、途中でケータイも落としちゃって……コッコ姉さんにまで迷惑をかけてしまって……情けないです……」

「い、いやいや、そんなことはないよ! ないよ!」


 ばしばしと。コッコはミシェルの肩を叩く。


「ミシェルくんには勇気があるよ! 棟梁のために燃料を探そうとしたんじゃないか。結果はどうあれ、生き残るために隠れていたのは恥ずかしいことじゃないよ」

「コッコ姉さん……」


 マータも、恐る恐るながらも、ミシェルの肩を叩く。


「ミシェルくんは根気あるよ。機械を勉強して、パーツからでも全体がわかるようにしてたんでしょ? だからみんなが助かったわけだし……」

「マータさん……」


 がしっと、三人で肩を組み合う。


「ミシェルくんの勇気と根気に、ボクとマータちゃんも答えるよ。三人で、必ず無事に帰ろう」


 三人で、今一度、決意を確かめる。

 まあ俺ことイナバもそこにいるんだが、わざわざ口を挟むと面倒なので黙っておいた。


「でも、どうします? 粉砕機シュレッダー。を倒すのは難しいですよ?」

「そこだよねえ……」


 正面からではとても戦えない。

 さりとて、側面や背後に回り込もうにも、相手は複数いる。一体を倒そうとして、他の一体に追いつかれたら単に挟み撃ちになるだけだ。

 三人で散開して対処しようにも、地の利は向こうにある。戦力を分散して各個撃破されては意味がない。


「……かろうじて天地はわかる。とにかく上に向かってドーザーで掘ってみるのはどうかな?」

「無計画に掘ると崩落の危険があります。コッコさんのブロックで支えるにしても、それだけ大きな音がしたら流石に気付かれるし、あっという間に囲まれちゃいますよ」

 

 コッコの提案。しかし却下するミシェル。

 そもそもOZー02 WOODSMANは森林伐採作業のための霊子外骨格アーキタイプを改造したものだ。スクラップの塊を掘り進めるにはパワー不足だし、時間がかかる。

 

「あの……」


 そんな中、マータが声を挙げる。


「一つ。思いついたことがあるんだけど……試していい?」

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