第7話:サルトル棟梁かく語りき

 コッコとマータは、サルトルの作業場に案内された。

 必要最低限の設備が備わったガレージだ。整備中の自動車やら機械が置かれており、あちこちに機材や工具がぶら下げられたり放置されたりしている。

 座るよう促されたパイプ椅子も、そのへんのジャンク品から寄せ集めた廃材でつくられたモノだ。見てくれはずいぶん前衛的だったが、座ってみると案外丈夫で、座り心地も悪くない。

 

「茶なんぞ出さねえからな。冗談じゃねえよ」


 コッコとマータに向かい合うように、どかっと自身も椅子に座るサルトル。

 脚の鉤爪で、きりきりと苛立ち交じりにコンクリートの床をひっかいている。

 あおぞら工務店の棟梁。サルトル。機械生命体を分解修理し、また改造も行っている。動力部以外ならば、かなりの精度で再現することができる都市でも指折りのエンジニアだ。


「お構いなく。お仕事中にごめんね?」


 そんな彼に対するコッコは、あくまで落ち着いた声色で頭を下げた。『前線指揮官向きの声』は、こういった乱雑な場所でも通りが良い。

 マータも、コッコのその動きに倣う。


「おうおう。邪魔だ邪魔だ。用が済んだらさっさと帰るんだな」


 だがサルトルの対応はぞんざいだった。

 はなっからコッコの態度も言葉も気にしてはいない。存在そのものをうるさがっていた。


「むむ……」


 結ばれたマータの唇に、さらに力が入る。思わず睨みそうになるのを、慌てて堪える。

 見るからに気難しそうな『おじいさん』。マータの出身である岩礁にもいた、老人のエンジニアを思い出す。寡黙で人嫌いで、いつもしかめっ面で。マータは少し苦手だった。


「ん? いや待て。ひょっとしてお前は鯱族オルカか? 鯱族オルカだろお前。鯱族オルカなら、機械の事わかるか?」


 そうかと思った瞬間に、急に水を向けられたマータ。

 戸惑いながらも、サルトルに対応する。


「まあ、機械なら、ちょっとくらいは……」


 マータも。紅港では小型船サンパンを使っていた。ある程度の修理やメンテナンスも自分でできる。岩礁では古い機械を修理して使うのは生業の一つだったし、マータもある程度の心得はあった。

 特にガソリンエンジンを使う機械なら、初見でもなんとなく構造が理解できる。 


「ほう。話せるじゃねえかお前。やはり内燃機関だ。機械生命体オートマトンやマスターサーバーに頼り切りではダメだよなあ?」


 マスターサーバー。

 エーテルネットワーク上に存在し、都市の機械生命体オートマトンを統括する遺物であり異常存在イレギュラーだ。機械生命体オートマトンから送られてくる情報を受け取り処理するのはもちろんこと、ネットワークを通じて機械生命体オートマトンへのエネルギー供給も行っている。


 つまり。マスターサーバーとの接続が不安定になれば、機械生命体オートマトンは暴走もしくはエネルギー不足に陥り停止してしまう。これは中立なモノも協働的なモノも同様だ。

 現在、人間が都市で利用している機械生命体オートマトンは非常に多岐に渡る。自動車から電子レンジまで、ほとんどの機械が地下の自動工場で生産された機械生命体オートマトンなのだ。

 故に都市の人類は、エーテルネットワークから離れることができない。


 とはいえ。しかし。

 そんな機械生命体オートマトンやエーテルネットワークに頼らない『人類の機械』を研究するエンジニアは少なからず存在している。

 結局はエーテルネットワークも異常存在イレギュラーであり、機械生命体オートマトンにも暴走の危険があるのなら。それらから解放されなければ人類の『真の勝利』は有り得ないのだと。

 サルトルはそういう『人間復興ルネサンス』を目指すエンジニアなのだ。 


「やはり自分で燃料を燃やしてこそ機械よ。それを企業連合体リヴァイアサンの奴ら、資金力に任せてロケット燃料を買い占めやがったんだ! おかげでこっちは質の悪い燃料で勝負しなきゃならなくなってなあ……」


 勝手に一人でヒートアップし、ますます脚の爪を鳴らすサルトル。

 先の燃焼実験の失敗も、燃料の質が原因だと忌々しげに語っている。

 

「え、ええと……」


 マータも『人間復興ルネサンス』の思想は理解できる。それは単にガソリンエンジンの音が気に入っているだけではあった。彼女にとっては無音の機械生命体オートマトンよりは内燃機関の音を聞いている方が落ち着けたので。


「大変だねえ……」


 対してコッコの方は、それほどのこだわりはない。太陽教アナトリアには「降る星の光よりも多くを求めるなかれ」という警句があるが、その意味するところは曖昧で、解釈の幅が広すぎる。少なくとも、直接的に機械生命体オートマトンが否定されるような教えではない。


「やはり鯱族オルカはスジが良さそうだ。太陽教アナトリアの奴らは、いい加減な奴らが多くて困る!」

「ご期待に沿えず申し訳ございません……」


 やや納得いかないながらも、謝罪するコッコ。

 そして。


「……そろそろお仕事の話していい? というか、さっきからミシェルくんが見当たらないのだけど」

「ミシェル? ああ……?」


 コッコのアパートの住人である、ミシェル。

 彼は、このあおぞら工務店にて、サルトルの助手として働いていたハズである。基本的には勤勉な性格で、毎日出勤していたハズだった。

 それが、さっきから影も形も見えない。作業場のどこにもいない。


「燃焼実験に夢中で気にしてなかったな。たしか、河に行くとか言ってたが、まだ帰ってきてないのかもしれないな」

「それ。いつの話?」

「二日……いや、三日前の話だったか?」


 コッコが一気に立ち上がる。

 マータも続く。


「棟梁。それって遭難って言うんだよ。早く探しに行こう!」

「え? いや、どうせねぐらに帰ったんじゃねえのか?」

「後で詳しく話すけど! 諸般の事情で! 今はボクもミシェルくんもアパートには帰れないんだよ!」


 すぐさま作業場を飛び出して、スクラップ河へ向かうコッコとマータ。

 そして俺ことイナバ。

 飛び出した二人と一匹を、数機の無人機ドローンが追ってくる。


「ミシェルのやつ。燃料を探すため河の深いとこまで行ってみるとか言ってたが……帰ってなかったのか」

「経営者としてさ。従業員の勤怠の管理はきちんとした方が良いと思うよ……?」

「冗談じゃねえよ。ハムスターじゃあるまいし。ほっといても死にはしないだろ」

「そうだと良いし、ボクもそう願っているよ」

無人機ドローンで河を上から探ってみる。何か見つけたら伝えろ」


 スピーカーで言葉を交わした後、上空へ去っていく無人機ドローンを見送る。


 スクラップ河は、外から見れば確かに河に見えるが、実際は違う。より厳密に言うなら、いくつかの層に分かたれた『渓谷』と言った方が近い。

 河に見えるのは、それだけ多くのスクラップが無造作に投げ込まれた結果に過ぎない。ガレキの隙間をすり抜けるようにして潜っていけば、河のより深い所を調べることができる。

 コッコは黄昏のレンガ道イエローブリックロードのブロックを光らせ、スクラップの洞窟の中を進んでいく。マータもまた、それに続く。


「マータちゃん気をつけてね。所詮はスクラップの塊だから、いつ崩れるかわからない。尖ってたり、危険な化学物質もあるかもしれないから、不用意に触らないで」

「わかった。ココねー」

「浅い層はほとんど調べられちゃってるハズ。ロケット燃料とか貴重なモノを探すなら、深い層なんだけど……」


 当然ながら、河の中へ潜るほどに、光量は少なくなっている。

 黄昏のレンガ道イエローブリックロードのおかげで光源には困らないし、発火の危険も少ないが、それでもこの雑多なスクラップの中で、遭難者の『手がかり』を見つけるのは難しい。


「ココねー。そのミシェルって人。魚族サハギンだったりする?」

「ん。ああ。そうだった。肝心なこと伝えてなかったね。ミシェル君は、ちょっと色が派手な魚族サハギンなんだけど……ん?」


 なんでわかるの? 

 とコッコが聞くより早く、マータがコッコと隊列を入れ替え、前に出る。

 あちこちのガレキに頬を当てたりして、何かを探っている。


「もう少し……方向はこっちで合ってる……いや、ここ!」

「え、え!? マータちゃん何してるの!?」


 唐突に。マータはガレキの壁の隙間に身体を突っ込ませる。

 コッコは慌ててマータの腰を抱える。


「ココねー! 捕まえた! そのまま引っ張って!」

「よ、よくわかんないけど……御意にウィルコ!」


 しばらく二人、ジタバタと暴れつつ。

 コッコがマータの身体をガレキの中から引っ張り出す。

 そして引っ張り出されたマータもまた、両手で『何か』を捕まえていた。


「ひ、ひいいいい! 食べないでくださいー!」


 オレンジ色の作業用ツナギを身にまとった、魚族サハギンの少年。

 体表のウロコもオレンジ色で、熱帯系の明るい色だ。


「ミシェルくん落ち着いて。ボクだよ。コッコだよ」

「は、うわああ! コッコ姉さん! はわ、うわああん!」


 コッコの姿を認めると、安堵して腰を抜かしてしまった。

 しかしそれでも、呼吸が落ち着かない。心臓が収まらない。


「……魚族サハギンの心臓の音は、マータやココねーとは違うからさ。音自体はすぐに掴めたんだけど……どうしたの? どうしてそんなに怯えてるの?」


 マータも、ミシェルに目線を合わせて尋ねる。

 知り合いであるコッコが、助けに来たと言うのに。このミシェルは、一向に落ち着いた様子を見せない。むしろ不安と緊張がより高まっているようにも見える。


「あ、あの! 僕はずっとココから動けなくて……でもポケットに飴玉しかなくて、ピンチだったんですけど……」

「うんうん。怖かったね。えと、どっか怪我してる? それで動けなかったの?」

「ち、違うんです! 動けなかったのは、あいつから隠れていたからで……あ、あああ!」


 唐突に、コッコとマータの背後を指差すミシェル。

 コッコとマータはミシェルの指先を見て、ゆっくり振り返ってみる。


 そこにいたのは。

 二軸のスクラップシュレッダーを猛烈に回転させ、キャラピラ駆動にてこちらに迫る、大型の機械生命体オートマトンだった。

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