非常事態がビジネスです

第6話:突撃! あおぞら工務店

「ふむ。サンズリバーの奴は元義勇兵か。確認はとれたのか?」


 俺はコッコに尋ねる。


「ジョナサン警部には聞いてみたけど、裏が取れる可能性は低いだろうってさ。角竜族ケラトの男性で、似たような特徴を持つ人というだけでも、ずいぶんな数がいるらしくて……」


 地下鉄戦争直後のリベリオン軍と言えば、まだまだ混乱が続いている時期だ。

 その時期ではまだまだ政情が不安定で、記録にもだいぶ混乱が見られる。どこの部隊で何をしていたかがわかればまだマシかもしれないが、それすら不明では手の打ちようがないだろう。

 

「異能に目覚めたのが退役後かもしれないし。特殊部隊にいたというならさらに記録を掘り出すのは難しくなるだろうってさ」

「特殊部隊ねえ……そんな大げさな奴に見えたのか?」

「……あるいは、もっと危険な相手かもしれない。今回は、向こうに戦う気が無かったわけだけど……もし、最初からボクを倒す気でいたのなら……」


 そのまま、やられていたかもしれない。

 強い反省と自戒を込めて、コッコは静かにそう呟いた。


「銭湯で戦闘なんてギャグにもなりゃしねえ。相手のユーモアのセンスが良くて助かったな」

「茶化さないでよ。ボクとしては反省することしきりなんだよ。もう少し裸での戦闘に自信があったら、逆にあそこで捕縛できたかもしれないのに……」

「嫌だよ。裸での戦闘に自信ある奴。そんなもん目指してるんじゃねえよ」


 素手ならまだしも。服くらいは着て戦え。

 元型師アーキテクトとしても、戦闘には適した装いドレスコードがあると考えている。


 閑話休題。

 あれから、コッコとマータは物置で夜を明かし、ウヅキはカフェでの仕事に戻った。


「若い子の肌を見て元気が出たから。たぶんもう大丈夫」


 とは彼女の言だ。だが、朝になってカフェに来てみれば、まだ原稿用紙を前に頭をかきむしっていた。まあ、多少休んだ程度でパパっと仕事が進むようになるというのなら、最初から苦労はない。

 コッコとマータは、苦悩する漫画家を横目に朝食を摂ってから、神殿前のバス停に向かった。


 目的地はイズモタウンの西の外れ。

 河川の無いイズモタウン。とは言ったが、実は『河』なら存在する

 都市の中で不要になったり動かなくなった機械が投げ込まれ続けて、まるで『河』のようになってしまった廃品置き場ジャンクヤード

 それがスクラップ河だ。


 中にあるのは、ほとんどが故障して活動不能になった機械生命体オートマトンや、そのパーツを基に作った機械達だ。

 しかしジャンクならジャンクなりに、修理するなり改造するなりで使い道はいくらでもある。最悪、屑鉄にしてリサイクルすることもできるのだ。


 機械生命体オートマトンのほとんどは、人類に対して中立的だ。

 人間が操作すればその通りに動く自動車や工場機械がそれであり、彼らは自ら判断することのないタダの機械だ。一般的には、これは機械生命体オートマトンと認識されてすらいない。


 協働的な機械生命体オートマトンは、勝手に動いたり判断したりはするが、人間に対して有益だったり、友好的な反応を示すものを指す。

 これは都市のあちこちに存在する自動販売機ベンダーがそれだ。これらは地下の自動工場で生産されて、都市のどこかに現れる。食料や弾薬を売っている便利なモノだが、中には使い方のよくわからない道具とか、そもそも買うまで何を売ってるか教えてくれない個体もいる。


 敵対的な機械生命体オートマトンについては、そのままだ。人類を見つけ次第、攻撃を始める危険な個体。

 地下鉄戦争ではこれらが異様に都市に溢れ、人類を都市から排除しようとしていたことがある。それに反攻するために組織されたのがリベリオン軍だ。

 リベリオン軍は各地から義勇兵を募り、ついには敵対的な機械生命体オートマトンの大部分を地下に押し戻すことに成功した。

 

 まあ、この戦争を『人類の勝利』とするには、諸説あるのだが……それについては別の話。

 ともかく。ジャンクもまた都市の貴重な資源だ。

 都市での生活には機械が欠かせないし、機械生命体オートマトンとは上手く付き合っていく必要がある。捨てられた機械を修理するのも、その内の一つだ。


 スクラップ河の近くのバス停で降り、そのまま河に沿って歩く。

 当然だが、スクラップの河に流れはない。ただ、周りの土手や傾斜から考えて、なんとなく『上流』を目指して歩いていく。

 数分も歩けば、目的地が見えてくる。


「ココねー……何あれ?」

「う、うわ……ヤバい!」


 しかしそれより先にコッコとマータの目に入ったのは。

 赤い炎と、もうもうと上がる黒い煙だった。


「急ぐよ! マータちゃんちょっと失礼!」


 コッコはMDを祈祷機プレイヤーに挿入。霊子外骨格アーキタイプを再生すると同時に、両手でマータを抱きかかえた。

 そのまま槍騎兵型霊子外骨格アーキタイプOZ-03 Leoを着装。踵に設けられた拍車で地面を噛んで、ローラーダッシュで現場へ急ぐ。

 

 サンズリバークランの襲撃か?

 だとしたら目的は?

 工務店は無事か?


 様々な思考がコッコの脳裏を駆け巡るが、敢えて彼女はそれを押さえつけて『停止』させた。

 緊急時であるのなら、むしろ『考えるのを止めて』目の前のことのみに集中することも必要なのだから。


「棟梁! ミシェルくん! 大丈夫!?」


 『あおぞら工務店』の看板が掲げられたアーチをくぐって、コッコが叫ぶ。

 プレハブの建屋の一つが、ごうごうと燃えている。炎の勢いと熱波が強く、不用意には近付けない。


「誰か! そこにいるの!? 返事をして!」

「こ、ココねー……」


 しかし。誰も、何も返事は無い。

 コッコはマータを降ろし、意を決して。炎の中に突っ込もうと身構える。


「……ッチ。また失敗か。冗談じゃねえよ」


 そんなコッコの後ろから、忌々しげな舌打ちが聞こえてきた。

 振り返るとそこにいたのは、灰色の作業服に身を包んだ火精人マルスの男性。

 羽毛と牙。そして脚のつま先のかぎ爪が特徴的な猛迅族ラプトルだ。ただし、羽毛はところどころ色あせているし、爪も一部は欠けている。


 猛迅族ラプトルの男性は手元の携帯端末を操作する。

 すると、どこからともなくプロペラを鳴らして無人機ドローンが飛来し、猛炎に包まれた小屋に消火剤を撒き始めた。

 それも一機や二機ではない。次々と現れては消火剤を撒き続け、最後には十二機もの無人機ドローンが炎に立ち向かい、あっという間に火を鎮めてしまった。


「……棟梁ぉ。いるなら返事くらいしてよ……」

「ああん? 誰だお前……いや、コッコか。予約も無しに何しに来たんだ?」


 つまり。そういうこと。

 この猛迅族ラプトルの男性こそが。あおぞら工務店の棟梁だ。


「今日は、ロケットエンジンの燃焼実験をしていたんだよ。まあ結果は……見ての通りだ。非常に参考になるデータが得られた」

「……そうだね。いつもの失敗で、爆発だ」


 炎に対し過敏になりすぎた。と、コッコは髪をかきあげた。

 なんてことはない。

 ただの実験で、事故であり、想定内の事象だったというわけだ。


「で、お前らは……いや、一人は新顔か? よくわからん。何しに来たんだ。邪魔するならさっさと帰れ。こっちはな、ロケット祭りの準備で忙しいんだ。冗談じゃねえよ」

「相変わらず元気良いねえ……サルトル棟梁……」


 サルトル・ヴェロキラプトル。

 それがあおぞら工務店の棟梁の名前だ。

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