第3話:アナトリア神殿で会いましょう

 コッコが取調室から出てくると、警察署は騒然としていた。

 とにかく人が溢れていていて、怒号や悲鳴が飛び交い、所々で喧嘩すら起こっている。それを止めようとした警官が殴られている。

 怪しい薬、怪しい回路部品、怪しい人間、怪しいブタ。順番も秩序もなく、グルグルと渦巻いてひっくり返って散らかっている。

 

「あ、ココねー! こっちこっち!」


 両手に持ったペットロボットを掲げて、マータがコッコを呼ぶ。

 この人ごみの中で彼女がコッコを正確に探知できたのも、『耳』が鋭いおかげだ。鯱族オルカの特性として、マータはコッコの心音や歩くリズムなどを記憶し、識別することができるのだ。


「ずいぶん時間がかかったな。お前が放火犯だったのか」

「いやあ。ジョナサン警部から頼みごとをされちゃって……」


 かくかくしかじか。

 身振り手振りを交えつつ、多少の早口で。コッコは取調室で起こった出来事を俺とマータに話す。

 話そのものはそれほど込み入ったモノではない。俺とマータにはすぐ理解できた。


「と、なると面倒な時期になっちまったものだな。今も異能者同士の衝突が街のあちこちで起こっているらしい。憲兵隊はそれを鎮圧するのにかなり手を焼いているようだ……」


 ちなみに。憲兵隊はリベリオン軍の下部組織であり、『警官』と呼ばれる者も厳密には『憲兵』だ。 これは地下鉄戦争において、機械生命体に占拠された都市を解放するにあたり『臨時の治安維持組織』として憲兵隊が機能していたことに端を発する。

 要は『本当の警察』ができるまでの一時しのぎだったはずが、いつのまにか憲兵隊自体が警察そのものとして扱われてしまったという歴史があるのだ。

 なので憲兵隊の階級も、リベリオン軍本隊とは独立したものとなっている。


「ロケット祭りが近いし、その上現市長も任期終わりが近くて焦っている。ただでさえ都市がざわついてるって時期に『異能者狩り』なんてな……」

「あ、そっか。もうロケット祭りの時期なんだね。楽しみだねえ」

「ニュースくらい読めよ。まあいいが……」


 ともかく。都市がこんな状況である。

 今夜の宿を探すにしても、中途半端な場所は選べない。一度は狙われたコッコはもちろん、都市の外からきたマータにとっても危険な状況なのだ。

 どこか、とにかく安全で、襲撃の少ないシェルターが必要になる。


「それなら心当たりがあるよ。ついてきて」


 だがむしろコッコは洋々として。

 迷いない足取りで警察署を出て、マータと俺を先導し始めた。


「ココねー大丈夫? 道を歩いていたらいきなり襲われたりしない?」

「まだ日はあるし、そんな無茶な襲撃を仕掛けてくる人もいないと思うけど……一応警戒しとこうか?」


 なるべく大通りを選び、建物の影を使いながら進む一行。

 狙撃対策なら路地や地下道を選ぶのもいいが、相手が異能者イレギュラーである場合は、できるだけ開けた場所で迎え撃った方が良い。

 何故なら、多くの異能者イレギュラーの『射程距離』はたいしたものではないからだ。

 

 異能者イレギュラーのフォースフィールドにはいくつかの層がある。

 一般的にフォースフィールドと認識されているのは異能者イレギュラーの周囲数十センチを守るエネルギーの膜だ。

 だが実は、その内側にも外側にもさらにフォースフィールドが存在している。


 わかりやすいのが霊子外骨格アーキタイプだろう。身体能力を強化する技能スキルは、体の『内部』のフォースフィールドに霊力フォースが作用している。フォースフィールドを持たないとされているクラスⅠ異能者イレギュラーでも、体内にはフォースフィールドを持っているのだ。


 同様に異能者イレギュラーの能力が届く範囲も、『外側』のフォースフィールドの範囲までだ。

 この『外側』のフォースフィールドは、他の異能者イレギュラーと干渉する。射程が遠くなればなるほど、他の異能者イレギュラーのフィールドや場の雰囲気に影響を受けやすくなり、霊力フォースのコントロールが難しくなる。


 異能者イレギュラーの能力の射程距離は、例外はあれどせいぜい20メートル程度が限界だ。だからこそ、開けた場所を選んでいけば、悪意ある異能者イレギュラーは発見しやすくなる。


「20メートルも先から殺気立って近付いてくる人がいたら、流石のボクでも気が付くだろうしね」

「でも。それ以上の距離からライフルとかで狙われたら?」

「それだったらむしろ、ボクにとっては対処がしやすいよ」


 コッコは指を鳴らし、周囲に金色のレンガをいくつか出現させる。

 それらは自分自身やマータのフォースフィールドに引っかけて、近くに滞空させることができた。

 彼女の異能イレギュラー黄昏のレンガ道イエローブリックロード

 レンガの一つ一つがエーテリウムによって生成された電磁装甲であり、銃弾はもちろん、プラズマ等EMP兵器をも防ぐことができる。

 コッコ自身のフォースフィールドと組み合わせれば、その防御は鉄壁と言えるだろう。


「太陽の光よ。我が同胞の道行きを護りたまえ……ってね」

「わあ……」


 マータは自身のそばで滞空するレンガの一つを、指でつついてみる。

 こつこつと。硬質で。しかしどこかあたたかみを感じる。


「……と。行き過ぎる所だった。ここだよ。マータちゃん。イナバ」


 唐突にコッコが足を止め、その場で振り返る。

 そこにあったのは、カラフルな色合いが特徴的な石の門。太陽教アナトリアの聖域を示す記号。


「ようこそ。アナトリア神殿へ!」


 両手を拡げて、コッコはマータを門の中へ招き入れる。

 イズモタウンの太陽教アナトリア神殿は、西側の少し外れたエリアに存在する。

 古い街並みに、いきなりカラフルな門が現れるのは確かに目立つ。敷地内はちょっとした公園もかねており、草花や樹が植えられている。

 参道を歩いていけば、拝殿にはすぐに辿り着いた。


「……え?」


 扉もすぐに開く。なんたって自動ドアなんだから。

 戸惑うマータに構わず、コッコはするすると内部に足を踏み入れてしまう。

 内部は外の様子にも負けずにカラフルであり、神を象った像やら、何らかのオブジェやら、花やら動物やらが配置されている。


 だが。それより何より。賑やかだ。警察署と同じか、それ以上に。


「な、なんか……神殿って感じと違くない?」

「そう? 静かすぎるのかな?」

「いやそうじゃなくて……」


 マータが戸惑うのも無理はない。

 紅港にあった宗教施設と言えばハイドラ教会だろう。あそこの教会は、質素で静かな雰囲気で知られている。『余計な色を持ち込まず、ありのままを受け入れる』がハイドラ教会の教義でもあるからだ。


 だが、太陽教アナトリアにおいてそれは当てはまらない。

 それは最新の音響設備と視覚効果で演出できる『礼拝堂』で行われる『神楽』であり、科学的なトレーニング器具が完璧に整備された『鍛錬場』で行われる『修練』であり、神殿に訪れた巡礼者が温泉やサウナが完備された『沐浴場』で行う『お清め』である。

 新しいものはすぐに取り入れる。楽しいことはすぐにやる。それこそが太陽教アナトリア流の『合理主義』なのだ。


 市民としては。太陽教アナトリア神殿は要するに、健康ランドの別名である。

 

「そ、それでいいの……!?」

「いいも悪いも……拝殿は人間のための施設なんだから、人間に合わせてデザインする方が当たり前じゃないかな」

「そうなの……? そうかも……?」


 誰でも初見は、マータのように戸惑うモノだ。

 だが当のアナトリアの神官や騎士達は、全く動じていない。神楽は賑やかに行うし、鍛錬は真面目に取り組むし、沐浴場で汗を流して身を清める。

 元から、彼女たちはそういうものだ。


「ここなら神殿騎士に守られているから、とりあえずは安全だと思うし。後は、宿坊が空いてるかなんだけど……」

「生憎満室だよ。残念だけどね」


 そんなコッコの後ろに、杖をついた老婆が現れた。

 白いローブを纏い、首からは車輪を模したアナトリアの聖印を下げている。


「神殿長!」


 すぐにコッコは跪き、胸に五本指を置いて老婆に頭を下げた。

 マータも慌てて、老婆に頭を下げる。


「そういうのはいいよ。コッコ。あたしゃタダのババァさね。昔みたいに『オババ様』と読んでくれりゃ十分だよ」

「あっそ。じゃあオババ様」


 言われて。すぐに居直るコッコ。

 変わり身が早い。あるいはそれすら想定していた『慣れた間柄』のやりとり。


「大体話はわかったよ。今夜寝るところがないんだって?」

「そうなんだよオババ様。なんとかならない? 二階の『特別室』とか使わせて貰えないかな?」

「あんた一人ならいざ知らず。後ろの鯱族オルカの子も連れ込むってなら看過できないよ。そもそも特別室は十八歳未満は利用禁止だし」

「えー……でも……」


 オババ様と呼ばれた神殿長は、そうしてコッコと話ながらも、目線はマータに向けていた。

 あるいは、コッコの肩に乗っている俺を見ていたのか。

 皺が深く刻まれた顔の中で、瞳だけは妙に丸く、射貫くような光を放っている。物腰そのものはやわらかいが、その視線に晒され、マータは無意識に背筋を伸ばしていた。


「……ま。いいよ。コッコが連れてきたって子なら。間違いはないだろう」

「オババ様……!」

「どれ。物置に寝床くらいは作ってやるよ。コッコとその子なら、なんとか寝られるだろ」

「あ、ありがとう、ございます……!」


 コッコとマータ。二人でタイミングを合わせて頭を下げる。

 その二人を背に、老婆は神官たちにいくつかの指示を出す。

 そして振り向く。


「だが気をつけな。銀髪の子。あんたの運命はまだ決まってない」

「……へ?」

「あんたの運命にどんな形を見出すかは、あんた次第だ。できればそれが、あんたにとって良いものとなるといいけどねえ……」


 ききき。と。肩を揺らし大げさに笑う老婆。

 その老婆とマータの間に、コッコが歩み出る。


「マータちゃん。冗談だから。運命が決まってる人なんてそもそもいないし、その人の意志で運命はどうとでも変わるものだよ」

「ふえ……?」

「なんだい。水を差すなよ空気が読めない子だねえ……」


 おもしろくなさそうに、老婆は肩をすくめる。

 悪びれた様子もなく、まだマータの顔を見てにやにやと笑みを浮かべている。


「オババ様。ついでに聞くけど。ボクのアパートの住人がこっちに来てたりしない?」

「んー。こっちにも守秘義務ってのがあるんだけど……まあ、それなら、アレだろ?」


 老婆が顎でしゃくって見せたのは、神殿内のカフェスペース。

 そこに座っている、割烹着姿の女性だった。


「ああ、もうダメ! 描けない! どうしても気に入らない……!」


 出来上がったばかりのハズの原稿用紙を、盛大にびりびりと破いて、散らかしていた。

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