第2話:カプチーノならサービスです
そして話はイズモタウン警察署。その取調室に移る。
事情もわからぬまま、コッコは金辺刑事による聴取を受けていた。
「だから……ボクが住んでたアパートが『放火』された件については、ボクは無関係なんだよ……全然知らない……どうしてあんな……燃えちゃってたの!?」
ただ一つだけコッコに理解できたのは、出火原因が放火であるらしいとのこと。
刑事の言動からも、周囲の反応からも、コッコのアパートは何者かによって放火されたことは間違いないようだ。
「ではコッコさんは、放火については何も知らない? 本当に?」
「証人もいるよお! 紅港でボクを目撃した人も何人かいるだろうし。何なら地下鉄の入退場記録を出してもいいよ!」
「ううん……でもなあ。警部はコッコさんをここに連れて来いって話をしていたのだから……」
腕を組み、首を傾げる金辺刑事。
コッコ自身も、同じ話を何度も繰り返し喋らされたので、どうにも喉が乾いてきた。喋るのは好きだし得意ではあるが、レスポンスがこうも煮え切らないものでは面白くない。
なんだかんだで、小一時間はこうしているのだ。
あるいは弁護士でも呼んだ方が良いのか。コッコの脳裏にそんな考えがよぎった辺りで、取調室のドアが開かれた。
「いやぁ。ごめんねえ。コッコちゃん。ウチの者がちょっと間違えちゃったみたいで……」
入ってきたのは、巨大なタイヤ。大型ダンプカーに使われているような。
否。その黒々とした巨体は、実際は人族のモノだ。
「ジョナサン警部!」
金辺刑事もその姿に気付くや、すぐさま椅子を蹴飛ばして起立した。
ジョナサン・ウォーターベア警部。
イズモタウンでは『不死身のジョナサン』として知られている、名物刑事だ。
「金辺くん。困るよお。俺はコッコちゃんを『連れ来て』って言っただけだよ? 取り調べしろとは言ってないの。ダメだよ早とちりしちゃあ……」
「……は! も、申し訳ありません……!」
金辺刑事は恐縮して、コッコとジョナサンの両方に交互に頭を下げる。それはもう、腰を直角を超えて、ほとんど体が折りたたまれてしまう勢いで。
「全く。俺は『協力者』として、コッコちゃんとお話がしたかっただけなのに……あ、コッコちゃん喉乾いてない? 何か飲む?」
「……じゃあ、カプチーノで」
「はあい。カプチーノよろしくどうぞお。ほら。金辺くんダッシュ! なる早で持ってきて!」
了解です。と。
金辺刑事は弾かれたように取調室を飛び出して、すぐにトレーを手に戻ってきた。
トレーの上にあったのは、カプチーノとブラックコーヒー。それらを机の上に置いてから、再び深く頭を下げ、今度こそ金辺刑事は取調室から去っていった。
ジョナサン警部も。やれやれどっこいしょと呟きながら、金辺刑事の代わりにコッコの向かいに座る。
ブラックコーヒーを手に、机に肩肘をついて、コッコの顔を覗きこむ。
「さて。コッコちゃんに聞かせたいお話が二つあります。悪い話と、もっと悪い話があるのだけど」
「良い話はないの?」
「残念だけど今日は売り切れだね。最近はとんと品薄なものでさ……」
言いながらジョナサン警部は、いくつかの書類の束を机の上に広げて見せた。
「数時間前。コッコちゃんのアパートが放火されました。詳しい調査はまだだけど、現場の証言から犯人の目星はついています。これ。サンズリバークランって名乗ってる三人組だよ」
巨体の割に小さな手を使い、三人分の写真とプロフィールが記載された書類を示した。
コッコもそれをひっくり返して、手に取って眺めてみる。
「……変わった名前のロックバンドだね?」
「まあ、見た目はちょっと冴えないかもしれないけどね。カズ、トーズ、ケツズって名乗る三人組でね。おそらくは
「
「だいたいいつも三人一緒にいるみたいだね。裏社会の人間から、強盗とか誘拐、そして拷問のお仕事を請け負っている傭兵だよ。怖いねえ……」
顔写真は不鮮明であり、名前も通称でしかないのだろう。市民IDも不明であり、根っからの裏社会の住人であることは察せられる。
ある一枚の写真では、火を吹いて走る巨大な
「これ、たのしそう」
「
若干肩を落とし、ため息をつくジョナサン警部。
写真の中の三人も、どこかこちらを嘲笑っているかのようだ。
「この三人は、俺達憲兵隊が追う。コッコちゃんには、別の相手を追って欲しい」
「と、言うと?」
「ここまでが悪い話。ここからがもっと悪い話だよ。放火事件のさらに前。ある情報がネット上に流れてきてね……」
そこでジョナサンは、新たな書類をコッコに見せる。
ネット掲示板のやり取りをプリントアウトしたもののように見える。が、問題はその内容だった。
「読める? トラブルシューターや各勢力で活躍する
「そんな無茶な……」
「コッコちゃんにも懸賞金がかけられたよ。ちなみに、生け捕り限定ね。生きてさえいれば、どう扱っても良いとも解釈できるけど……」
ネットの深層で活動する裏社会の人間は、通常の手段で検挙するのが難しい。
印刷された書き込みには、コッコ以外にも様々な異能者の名前と懸賞金がリストアップされている。ご丁寧に写真まで付けられていた。
懸賞金が本当に出るかは不明だが、こういった情報が存在するだけでも、狙われる側は警戒を要するものだ。
しかも。
「待って。それじゃあ、そのサンズリバークランは、ボクを捕まえるために放火をしたの?」
「その可能性もある……と見ているよ。
「……外に洗濯物干しっぱなしだったからなあ。在宅だと勘違いしたのかも」
「一人暮らしの女の子が外に洗濯物干すのは感心しないよ……とはいえ、当時はアパートの他の住人も留守だったみたいなんだよね」
「え? それマジ?」
「マジでマジで。大家さんにも頼んで探してるんだけど、皆音信不通なんだって」
コッコの住んでいたアパート。
二階建ての六部屋ではあったが、空きは二部屋。あのアパートにはコッコを含めて四人が住んでいたハズだった。
「コッコちゃん以外の住人も
「なるほど……」
「あ、トラブルシューターの依頼として出すなら、ネットワークに出さなくちゃダメなんだっけ? 指名依頼ってできたっけ?」
「そこは大丈夫だよ。謹んで拝命いたします。警部殿」
胸に五本の指を当てて、
そうして、コッコはカプチーノを飲み終わり、席から立ち上がる。
「話はそれでおしまい? もう帰っていい?」
「いいけど、家は燃えてるんでしょ? 留置場なら空きがあるけど」
「それは遠慮しておく。襲撃されちゃったら困るし。寝床の当てはあるから大丈夫だよ」
ジョナサン警部に軽く手を振り、取調室のドアに手をかけるコッコ。
「うん。なら心配はしないでおく……あ、それとコッコちゃん」
「何か?」
一度だけ、ジョナサン警部が呼び止める。
「公式の記録としては残さないんだけどさ。紅港でコッコちゃんはスゴイ級の
「そうだよ。すごく、すごく大変だったんだから」
「コッコちゃんは、クラスⅡの異能者だよね? いかに
「火事場のバカ力ってやつかな……あの時は必死だったし、すごくテンション上がってたんだよ」
「あのさ。ストームルーラーって、本当に壊れちゃったのかな?」
「…………」
「ああ。いいよ。記録には残さないから。聞いてみただけ。それじゃあ、いろいろ大変だと思うけど、お願いね」
ご武運を。
呟くようなジョナサン警部の言葉を背中に受けて、コッコは取調室を後にした。
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