ようこそイズモタウンへ

第1話:【悲報】少女騎士のアパートが全焼

 イズモタウンとはどんな都市まちでしょうか?

 

 などと問いかけられたとして。答えられない者はまずいないだろう。

 曰く。次元都市の中でも最も発展した『都市の中の都市』。

 曰く。企業連合体リヴァイアサン、ヤシオリ財団、ハイドラ教会の三大勢力が、適度な緊張感を保ちながらも共存することに成功した『平和の都市』。

 曰く。次元都市において最も多くの人種が集まり、多層かつ多様な文化が息づく『自由の都市』。

 だいたいそんなところだ。

 きっとどれも正解で。どれも間違えているのだろう。


 どれほど数字を比べて、言葉を並べ立たとしても。それは『便宜上』そう示されるだけのことに過ぎない。街は常に変化しているし、道も建物も人も、何一つ不変なモノではありえない。

 昨日と同じ朝は来ないし、明日と同じ夜も降らない。


 だからこそ。便宜上。常に変化を続け、毎時毎秒姿を変えていくこの都市まちは。イズモタウンと呼ばれている。

 

 天を擦って尚伸び続けるビルも、そのビルを縫うように走るハイウェイも、静かにそびえるゴミ処理施設も、人通り絶えない商店街も、ネオン輝く裏通りも。何一つ不変ではないし、明日にも無くなってしまいそうなモノでしかないが、便宜上そう呼ばれている。


 その在り様は奇怪グロテスクであり、野蛮ビースティであり、だからこそ美麗ビューティフルだ。


 都市まちの中心となる駅となれば、さらに象徴的だ。

 毎日毎日。無数に分かれて開いた口から人を飲み込み、また吐き出し続ける巨大な怪物。

 線路の触手を伸ばし、道路によって拘束され、建物を飲み込み融合した、変化し続ける都市まちの中央心拍装置だ。


 その一際大きなな口の一つ。百貨店の隣に開かれた『東口』に、二人の少女が降り立った。


 一人は。背中に赤く太陽の聖印が描かれた白いコートを羽織り、太腿まで届く乗馬用ブーツを履いた少女。赤い髪の毛を左右でくくり、柔和そうなタレ目に金色の瞳をたたえている。

 一人は。波風にも強い海色の狩装束を纏い、太腿に白黒の刺青を掘り込んだ少女。銀色の髪は短く切り揃えられているが、都市の風にもやわらかく靡いている。紅い瞳をきょろきょろと動かし、都市を歩く人の多さに若干目を回しているようでもあった。

 

「ようこそ! ここが! イズモタウンだよ!」


 白いコートを翻し、くるくると器用に回りながら、赤い髪の少女が前に出る。

 彼女はコッコ=サニーライト。太陽教アナトリアの巡礼騎士だ。

 コッコは、羽根のついたミニハットを頭から取り上げ、芝居かかった所作でイズモタウン駅東口の街並みを示す。


「わ……わあ……」


 タテにもヨコにも大きい建物の群々に見下ろされ、口を開けたまま圧倒されている銀髪の少女。

 彼女がマータ・カルカーサ。鯱族オルカの少女であり、紅港の出身だ。

 マータは。ほんの数時間前は紅港にいた。そこ以外の次元都市はほとんど知らない。イズモタウンについては名前くらいは聞いていただろうが、それでも実際の有様は、想像以上のモノだったのだろう。


「今日は、何かお祭りでもやる日なの?」

「ん? 別にそういうのはないかな。今日はむしろ空いてる方だよ」

「これで!? こんなに賑やかなのに!?」

 

 ますます口を大きく開けて、街と人を交互に見やるマータ。

 通行の邪魔にならないよう、コッコはマータの手を引いて歩道の脇へ寄る。

 ほどなくして横断歩道の信号が青になり、多くの人々が一斉に歩き始めた。それは行進のようでもあり、大河の流れのようでもあり、巻き込まれてしまえばあっという間に飲まれてしまうことだろう。

 ただの横断歩道なのに。マータが知るどんな流れよりも圧倒的だ。


「すごい……」

「ふふ。『バビロンタワー』の方はもっとすごいよお。あそこは本当に毎日お祭り騒ぎだからねえ」


 そこで何故か鼻を鳴らし、胸を張るコッコ。

 マータとは対照的に、こちらは意味不明に自慢げだ。

 自分が建てたわけでもないビルや、自分が持っているわけでもない道に対しどうしてそんな風に振舞えるのか。これはこれで理解に苦しむ。

 だから少し、『俺は』水を差してやることにした。


「コッコ。お前この都市まちに住んでるんだよな?」

「そうだよ。トラブルシュータを始めてからだから、まだ三か月だけど」

「東側にか?」

「……あ」


 思わず、コッコは口を抑えた。

 

 イズモタウンは、駅を中心に大きく東側と西側にエリアを分けることができる。

 東側は『バビロンタワー』を中心とした企業連合体リヴァイアサンの領域で、西側は商店街を中心としたハイドラ教会の領域だ。

 そして駅周辺の繁華街の外縁を、ドーナッツ状に旧市街の街並みが囲っている。そこに建てられた学校のいくつかは、ヤシオリ財団の資本で運営されているのだ。


 東側にも高層マンションなどは存在するが、コッコの経済状況を鑑みると少々家賃が大げさすぎる。


「ごめん。出口間違えちゃった」


 コッコはマータと、足元にいる『ぬいぐるみ』に頭を下げた。

 長い耳と黄色いモヒカン。液晶の瞳に、クチバシが特徴の、ちょっとしたウサギ程度の大きさのぬいぐるみ。数年前に『ファーファ』という商品名でヒットしたペットロボットだ。


「住んでるっていうなら、そう簡単に浮かれないで欲しいモンだな」


 だがその中身は市販品とは全く違う。

 これは『俺』こと、最高の原型師アーキテクトである『イナバ』の記憶と人格を移植して生まれ変わった霊子生命体なのだ。

 

 前足や手の類はないが、長い耳を動かしてマータを示すことくらいはできる。


「長旅でマータも疲れてるだろ。観光案内もいいが、シティ・ガールのお宅拝見といこうじゃないか」

「わあい。いやらしい言い方。でも良いよお。ボクの都会パワーを見せてあげるよ!」


 二人と一匹。東口から再び駅構内へ。

 イズモタウン駅は巨大で広大で複雑だ。いくつもの路線を束ねて結び、さらには街の地下からあちこちに出口を開くべく地下通路を走らせ、蠢いている。

 案内の看板や地図を見ていたとしても。方角を見失えば遭難してしまうかもしれない。


「でも大丈夫。ボクは慣れているし、方向感覚も鋭いんだ」


 悠々と胸を張り、先陣切って地下街を歩くコッコ。

 複雑に絡み合う通路や、方向を惑わそうとする商店、あちこちに潜んでいる階段をモノともせず、的確なルートを選択し、目的の出口へ向かっていく。

 そうして地下から階段を上って脱出すれば、そこは旧市街の目の前だった。


 通りを横切り、一つ二つと角を曲がれば、背の高い建物はすぐに見えなくなっていく。

 代わりに、古い建物や家、そしてアパートが立ち並ぶ閑静な住宅街に変貌していく。道までも幅が狭く、徒歩でなければ通り抜けるだけでも難儀しそうなくらい道が入り組んでいた。

 

「こういう土地柄だと、騎士にとっては都合が良くてね。意外と静かだし、買い物にも割と困らないしで丁度良いよ」

「マータも。クルマの通りが少ないから結構好きかも」

「ボクがお世話になってるアパートもねえ。ちょーと古いけど……お風呂狭いけど……1Kだけど……虫とか出てくるけど……住むにはいい所だよ。まだ空き部屋はあったはずだから、マータちゃんが気に入るなら大家さんと相談しようねえ」

「アパート! ココねーと同じ! いいかもそれ!」


 1Kの安アパートに住む女騎士ってのもどうなんだという気がしないでもないが。

 せっかく盛り上がっていることだし、実際に見てみるとそう悪いモノでもないかもしれない。住む場所の価値と言うものは、何も家賃や設備で決まるわけでもないのだ。


 そうして。

 コッコとマータが。古い道と古い建物をすり抜けて、角を曲がると。


 アパートが燃えていた。


「……あれ?」


 赤々と。二階建てのアパートが火に焼かれ、黒い煙をごうごうと窓から吐き出していた。


「…………」


 コッコは。一旦その場を通り過ぎて。

 しかし周囲の建物を確認して、何も間違っていないことを確信して、引き返した。


 やっぱりアパートが燃えていた。


「あああああああああ!? ボクのアパートがああああ!?」

「ええ! あれなの!? あれがココねーの住んでるアパートなの!?」


 膝からその場に崩れ落ちるコッコと、そんな彼女の肩を抱くマータ。

 もう、どうしようもない。

 二階建て六部屋の小さな軽鉄筋アパートであるが、どの部屋にも完全に火の手が回っている。なんならもう半分くらい崩れて潰れてしまっている。

 

「そんな……集めたマンガ本バンドデシネやCDは……服とかスケボーとかヌンチャクは……ベッドの下の参考書は……」


 ツインテールの両方がしなびたコッコに、今更ながら消防車のサイレンが振りかかる。

 手遅れながらも、駆けつけた消防隊による消火活動が始まった。


「えっと……ココねー……その、あの……」


 マータとしても、かける言葉が見つからない。

 ぬいぐるみである俺としてもそうである。

 こういう時は、どんな顔でなんと言えば正解なのだろうか。予想外である。台所が片付いてないとか、部屋にハンモック置いてるとか、そういう程度の日常コメディ展開を期待していたのに。とんでもない大暴投が来てしまった。


 だが。悪いことは重なるものであり。


「コッコ=サニーライトさんッスね。ちょっと署でお話をお聞かせ願いたいッス!」


 さらに現れたのは、刑事。緑色で角ばった甲殻を持つ甲虫族ビートルの男だ。

 掲げてきた手帳には『金辺サブロー』の名と『巡査部長』の階級が記されている。


「え、ええ……?」


 失意のまま、わけもわからず。

 コッコは言われるままに、その甲虫族ビートルの刑事に連れていかれてしまった。

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