第二十五話:クラウドブレイカー
泡立つ肉の怪物。トニー。
それと対峙する、二人の少女。
いいや。本来ならそれは、対峙という言葉すら成り立たない。巡航ミサイルを何発受けても倒せないような怪物に対し、少女二人で何ができるというのか?
しかし同時に。ここまで来てしまった以上、二人に逃げ場など無い。
生前にトニーが執着していたのがストームルーラーであり、二人の少女の『愛と正義』である。それを喰らうことこそ、今のトニーの存在意義なのだ。
かつて。ソドムとゴモラには、正しい人間は十人もいなかった。
きっとこの紅港もそうだろう。この
そんな都市は、きっと、滅んでしまっても仕方がないのだろう。
けれども。ここに少女が二人いた。
彼女らが『正しい人間』であるか、俺には正直わからない。コッコにせよマータにせよ、結局はふつうの女の子だ。ほんの少し
それでも。
この都市が滅びるさだめにあるとしても。
彼女達には、それに抗う権利くらいはあるはずだ。
トニーの背ビレが、より勢いを増して泡立つ。
腕とか脚とか臓物が無秩序に浮かんでは弾ける中で、一際勢い良く飛び出す物体があった。それも一つや二つではなく、いくつも。
サメだ。
トニーの背中から、サメのような物体が空中に飛び出してくる。だが尾びれはなく、代わり
空を飛ぶサメの群れが、プラズマの尾を彗星のように引きながらコッコとマータに迫ってくる。
「あんなのまで出てくるの!?」
「対
今はまだ。トニーはコッコとマータを狙っているが。彼女らがもし倒れることになれば、トニーはそのまま都市へ向かい、殺戮を行うだろう。それが
「マータちゃん! とりあえず低空で、建物の影に隠れながら飛ぼう! 倉庫くらいじゃ盾にはできないけど、目隠しくらいにはなるし追撃を撒きやすくなる!」
「わかった!」
コッコの指示で、倉庫街を地表から数メートルの高さで匍匐飛行するマータ。
だが、スピードも数もサメの群れは圧倒的だ。あっという間にマータに背後から追いつき、前方からも回り込み、挟み撃ちにされてしまう。
「囲まれたよ! どうしよう!」
「止まるなマータ! 動き続けるんだ! そしてコッコ! MDを三つとも俺に渡せ!」
俺はマータを叱咤しつつ、『奥の手』を使うことを決意した。
正直、使うつもりは無かったのだが。ことがここに至ってしまっては仕方がない。コッコもマータも、そして俺自身も、ここで終わるわけにはいかないのだから。
「MDを!? どうするの!?」
「簡単な話だ! お前はOZシリーズの三機すべてに適応した! 三つだ! だったら! 三つの力を一つにするしかないだろう! 今がその時だろう!」
「……! なるほど!」
すぐにコッコは三枚のMDを取り出し、俺の腹のスロットに突っ込む。
さらに、イヤホンのジャックを俺の背中に接続した。
この瞬間。俺自身がコッコの
「でも、三つじゃないよ。マータちゃんも一緒!」
「……うん!」
コッコは、イヤホンの片方をマータにも渡す。
「OZ-01 Leo! OZ-02 WOODSMAN! OZ-03 SCARECROW!
Leoの脚部拍車型ローラーダッシュ機構。WOODSMANの腕部ドーザーブレード。そしてSCARECROWのジャノメ・リコンが同時に再生され、一つの
現れたるは、金色に輝く騎士鎧。
全長はコッコの身長の四倍ほどあり、コッコとマータはその胸部の『コクピット』に身体を納めていた。
そもそもOZシリーズの三機は、もとより一つの
結果としては、駆動に使う
既存のどんな兵科にも当てはまらない、
OZ-00 OVER THE RAINBOW。
「おお! 本当に合体した! すごいすごい!」
「90秒だ! 90秒間だけお前たちの
本来なら同時に動かすことが不可能な三つの
限界時間は90秒。
「90秒を越えたらどうなるの?」
「詳細は省くか、結論を言うと死ぬ!」
「死ぬの!?」
「だから死んでも90秒でカタを付けろ! ほら! サメがもう来てるぞ!」
ジャノメ・リコンの情報を参照するまでもなく、サメの群れはコッコとマータに攻撃する寸前だった。
その牙をぎらつかせて、まっすぐ突っ込んで噛みつこうとしている。
「マータちゃん! 進路そのまま! 突っ込むよ!」
「任せて!」
金色の騎士は、背部の推進器を使ってさらに加速する。マータのストームルーラーの力を利用した
『軽い』空気を吸い込み、スピードはそのままに『重く』した上で背後に流す。
物理的には矛盾した、とんでもない推進装置だ。
「はああああああ! メガトンパンチ!」
コッコは右のドーザーブレードを振るい、パンチとして撃ち出す。
たったそれだけで。そのパンチが起こした衝撃波だけで。前方に群がっていたサメどもが軒並みなぎ倒され、吹き飛ばされた。
これも推進器と理屈は同じ。ドーザーブレードに触れた空気が『重く』なっているので、それが起こす風圧エネルギーも、何倍にも増幅されて吹き荒れる。
さらに、空気の『粘度』も増していることで、周辺の『軽い』空気すら巻き込み、風はさらに強い風を呼び、ついには竜巻となって逆巻いた。
「すごい! 竜巻が起こってる!」
「メカニズムとしてはあべこべだな! だが確かにこれもポジティブフィードバックだ!」
「なんか話はよくわかんないけど楽しくなってきた!」
コッコとマータはサメどもを蹴散らしながらも、トニーの足元を廻り、拳やブースターで起こした『重い』風でもって空気をかき回していく。
風の渦は上空の雲にまで達し、それはさらなる上昇気流を産む。
風が逆巻いて竜巻に。竜巻がより合わさって嵐に。
そして嵐は、ついにトニーの動きをも止めた。元が巨体であるが故に『重い』風に対処しきれないのだ。
しびれを切らして、トニーが吠えた。
口を大きく開き、そして、そこから極太のプラズマを放射した。
紫色に輝く光条。それを放ったまま、首を上下に左右に滅茶苦茶に振り回す。倉庫が薙ぎ払われ、屋根も壁も吹き飛ばされた。
「ひえ……!」
「これは……早めに決着をつけないとマズいね……!」
コッコとマータは
やるなら上空から。正面切って。最大の攻撃を叩きこむしかない。
「
「わかってる! 先生から聞いた!」
「ではお前はどうする! どんな方法がある!」
上空に現れたコッコを、トニーが見上げる。
その口の、まっくらな奥で、プラズマがチリチリと火花を散らしている。
しかし。
「
コッコは空中に、金色のレンガを出現させる。
一つ一つの大きさは通常の。普通のレンガでしかない。だが、その量が圧倒的だった。桁違いで、
そしてレンガの集まりは、巨大な『黄金の剣』を象って空にそびえ立った。
コッコよりも、その
トニーもそれを見上げ、口の中のプラズマを光らせる。
「行くよ!」
コッコが黄金の剣をまっすぐに振り下ろし、それをトニーがプラズマ砲で迎撃する。
黄金の剣が、プラズマと正面からぶつかる。
剣がその電磁力でプラズマを弾き、しかしプラズマも、さらなる密度で剣を押し返そうとする。
剣に弾かれたプラズマが、周辺の倉庫を破壊し、海を焼いている。
嵐が、破壊された瓦礫や海水を巻き上げていく。
「はっは! 押し合いだ押し合い! やっぱラストダンスはこうじゃなきゃな!」
両者の力は、拮抗している。
いや。若干だが、コッコが押し負けている。
コッコはアナトリアの騎士だけあって、保有する
それまでに決着をつけなければ、コッコもマータも俺も、プラズマで蒸発させられるだろう。
「ココねー!」
マータは、強くコッコを抱きしめる。
恐怖からではない。彼女のルビー色の瞳は揺れていない。嵐の中で銀色の髪を舞わせながら、弾ける閃光をまっすぐに見据えていた。
その時。
かき回され、上空の雲の中でたまり続けた電荷が。ついにその出口を求め、コッコの黄金の剣と繋がった。
すなわち。落雷。
天からもたらされた雷の力が、コッコの剣に力を与える。
それは、太陽の騎士達に伝わる伝説だった。強大な邪悪に立ち向かう騎士が、剣を暗雲に向かって立てて、太陽に祈りを捧げる。
太陽はその祈りを受け、騎士に力を与えた。それは天から降りて、雲を裂き、地に届き、闇を祓う刃となったのだ。
「
光の剣が、トニーの巨体を貫いた。
身体の真正面から剣が突き刺さり、雷光が全身を駆け巡り、不死に侵された細胞すべてを焼き尽くす。
そして。
トニーは。
「ああ……食った。食ったなあ……」
嵐と雷が、雲を吹き飛ばし、久しぶりの青空が見えている。
「しょうがないよなあ。ここまで喰らっちゃ……あるいは俺も、あんな風になれたのかな? 噛み合わねえな。やっぱり……」
そんなトニーの背中から、身体に、腕を巻きつけてくる者がいた。
いいや。そんな存在はいない。
だからきっと。それは幻なのだ。
それが髪も瞳も『
「ああ、あんたが『繧「繧コ繝ゥ繧、繝シ繝ォ』か……この通り。俺様は満足さ。どこへなりと、連れていきな……」
そしてそのまま、口を裂き、真っ赤に開けて、トニーを頭から飲み込んだ。
後にはもう、何も残らない。
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