第二十五話:クラウドブレイカー

 泡立つ肉の怪物。トニー。

 それと対峙する、二人の少女。

 いいや。本来ならそれは、対峙という言葉すら成り立たない。巡航ミサイルを何発受けても倒せないような怪物に対し、少女二人で何ができるというのか?


 しかし同時に。ここまで来てしまった以上、二人に逃げ場など無い。

 生前にトニーが執着していたのがストームルーラーであり、二人の少女の『愛と正義』である。それを喰らうことこそ、今のトニーの存在意義なのだ。


 かつて。ソドムとゴモラには、正しい人間は十人もいなかった。

 きっとこの紅港もそうだろう。この都市まちだって似たような最悪さであるし、正しい人間は十人もいないはずだ。

 そんな都市は、きっと、滅んでしまっても仕方がないのだろう。


 けれども。ここに少女が二人いた。

 彼女らが『正しい人間』であるか、俺には正直わからない。コッコにせよマータにせよ、結局はふつうの女の子だ。ほんの少し異能者イレギュラーであるというだけで、異常ではないし、特別でもない。


 それでも。

 この都市が滅びるさだめにあるとしても。

 彼女達には、それに抗う権利くらいはあるはずだ。


 トニーの背ビレが、より勢いを増して泡立つ。

 腕とか脚とか臓物が無秩序に浮かんでは弾ける中で、一際勢い良く飛び出す物体があった。それも一つや二つではなく、いくつも。


 サメだ。

 トニーの背中から、サメのような物体が空中に飛び出してくる。だが尾びれはなく、代わり霊子エーテルをプラズマに変換し、推進力と成すプラズマジェットを組み込んでいる。


 不死イモータルにとって、機械と生物の境は曖昧だ。エーテル技術も融合しているとなれば尚更だろう。トニーはこれらを本能的に組み合わせ、自身を護りつつもコッコとマータを追撃する『群体』を作り上げたのだ。


 空を飛ぶサメの群れが、プラズマの尾を彗星のように引きながらコッコとマータに迫ってくる。


「あんなのまで出てくるの!?」

「対不死イモータル戦闘は初めてか? 不死イモータルの本質は無限の自己複製だ。あれくらいの『劣化コピー』なら造作もない」


 不死イモータルは生命の在り方が他とは違う。トニーの元々持っていた本能は依然として存在するが、『本質』は自己複製と他者の否定だ。不死イモータルは、自分以外のあらゆる生命を赦さず、これを駆逐しようとする。


 今はまだ。トニーはコッコとマータを狙っているが。彼女らがもし倒れることになれば、トニーはそのまま都市へ向かい、殺戮を行うだろう。それが不死イモータルなのだ。

 

「マータちゃん! とりあえず低空で、建物の影に隠れながら飛ぼう! 倉庫くらいじゃ盾にはできないけど、目隠しくらいにはなるし追撃を撒きやすくなる!」

「わかった!」


 コッコの指示で、倉庫街を地表から数メートルの高さで匍匐飛行するマータ。

 だが、スピードも数もサメの群れは圧倒的だ。あっという間にマータに背後から追いつき、前方からも回り込み、挟み撃ちにされてしまう。


「囲まれたよ! どうしよう!」

「止まるなマータ! 動き続けるんだ! そしてコッコ! MDを三つとも俺に渡せ!」


 俺はマータを叱咤しつつ、『奥の手』を使うことを決意した。

 正直、使うつもりは無かったのだが。ことがここに至ってしまっては仕方がない。コッコもマータも、そして俺自身も、ここで終わるわけにはいかないのだから。


「MDを!? どうするの!?」

「簡単な話だ! お前はOZシリーズの三機すべてに適応した! 三つだ! だったら! 三つの力を一つにするしかないだろう! 今がその時だろう!」

「……! なるほど!」


 すぐにコッコは三枚のMDを取り出し、俺の腹のスロットに突っ込む。

 さらに、イヤホンのジャックを俺の背中に接続した。

 この瞬間。俺自身がコッコの生きる祈祷機リヴィンオンアプレイヤーとなったわけだ。

「でも、三つじゃないよ。マータちゃんも一緒!」

「……うん!」


 コッコは、イヤホンの片方をマータにも渡す。

 霊子外骨格アーキタイプの同時再生。さらに二人の着装者との共有。いきなりとんでもないタスクを要求されたが、まあ非常事態イレギュラーである。弱音ばかりも吐いていられない。


「OZ-01 Leo! OZ-02 WOODSMAN! OZ-03 SCARECROW! 霊子外骨格アーキタイプ三機を一気に再生!」


 Leoの脚部拍車型ローラーダッシュ機構。WOODSMANの腕部ドーザーブレード。そしてSCARECROWのジャノメ・リコンが同時に再生され、一つの霊子外骨格アーキタイプとして合体していく。


 現れたるは、金色に輝く騎士鎧。

 全長はコッコの身長の四倍ほどあり、コッコとマータはその胸部の『コクピット』に身体を納めていた。


 そもそもOZシリーズの三機は、もとより一つの霊子外骨格アーキタイプとして設計されていた。あの最強の騎士レイヴンに勝つためには、本来ならそれくらいの装備が必要なのだ。

 結果としては、駆動に使う霊力フォースがあまりにも大きいため設計自体が現実的ではなく、分割を余儀なくされたのだが。


 既存のどんな兵科にも当てはまらない、規格外霊子外骨格オーバードアーキタイプ

 OZ-00 OVER THE RAINBOW。


「おお! 本当に合体した! すごいすごい!」

「90秒だ! 90秒間だけお前たちの霊力フォースを数十倍の出力で強化する!」


 本来なら同時に動かすことが不可能な三つの霊子外骨格アーキタイプ。これを、着装者の霊力フォースを一時的に強化することで、無理矢理駆動させている。

 限界時間は90秒。

 

「90秒を越えたらどうなるの?」

「詳細は省くか、結論を言うと死ぬ!」

「死ぬの!?」

「だから死んでも90秒でカタを付けろ! ほら! サメがもう来てるぞ!」


 ジャノメ・リコンの情報を参照するまでもなく、サメの群れはコッコとマータに攻撃する寸前だった。

 その牙をぎらつかせて、まっすぐ突っ込んで噛みつこうとしている。不死イモータルの分け身とはいえ、フォースフィールドはそれぞれに展開している。一つ一つのフィールドは弱くても、集団で群がられては圧し潰されてしまうだろう。


「マータちゃん! 進路そのまま! 突っ込むよ!」

「任せて!」


 金色の騎士は、背部の推進器を使ってさらに加速する。マータのストームルーラーの力を利用した慣性制御装置グラビティドライバだ。周囲の空気を取り込み、その慣性質量と粘土を『重く』した上で噴流を生成、その反作用で推進する。

 

 『軽い』空気を吸い込み、スピードはそのままに『重く』した上で背後に流す。

 物理的には矛盾した、とんでもない推進装置だ。


「はああああああ! メガトンパンチ!」


 コッコは右のドーザーブレードを振るい、パンチとして撃ち出す。

 たったそれだけで。そのパンチが起こした衝撃波だけで。前方に群がっていたサメどもが軒並みなぎ倒され、吹き飛ばされた。


 これも推進器と理屈は同じ。ドーザーブレードに触れた空気が『重く』なっているので、それが起こす風圧エネルギーも、何倍にも増幅されて吹き荒れる。

 さらに、空気の『粘度』も増していることで、周辺の『軽い』空気すら巻き込み、風はさらに強い風を呼び、ついには竜巻となって逆巻いた。


「すごい! 竜巻が起こってる!」

「メカニズムとしてはあべこべだな! だが確かにこれもポジティブフィードバックだ!」

「なんか話はよくわかんないけど楽しくなってきた!」


 コッコとマータはサメどもを蹴散らしながらも、トニーの足元を廻り、拳やブースターで起こした『重い』風でもって空気をかき回していく。

 風の渦は上空の雲にまで達し、それはさらなる上昇気流を産む。

 風が逆巻いて竜巻に。竜巻がより合わさって嵐に。

 そして嵐は、ついにトニーの動きをも止めた。元が巨体であるが故に『重い』風に対処しきれないのだ。


 しびれを切らして、トニーが吠えた。

 口を大きく開き、そして、そこから極太のプラズマを放射した。

 紫色に輝く光条。それを放ったまま、首を上下に左右に滅茶苦茶に振り回す。倉庫が薙ぎ払われ、屋根も壁も吹き飛ばされた。


「ひえ……!」

「これは……早めに決着をつけないとマズいね……!」


 コッコとマータは霊子外骨格アーキタイプを飛翔させる。これ以上匍匐飛行を続けても倉庫は遮蔽に使えないし、周辺被害が拡大するばかりだ。

 やるなら上空から。正面切って。最大の攻撃を叩きこむしかない。


不死イモータルに弱点とか『中心』となる部分はない! 故に、その肉体全てに同時にダメージを与えて『完全解体』するしか対処法はない!」

「わかってる! 先生から聞いた!」

「ではお前はどうする! どんな方法がある!」


 上空に現れたコッコを、トニーが見上げる。

 その口の、まっくらな奥で、プラズマがチリチリと火花を散らしている。

 霊子外骨格アーキタイプが巨大になったとしても、尚そのサイズ感には圧倒的な差がある。トニーが口を開けば、やはりそのまま丸のみにしてしまえる程度の大きさしかない。

 しかし。


黄昏のレンガ道イエローブリックロード!」


 コッコは空中に、金色のレンガを出現させる。

 一つ一つの大きさは通常の。普通のレンガでしかない。だが、その量が圧倒的だった。桁違いで、規格外イレギュラーだった。

 そしてレンガの集まりは、巨大な『黄金の剣』を象って空にそびえ立った。

 コッコよりも、その霊子外骨格アーキタイプよりも、そしてトニーの口よりも大きい。問題なく『完全解体』を成せるサイズ。


 トニーもそれを見上げ、口の中のプラズマを光らせる。


「行くよ!」


 コッコが黄金の剣をまっすぐに振り下ろし、それをトニーがプラズマ砲で迎撃する。

 黄金の剣が、プラズマと正面からぶつかる。

 剣がその電磁力でプラズマを弾き、しかしプラズマも、さらなる密度で剣を押し返そうとする。


 剣に弾かれたプラズマが、周辺の倉庫を破壊し、海を焼いている。

 嵐が、破壊された瓦礫や海水を巻き上げていく。


「はっは! 押し合いだ押し合い! やっぱラストダンスはこうじゃなきゃな!」


 両者の力は、拮抗している。

 いや。若干だが、コッコが押し負けている。

 コッコはアナトリアの騎士だけあって、保有する霊力フォースはかなりのモノだ。だがそれを計算に入れても、OVER THE RAINBOWの稼働は90秒が限界だ。それ以上は、どうしてももたない。


 それまでに決着をつけなければ、コッコもマータも俺も、プラズマで蒸発させられるだろう。不死イモータル霊力フォースに限界はないし、プラズマで焼かれた喉も現在進行形で再生中だ。持久戦となれば、トニーが負ける理由はない。


「ココねー!」

 

 マータは、強くコッコを抱きしめる。

 恐怖からではない。彼女のルビー色の瞳は揺れていない。嵐の中で銀色の髪を舞わせながら、弾ける閃光をまっすぐに見据えていた。


 その時。

 かき回され、上空の雲の中でたまり続けた電荷が。ついにその出口を求め、コッコの黄金の剣と繋がった。


 すなわち。落雷。

 天からもたらされた雷の力が、コッコの剣に力を与える。

 それは、太陽の騎士達に伝わる伝説だった。強大な邪悪に立ち向かう騎士が、剣を暗雲に向かって立てて、太陽に祈りを捧げる。

 太陽はその祈りを受け、騎士に力を与えた。それは天から降りて、雲を裂き、地に届き、闇を祓う刃となったのだ。


天地繋ぐ光の剣クラウドブレイカー!」


 光の剣が、トニーの巨体を貫いた。

 身体の真正面から剣が突き刺さり、雷光が全身を駆け巡り、不死に侵された細胞すべてを焼き尽くす。


 そして。

 トニーは。


「ああ……食った。食ったなあ……」


 嵐と雷が、雲を吹き飛ばし、久しぶりの青空が見えている。

 からの色の瞳が、そこに舞う二人の少女を映している。


「しょうがないよなあ。ここまで喰らっちゃ……あるいは俺も、あんな風になれたのかな? 噛み合わねえな。やっぱり……」


 そんなトニーの背中から、身体に、腕を巻きつけてくる者がいた。

 いいや。そんな存在はいない。不死イモータルとなり果て、巨体に膨れ上がり、泡立つ肉体すら死滅しようというトニーを『抱き締める』存在などいるはずがない。 

 だからきっと。それは幻なのだ。

 それが髪も瞳も『からの色』をした、少女だったとしても。


「ああ、あんたが『繧「繧コ繝ゥ繧、繝シ繝ォ』か……この通り。俺様は満足さ。どこへなりと、連れていきな……」


 からの色の少女は、優しく微笑んだ。

 そしてそのまま、口を裂き、真っ赤に開けて、トニーを頭から飲み込んだ。

 

 後にはもう、何も残らない。

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