第二十二話:スケアクロウ
かつて。強い騎士がいた。
「いつか。誰かがオレを打ち倒すだろう」
その騎士が、ある日。そのようなことをふっとつぶやいていた。
いつもは飄々とした、そして超然とした、あるいは単に傍若無人な、風のようにつかみどころのない人間だった。だが、そよ風に紛れたその一言だけは、不思議なリアリティがあった。
「あんたがいろんな所から恨みを買っているのは知っているが。それでも、あんたを倒せるような人間なんているものかね」
だから俺は、思わずそう返してしまった。
ナッシング・レイヴン。アナトリア女王騎士第九位。
女王騎士内での序列こそ九位ではあったが、決闘においてはただの一度の敗北も無いと言われている。最強の騎士。
かの騎士より素早い者はいた。かの騎士より力の強い者はいた。かの騎士より技巧に優れた者はいた。
だがどんな人間も。かの騎士に勝つことは決して無かった。
そのような騎士には、どんな二つ名も似合わない。ナッシングこそが唯一ふさわしいだろう。
「じゃあよ。オレを倒せる
それは挑戦状だった。俺はもちろん引き受けた。面白そうだったので。
ほどなくして、試作品が完成した。しかし、いずれも要求スペックを満たすことはなかった。
スピードを重視した『槍騎兵型』のLeo。パワー重視の『重装歩兵型』のWOODSMAN。二機に関しては簡単に対策されてしまった。俺の技術をもってしても、スピードとパワーで騎士レイヴンを上回る
とはいえこれは予想できたことではある。スピードを活かした一撃離脱戦法も、パワーに任せたインファイトも、騎士レイヴンにとっては見慣れた戦術に過ぎなかったのだろう。
同じような戦い方をしてるだけでは、騎士レイヴンを倒すことはできない。
ならばと、俺は三番目の
それがSCARECROWだ。
だが。しかし。
「無理だな」
使いこなせる人間がいなかった。
それだけ騎士レイヴンが
「まあ、面白かったぜ。せっかくだから、こいつは貰っていく」
三機の試作品は、そのままレイヴンに渡した。
それっきりだ。行方は知らない。
まさかそんなものを、レイヴンが他人に譲り渡すとは思わなかったが。
「頼むよ。イナバ」
アナトリアの巡礼騎士。コッコ。
巡礼騎士とは、要するに遍歴の騎士だ。
だが同時に。コッコはトラブルシューターを名乗っていた。
騎士が修業の旅に出ると言っても、実際はリベリオン軍の憲兵隊や、ヤシオリ財団の機動部隊などが大半だ。トラブルシューターなどというヤクザな職業に就くのは、巡礼と言うよりは『野に下る』ようなものである。
それでも。まあ。コッコは悪い奴ではないのだろう。
多分きっと、だからこそ、あのレイヴンの弟子だったのだろう。
恵まれた力を持ちながら、階段を降りて、より儚き人のために力を振るう。それは騎士としては
なので。これは俺の希望でもあるのだが。
そんなコッコであれば。OZシリーズの三号機を使う資格も、きっとあるはずだ。
「ぐ……うう……!」
MDを
周辺の
霊子兵装として、コッコの周囲に四機の小型
そして。異層次元に格納された
瞬間。コッコの脳内に大量の情報が流れ込んでくる。
コッコの周囲に滞空する小型
だがそれも、数秒で落ち着いた。
コッコは眼を閉じたまま、まっすぐに立ち、正面に己の剣槍を構える。
「なんだあ……? その
トニーは首を傾げる。
当然だ。SCARECROWには装甲もパワーアシストも必要最小限しかない。あるのは観測装置だけで、一見するとただの偵察用の
「まあいい……『お色直し』が終わったってなら、突っ込んでも構わねえってことだな!」
トニーは再び、ブロックをコッコの頭上に落とす。
貨物コンテナほどの大きさの、巨大なブロック。これを力任せに、ほとんど叩きつけるような勢いで、コッコの脳天に向かって打ち下ろす。
割れた。
そのコッコに触れる前に、金色のブロックは、中空で真っ二つに割れて砕けたのだ。
「……今、何をした?」
続けてトニーがブロックをぶつけようとするも、それらがコッコを潰すことはない。二度やっても三度やっても、ブロックはコッコに届く前に砕けて散る。
ならばと、トニーはプラズマガンを展開する。エーテリウムで形成された八門のプラズマを、コッコに向けて斉射する。
だがこれも、プラズマはコッコに届く前に弾かれ、霧散してしまった。
「面白い!」
ついに背中のウォータージェットを使い、トニー自身が突進する。そして至近距離から、コッコの喉に向かって拳を撃ち込む。
弾かれた。
そして。その時になって、トニーも感触で理解できた。一瞬だけ、コッコの
ブロックを割ったのも、プラズマを防いだのも、これに間違いない。なんてことはなく、コッコが元から使っていた
「馬鹿な。あのブロックにこんな固さはなかったはず……」
だが。トニーは驚愕した。
これまで見てきたコッコの
「それは、キミが最も弱いレンガしか知らないから」
目を閉じたまま、コッコが答える。
「未来は未だ来ずまだない。過去は過ぎ去りもうない。ただ今。ここには今だけがある……今、ボクは
「ハア? なんだよそれは。弱体化だろう?」
トニーの疑問が深まる。
元々、
しかし効果時間をそこまで制限してしまうと、文字通り『瞬きする間』しか使えない。攻撃に使うには明らかに間に合わないし、防御にも支障が出るはずだ。
「代わりに。ブロックの強度は何十倍にも増している。こうなったら、キミのどんな攻撃でも防ぐことができる」
「やってみろ!」
トニーが連続攻撃を仕掛けてくる。
左右の拳。
上段と下段の回し蹴り。
噛みつき。背ビレを利用した斬りつけ。
トニーのどんな打撃も、コッコはレンガで防いで見せた。衝撃波を帯びた拳も、電磁装甲すら貫通する牙も、今のコッコのレンガを破壊するには至らない。すべてを、ことごとく、弾いていた。
否。厳密には、それら攻撃はブロックに触れてもいない。
「電磁装甲じゃない……アレはまさか、反重力? ハチソン効果か!?」
見ているだけの俺でも、背筋が震える思いがした。
一瞬だけしか出現しないコッコのレンガは、今や強力な斥力を発揮していた。磁石の同じ極が反発し合うように、レンガは『自分自身』以外のあらゆる物理現象を拒絶し、これを弾いてしまう。
要するに、小規模なフォース・バーストを連続で放っているようなものだ。
「ナメるんじゃねえ!」
しびれを切らしたトニーが、尾びれを大きく振り払う。
その尾びれには、チェーンマイン。
「レッツゴー! サメェエエエ!」
遠心力によって爆雷がチェーンから外れ、コッコの周囲にまき散らされる。直接巻きつかれたわけではないが、これではステップしても爆発からは逃れられない。
そしてトニーのフォースフィールドは、今もコッコのフィールドを中和し、無効化しているのだ。
そして。爆発。
「ココねー!」
トニーのブロックに閉じ込められたまま、マータが叫ぶ。
だがそれは、悲鳴ではない。
「勝って! ココねー!」
OZ-03 SCARECROW。それは『決闘者型』の
そもそも。
しかしそれは、結局。同じ人間の同じ技でしかない。
故にその動作は、解析することが容易だ。間合いと角度とタイミングを測れば、同じ技を誘発することもできる。
特にトニーは、取り込んだ
要するに。ジャノメ・リコンの観測さえあれば、トニーの攻撃を解析することは容易だったのだ。
ばらまかれた爆雷が爆発した時すでに、コッコは空中高く翔け上がっていた。
一個だけ出したブロックを踏みつけ、さらに反重量を利用した、二段ジャンプ。それによって、爆発の最大効果域から逃れていたのだ。
さらにコッコは空中で剣槍を構え直し、再び空中でレンガを蹴り、トニーに向かって突撃した。
残る問題は、トニーのフォースフィールド。
多重に展開されたフィールドは、一枚のフォースフィールドでは中和できない。エーテリウムの武器で破るにしても、浸食には時間がかかる。
ハズだった。
「何!?」
空中から振り下ろされたコッコの剣槍が、トニーのフィールドを切り裂いていた。
さらに。返す刃でコッコは二枚目のフィールドをも切り裂いてしまう。
まるでリンゴの皮のように。いとも簡単に。
「何故だ!? 俺様のフィールドが、どうしてこうもあっさりと……!」
コッコの眼が、開いていた。
その金色の眼は、トニーを見ている。そのフォースフィールドを。
人間には盲点が存在する。それは
フォースフィールドにも、『弱い』部分と『強い』部分が存在する。
今やコッコの眼はその弱い部分を見切り、
動きの一切に無駄がなく、まるで踊っているかのように。コッコはトニーのフィールドを一枚一枚切り裂いていく。最初からそうなることが決まっていたみたいに、何か大きな力によって吸い込まれるように、全く自然にそうなっていく。
「こんな、こんなことが、あるはずが……」
そしてついに。コッコの剣槍が、トニーの本体に、届いたのだ。
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