第二十一話:ビヨンド・ザ・イエローブリックロード
コッコの持つ
彼女がその能力に目覚めたのは、七歳の頃だという。その頃、彼女は『黒い夏事件』の影響で熱病に罹っており、回復した後も、どこかぼうっとした状態でいることが多かったのだそうだ。
そんな中でふと、コッコは『町の外に出たい』と思ったらしい。
らしい。というのはそこに明確な理由が無かったからで、本人も上手く思い出せないようだった。どこかぼうっとした頭のまま、ふらふらと出かけて、適当に方向を決めて、ずっとずっと歩いていた。
知っている道が尽きても、道はまだ続いていた。なので彼女は歩き続けた。交差点を突っ切り、橋を渡り、高架線をくぐり、送電線を伝って、どこまでも、どこまでも。どこへとも知れないどこかへ向かって歩き続けた。
気が付くと、とっぷり日が暮れていて、周囲はすっかり暗くなっていた。
その時になって、ようやくコッコは気付いた。自分がどこからどうやってここまで来たか、全く覚えていないことに。見知らぬ町の見知らぬ道で、遭難状態になっていることに。
そういう時に限って、周りには誰もいない。助けを求めることができない。そもそも、どういう人に話しかければ良いのかもわからない。
幼いコッコはパニック状態になり、その場にしゃがみ込んでしまう。
青白い街灯が、ちかちかと点滅して、彼女を照らして影を縫い付けていた。
どうすれば。
どうしよう。
頭の中でその二言を無限に繰り返していた。
そんな時。視界の向こうで、小さな光を見つけた。
道の上にぽつりと、金色のレンガが落ちているのがわかった。
コッコが近づくと、レンガはふっと消えて。また少し遠くに別のレンガが現れた。コッコはこれも追いかけるが、近づいた途端にレンガは消えてしまう。
そんなやり取りを繰り返して、コッコはレンガを追いかけ続けて。
気が付くと彼女は、元居た町の、夕日坂の
行方不明になったコッコを探していた皆が、一斉にかけよってきてコッコを抱き締めていた。あるいは怒られていたのかもしれない。そこから先の記憶は曖昧だったが、夕闇の中で輝くレンガの金色はいつまでも覚えていた。
それが、コッコと
以来金色のレンガは、コッコ自身の
なのに。
いとも簡単に。トニーはそれを奪ってしまった。
今や金色のレンガは、コッコ自身の道を塞ぐ『壁』となって、彼女の前に立ちふさがっている。
「もう! 肝心な時に起きててくれないんだから!」
コッコは別のMDを取り出し、
両手には、武器用のMDで再生した三節槍をすでに握っている。トニーに破壊された刃も、再生からやり直せば元通りに問題なく修復され、使用可能になるのだ。
そしてコッコは、踵の拍車でコンクリートを削りながら、ローラーダッシュで加速する。
しかし。立ちふさがったブロックの壁の一つを避けても、その次、またその次と、いくらでもブロックが出現し、襲い掛かってくる。
「ココねー!」
マータは叫ぶが、そんなマータにも四方からブロックが振りかかる。前後左右を塞がれた後に、上方からももう一つブロックが被さって蓋をしてきて、彼女を閉じ込めてしまった。
「人魚のお嬢さんは安全な所で見てな。危ないからな」
トニーは凄惨に笑いながらも、両手をクラシック音楽の指揮者のように振り回し、逃げ回るコッコにブロックを降らせ続ける。
いずれにせよ、マータにはそれを見ていることしかできない。
コッコもただ逃げているわけではない。何とかしてブロックをかいくぐり、本体であるトニーに接近しようと試みている。だがどんなにコッコが早く動き、ブロックの裏に回り込んでトニーを探そうとしても、すぐにトニーは別の場所に逃げてしまっていた。
これは戦術でもトニーの弱気でもない。単に、コッコをなぶって遊んでいるだけだ。
「どうした? 異能をパクっただけの相手に近づけもしないか? 『ボクが一番上手に動かせるのに』とか言ってみたらどうだ?」
「そんなに……思い上がってなんかいないさ……! ボクは強くなんかない。ボク以上に強い人だって、まだまだたくさんいる……!」
なおもコッコに襲い掛かるブロック。
しかし、そこでコッコの足の動きが止まった。いつの間にかコッコは倉庫の端にまで追い詰められてしまっていて、身動きがとれなくなっていた。
そこへさらに、コッコの頭上からブロックが落ちてくる。マータのように閉じ込めるためではない。ブロック自体の重さで、コッコをぺしゃんこに圧し潰すつもりだ。
轟音。
砂煙が上がり、コッコの姿が視認できなくなる。
「……やったか?」
トニーが、ブロックの下を覗きこんだ。
瞬間。ブロックが一瞬で吹き飛ばされた。エーテリウム製とは言え、貨物用コンテナのような大きさであれば、重さは相当のモノになる。ましてそれを吹き飛ばすとなれば。
砂煙の向こうから、
「ブロックを吹き飛ばす……? そうか。ドーザーブレードをレンガを使って加速させているのか!」
コッコはレンガをドーザーブレードに沿うように展開し、
次から次へと襲い掛かるブロックを、ドーザーと三節槍でいなしながら、コッコはまっすぐにトニーへ向かう。
そしてコッコは、三節槍の節を連結し、一本の剣槍に変形させた。
さらに。背中のドーザーブレ―ドを変形。背部のアームからドーザーを外して、手にしていた剣槍に接続する。これにより、コッコの剣槍は巨大な刃を伴う斧と成った。
その斧を、コッコはためらいなくトニーへ叩きつける。
だがトニーは、防御も回避もしなかった。
ただ棒立ちになり、自身のフォースフィールドでコッコの一撃を受け止める。
「!? この距離ならフィールドは中和できているハズなのに!?」
「いいや。実際対したモノだ。『外側』の方は簡単に調律されて、フィールドは中和されちまった……だが、それは俺様の『最も外側のフォースフィールド』に過ぎない」
多重フィールド。
波長の異なるフォースフィールドを、入れ子構造にして二重三重に展開しておくことで、いざ近接戦闘にてフィールドを中和されてしまったとしても、より内側のフィールドで身を守れるという寸法だ。
当然。消費する
今のコッコでも、多重フィールドはかなり難儀する、なので、基本的に実用レベルには至らない
「お前は弱いなあ。全く足りてない」
そしてトニーのフォース・バースト。
本来は、フィールドが強力なほど、その霊圧を利用したフォース・バーストも威力を増す。だがフォース・バーストには、一度使うとしばらくの間フィールドが消失し、使用不能になるという欠点が存在する。
だからコッコも、フォースフィールドを持たない格下相手にしかフォースバーストを使わなかった。対異能者戦闘で自分のフィールドを失ってしまっては、相手の攻撃を防ぐことはおろか、フィールドを中和することもできないのだから。
しかし。二重三重のフォースフィールドを持つトニーなら、外側のフィールド一枚を犠牲にするだけで、簡単にフォース・バーストを使うことができる。
さらに、コッコが吹っ飛ばされた先には、金色のブロックが生じていた。
そびえたつ金色の壁に、コッコが背中から激突する。
「くは……っ!」
肺の中から空気が漏れる。
コッコは自身のフィールドで衝撃を和らげようとするが、それっきりで、逃げ場がない。壁に阻まれて退くことすらままならないコッコに向かい、トニーが襲い掛かかってきた。
「ぶぅるぁあああああ!」
シャコ兄弟のハサミ。今度は遠距離ではなく、近距離から連打して直接コッコに衝撃波を叩きこむ
フィールドでは防御しきれない。退くことができず止まっているから、
はりつけ状態にになったコッコは、そのまま、ブロックが砕けるまで殴られ続けた。
背中でブロックを砕きながら吹き飛ばされ、コンクリート床に打ち付けられ、ゴムボールのようにはずみ、転がっていくコッコ。
「おいおい、これじゃあ本当に死にに来たようなモノじゃあないか? ……それもいいが、ここまで歯ごたえが無いと単に自棄になっているんじゃないかって思えてきたな」
トニーはコッコの首を掴み、持ち上げ、宙づりにする。
体格の差もあり、まるで買い物袋のような気軽さで、トニーはコッコを持ち上げていた。
「もしそうなら興覚めもいいところだ。自殺のつもりで来たのならハッキリ言って迷惑だし、自己犠牲どころか、ただのかっこつけのエゴイストだ。食ってやる価値もない」
わざとらしいほど、大げさに。ため息をつくトニー。
「まあいい。お前が本物でないなら、このままクビり殺して放り捨てて、それから人魚を食ってやる。信じていた騎士サマに裏切られた人魚の絶望というのも……それはそれでスパイシーだろうさ」
トニーがコッコの首を絞める力を強める。
だがその太い指を、コッコの手が掴んだ。首が締まり切る寸前で、踏みとどまる。
「……いや。全くその通りだよ。ボクは正義の味方じゃない。偽物だ。ただのエゴイストだ。人を助けると言っておきながら、いつもいつも……間に合ってない。助けていない。それどころか、誰かに助けられてばっかりだ」
かろうじて息を繋ぎながら、コッコは応える。あるいはそれは、懺悔だったのかも知れない。
「マータちゃんにも。何度も命を救われた。彼女がエイ男の攻撃を防いでくれた。彼女が身を挺してボクをかばってくれた。体温を分け与えてくれた。だからボクは、生きていられる……」
「情けねえな。騎士サマよ」
「本当にね。だからココだけは、どうしても、譲れないんだ」
コッコが
しかし今度は防御のためではない。直接トニーにブロックを押し付けて、電流を流し込み、自分ごとトニーを感電させたのだ。
反射的にトニーはコッコから手を離し、コッコも受け身も取れないまま倒れる。
フォースフィールドは、電気ショックに対しても防御が弱い。至近距離の電撃ではトニーもコッコも感電して、筋肉が痺れて、動けない。
「だが、この程度では時間稼ぎにしかならないぞ。いずれ回復する……」
「違う。キミのための電撃じゃない」
コッコは。
痺れた身体のまま、共に投げ出された俺ことイナバを、見た。
「うお。しびれた!」
その声は、トニーにもハッキリ聞こえたことだろう。
コッコが連れていたぬいぐるみ。ペットロボット。それこそが、俺だ。イナバだ。
「……あ? 悪い。集中しすぎていた。既に鉄火場だったか!」
「時間は守ってもらわなきゃ困るよイナバ。今度からはモーニングコールの番号を教えて。でないと、次はもっと強い電気ショックをかけるよ。十万ボルトいくよ?」
「勘弁してくれ。せっかく作ったデータが飛んじまう」
そして俺は。腹の中から。一枚のディスクを取り出した。
「とりあえずできたぞ。OZシリーズの三号機。すなわち、OZー03 SCARECROWだ」
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