第十九話:未明の帰還不能点

 霊子外骨格アーキタイプの作り方。

 といって。適当に作るのなら難しいことはそんなにない。近年の霊子外骨格アーキタイプの各パーツはユニット化が進んでおり、互換性も高い。よほど相性の悪い組み合わせでもなければ『とりあえず動く』程度のモノを組むことは簡単だ。


 霊子外骨格アーキタイプのパーツは、大まかに次のように分類できる。


 身体強化技能スキルが組み込まれ、装甲の役割を兼ねたフレーム。

 各種感覚強化技能スキルが搭載されたセンサー。

 様々な霊子兵装と、攻撃系技能スキルを制御する火器管制システムFCS

 異層次元に格納され、各種演算を行う霊子頭脳エーテルブレイン

 そして。それらパーツと着装者の脳を橋渡しするOS。


 これらのパーツを組み合わせることで『誰でも』霊子外骨格アーキタイプを作ることができるというわけだ。


 とはいえ。『実戦レベル』となると話は別だ。適当に組んでしまうと、フレームの強化ばかりに気を取られて霊力不足に陥ったり、センサーの技能スキルを増やし過ぎてUIがぐちゃぐちゃになったり、霊子武装とFCSの『射程距離』が噛み合わなくて全く攻撃を当てられなくなったり、ロクでもないものばかりできてしまう。


 そこで俺のような元型師アーキテクトの出番だ。使用者の霊力や目的に合わせ、最適なパーツを選択、あるいは自作のパーツを使って霊子外骨格アーキタイプを組み上げる。

 日々最新の技能スキルが発掘され、急速に尖鋭化していく技術に対応する。時間や予算の問題も考慮した上で、顧客が求める性能を満たす。


 元型師アーキテクトとは、そういう、霊子工学の専門家というわけだ。


「だからここからはスタンドアロンモードでやらせてもらう。外部センサーを全部切って、外界からの情報をシャットダウンするぞ」

「わかった。眠るってことだね」

「外からの理解はそれで間違いない……それと」

「うん」

「俺は、お前の気が変わるのを望んでいる。次に俺が目覚める時、トニーの前でないことを祈らせてもらうぜ」

「どうせならマータちゃんの無事とボクの勝利を祈ってくれればいいのに」

「嫌だね。とりあえずモノは仕上げるさ。楽しみにしてな」


 そうして俺ことイナバは、ウサギのようなモヒカンのぬいぐるみは、それっきり、死んだように動かなくなった。

 

 やがて。数時間後。

 コッコは再び目覚め、出立の準備を始める。

 太腿まで届く長さの乗馬用ブーツを履いて、背中に太陽の描かれた白いコートを羽織り、冗談みたいに小さい羽根帽子をツインテールに結んだ頭に載せる。

 コート以外はエーテリウムで再現したモノだ。汚れや痛みはリセットできる。

 

 残る問題は、コッコ自身の体調。

 コッコは素手になった右手を握って、開く。

 よく眠れたとは言い難いが、体温は戻ってきた。体力は戻り、そこそこ力も入るようになっている。とりあえず霊子外骨格アーキタイプの使用に問題はないだろう。  

 

 そしてコッコは、水没した駅を去る。

 プラットフォームから階段を昇り、別のホームを目指した。


 地下鉄駅は、それ自体が広大な地下街を形成している。

 機械生命体オートマトンはあちこちで掘削を行って通路を拡げ、通風ダクトのファンを稼働させ、駅の券売機やキオスクを運営している。

 

 コッコも。途中の売店でサンドイッチを購入した。駅構内では代用貨幣プラスチックは使えず、メトロパスにチャージされた霊子貨幣のみが使える。と、言うより。そもそも。メトロパスの代用として代用貨幣プラスチックが存在するわけなのだが。


 トニーが決闘の場所に指定したのは埠頭の倉庫。であれば、地下鉄なら9番線のホームから出る電車に乗るのが一番の近道だった。

 しかしそこからが難しい。拡張と改装を続ける駅構内では、案内板はほとんど役に立たない。コッコは何本も地下通路を通り抜け、いくつかの階段を昇ったり降りたりして、ようやく9番線ホームへ繋がる階段を発見した。


 そして。そのホームへと続く階段の中間で、マリカが待っていたのだ。

 今度のマリカは。ホテルで見た道士服ではなく、真っ赤なドレスに身を包んでいた。


 マリカ・ウィクトーリア。

 キョンシーを操る道士にして、冥精人プルートに属する吸血鬼ヴァンパイアである。

 吸血鬼ヴァンパイアについては謎が多い。『死に生きるもの』であること、血を吸うことでしか栄養補給ができないこと、『血族』を重視すること……はっきりわかっているのはそれくらいだ。

 

 マリカ自身にしても、わかっていることは少ない。ホテル・ウィクトーリアの支配人だが、それ以上の私生活については全く知られていないし、そもそもその姿も数十年ほど前から『全く』変わっていない。若い女の姿のままだ。


 ホテルで燃料気化爆弾の爆発に巻き込まれて尚この様子だと、フォースフィールド以外にも何らかの防御手段トリックがあったのだろう。

 あるいは噂の通り吸血鬼ヴァンパイアとは『不死身』とでも言うのだろうか。


「わっさー。マリカさん。やっぱり洋服の方が似合っているね」

「コッコさんも、お元気そうで」

「おかげさまで……ね」


 マリカに向かい、首を傾げるコッコ。彼女にしては、珍しく皮肉っぽい反応。


「私共は、この街の秩序を護るために選択しました。故にコッコさんへ個人的な恨みはございません。その上で、コッコさんが我々と対立するのであれば、また対応は違ってきますが……」

「我々の邪魔をするな。このまま引き返せと。マリカさんも言うの? 状況は知っているんでしょう?」

「ええ。存じています。ただ今、埠頭の倉庫にわが社のキョンシー部隊を……」


 言いかけた所で、着信音。

 マリカはドレスの胸元から携帯電話を取り出し、通話に出る。

 そのまま、二、三言葉を交わし。


「キョンシー部隊が全滅? 二十秒足らずで……ですか?」


 携帯電話を閉じて、頭を抱え、マリカはため息をついた。


「やはりダメですね。今のトニーさんは暴走状態。組合の仲間すら取り込んで霊力フォースを桁違いに高めているようです」

「だろうね。異能アーツもコピーできてるわけだし」

「それでも、行くのですか? コッコさん」


 紫色の眼でコッコを見つめるマリカ。

 存外。透き通った眼光を、しかしコッコは跳ねのける。


「行くよ。ボクは騎士だからね」

「既に水上警察も動いています。港湾労働者組合が事実上壊滅状態であるので、不可侵の協定も無視されているのでしょうね」

「そう」

「水上警察も、仲間の鯱族オルカの少女が人質に取られているとなれば、救出するつもりもあるのでしょう」

「かもね」

「それでも。行くと言うのですか? 一介のトラブルシューターに、そんな責任があるとお思いですか?」

「トラブルシューターじゃない。ボクの責任だ」


 階段を降りるコッコ。

 その足取りに、少しのブレもなく。すたすたと真っすぐ降りてホームへ向かっていく。 

 そうして、すれ違う直前で。マリカが手を出してコッコの進路を塞ぐ。

 その手には、一枚の紙切れが指に挟まっていた。


「当ホテルの最上級スイートルーム。その無料宿泊券ですわ。此度の件のお詫びとして、差し上げます」

「……いらないよ」

「そうですか? ペア用チケットですのに」

「…………」


 黙ったまま、マリカからチケットを受けとるコッコ。

 それっきり、マリカは手を下ろす。コッコを阻まない。


「わたくし共は企業です。『投資』の対象も、より利益が望める者に投資いたします」

「マリカさん……」

「タイミング的には、あの夜が最後のチャンスだったのですよ。マータさんがストームルーラーを破壊し、その異常性を身に受けた。この時点で、大半の人間は拒絶反応を起こすハズでした。強大すぎる異常性に耐えきれず、悪夢に侵され廃人になると考えていたのです」


 クラスⅢの異常存在イレギュラー。しかし、それを『偶然』破壊した程度で、異能アーツが身につくというシンプルな話ではない。

 悪夢病。高濃度のオチミズに長時間触れた者に訪れる病。精神を悪夢に苛まれ、やがて肉体すらも空色に変化して、最終的には存在ごと消えてしまうという奇病。

 オチミズとの接触のみならず、強力な異能者イレギュラー異常存在イレギュラーと接触することでも起こる可能性はあるとも言われてる。


 しかし。いずれにしてもマータは悪夢に侵されはおらず、若干の違和感を覚えながらも見事に適合した。

 嵐の王ストームルーラーは彼女を選んだ。


「こうなってしまっては、マータさんからストームルーラーを摘出することは不可能になります」

「仮に。ストームルーラーを摘出できていたら、マータちゃんは普通に戻れた?」

「人格が消失し、キョンシー化はしますが……命は助かります」

「……やっぱり、そうならなくて良かったよ」

「ですが。トニーさんの能力であれば『食う』ことはできるでしょう。状況は緊迫しています」


 トニーの異能アーツ異常存在イレギュラーの力すら食らって己のモノとすることができるという例外イレギュラー

 

「彼は。ボクが止めるよ。必ず」

「では。水上警察にはしばらく待機させましょう。どうせ無理でしょうし。アナトリアの騎士が『説得』に行くと伝えておきます……そして」


 ほら。電車が来ました。

 そんなマリカの言葉と同時に、ブレーキ音。金属が軋む音。

 地下鉄ホームに、電車が滑り込んでいく。


「……お礼は後で言うね! とりあえずマリカさん! お元気で!」


 急いで階段をかけ降り。電車に乗り込むコッコ。

 振り返り、閉まるドアから階段を見上げると、すでにマリカの姿は階段の上にも下にもない。あんなに目立つドレスを着ていたのに、霧か霞のように、消えてしまった。

 ほどなくして電車は発車し、次の駅へ向かう。

 三駅ほど行けば、埠頭の倉庫へ着くだろう。

 コッコはがらがらの車内でもシートに座ることなく、地下道を進む真っ暗な窓の外を眺めていた。

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