第十九話:未明の帰還不能点
といって。適当に作るのなら難しいことはそんなにない。近年の
身体強化
各種感覚強化
様々な霊子兵装と、攻撃系
異層次元に格納され、各種演算を行う
そして。それらパーツと着装者の脳を橋渡しするOS。
これらのパーツを組み合わせることで『誰でも』
とはいえ。『実戦レベル』となると話は別だ。適当に組んでしまうと、フレームの強化ばかりに気を取られて霊力不足に陥ったり、センサーの
そこで俺のような
日々最新の
「だからここからはスタンドアロンモードでやらせてもらう。外部センサーを全部切って、外界からの情報をシャットダウンするぞ」
「わかった。眠るってことだね」
「外からの理解はそれで間違いない……それと」
「うん」
「俺は、お前の気が変わるのを望んでいる。次に俺が目覚める時、トニーの前でないことを祈らせてもらうぜ」
「どうせならマータちゃんの無事とボクの勝利を祈ってくれればいいのに」
「嫌だね。とりあえずモノは仕上げるさ。楽しみにしてな」
そうして俺ことイナバは、ウサギのようなモヒカンのぬいぐるみは、それっきり、死んだように動かなくなった。
やがて。数時間後。
コッコは再び目覚め、出立の準備を始める。
太腿まで届く長さの乗馬用ブーツを履いて、背中に太陽の描かれた白いコートを羽織り、冗談みたいに小さい羽根帽子をツインテールに結んだ頭に載せる。
コート以外はエーテリウムで再現したモノだ。汚れや痛みはリセットできる。
残る問題は、コッコ自身の体調。
コッコは素手になった右手を握って、開く。
よく眠れたとは言い難いが、体温は戻ってきた。体力は戻り、そこそこ力も入るようになっている。とりあえず
そしてコッコは、水没した駅を去る。
プラットフォームから階段を昇り、別のホームを目指した。
地下鉄駅は、それ自体が広大な地下街を形成している。
コッコも。途中の売店でサンドイッチを購入した。駅構内では
トニーが決闘の場所に指定したのは埠頭の倉庫。であれば、地下鉄なら9番線のホームから出る電車に乗るのが一番の近道だった。
しかしそこからが難しい。拡張と改装を続ける駅構内では、案内板はほとんど役に立たない。コッコは何本も地下通路を通り抜け、いくつかの階段を昇ったり降りたりして、ようやく9番線ホームへ繋がる階段を発見した。
そして。そのホームへと続く階段の中間で、マリカが待っていたのだ。
今度のマリカは。ホテルで見た道士服ではなく、真っ赤なドレスに身を包んでいた。
マリカ・ウィクトーリア。
キョンシーを操る道士にして、
マリカ自身にしても、わかっていることは少ない。ホテル・ウィクトーリアの支配人だが、それ以上の私生活については全く知られていないし、そもそもその姿も数十年ほど前から『全く』変わっていない。若い女の姿のままだ。
ホテルで燃料気化爆弾の爆発に巻き込まれて尚この様子だと、フォースフィールド以外にも何らかの
あるいは噂の通り
「わっさー。マリカさん。やっぱり洋服の方が似合っているね」
「コッコさんも、お元気そうで」
「おかげさまで……ね」
マリカに向かい、首を傾げるコッコ。彼女にしては、珍しく皮肉っぽい反応。
「私共は、この街の秩序を護るために選択しました。故にコッコさんへ個人的な恨みはございません。その上で、コッコさんが我々と対立するのであれば、また対応は違ってきますが……」
「我々の邪魔をするな。このまま引き返せと。マリカさんも言うの? 状況は知っているんでしょう?」
「ええ。存じています。ただ今、埠頭の倉庫にわが社のキョンシー部隊を……」
言いかけた所で、着信音。
マリカはドレスの胸元から携帯電話を取り出し、通話に出る。
そのまま、二、三言葉を交わし。
「キョンシー部隊が全滅? 二十秒足らずで……ですか?」
携帯電話を閉じて、頭を抱え、マリカはため息をついた。
「やはりダメですね。今のトニーさんは暴走状態。組合の仲間すら取り込んで
「だろうね。
「それでも、行くのですか? コッコさん」
紫色の眼でコッコを見つめるマリカ。
存外。透き通った眼光を、しかしコッコは跳ねのける。
「行くよ。ボクは騎士だからね」
「既に水上警察も動いています。港湾労働者組合が事実上壊滅状態であるので、不可侵の協定も無視されているのでしょうね」
「そう」
「水上警察も、仲間の
「かもね」
「それでも。行くと言うのですか? 一介のトラブルシューターに、そんな責任があるとお思いですか?」
「トラブルシューターじゃない。ボクの責任だ」
階段を降りるコッコ。
その足取りに、少しのブレもなく。すたすたと真っすぐ降りてホームへ向かっていく。
そうして、すれ違う直前で。マリカが手を出してコッコの進路を塞ぐ。
その手には、一枚の紙切れが指に挟まっていた。
「当ホテルの最上級スイートルーム。その無料宿泊券ですわ。此度の件のお詫びとして、差し上げます」
「……いらないよ」
「そうですか? ペア用チケットですのに」
「…………」
黙ったまま、マリカからチケットを受けとるコッコ。
それっきり、マリカは手を下ろす。コッコを阻まない。
「わたくし共は企業です。『投資』の対象も、より利益が望める者に投資いたします」
「マリカさん……」
「タイミング的には、あの夜が最後のチャンスだったのですよ。マータさんがストームルーラーを破壊し、その異常性を身に受けた。この時点で、大半の人間は拒絶反応を起こすハズでした。強大すぎる異常性に耐えきれず、悪夢に侵され廃人になると考えていたのです」
クラスⅢの
悪夢病。高濃度のオチミズに長時間触れた者に訪れる病。精神を悪夢に苛まれ、やがて肉体すらも空色に変化して、最終的には存在ごと消えてしまうという奇病。
オチミズとの接触のみならず、強力な
しかし。いずれにしてもマータは悪夢に侵されはおらず、若干の違和感を覚えながらも見事に適合した。
「こうなってしまっては、マータさんからストームルーラーを摘出することは不可能になります」
「仮に。ストームルーラーを摘出できていたら、マータちゃんは普通に戻れた?」
「人格が消失し、キョンシー化はしますが……命は助かります」
「……やっぱり、そうならなくて良かったよ」
「ですが。トニーさんの能力であれば『食う』ことはできるでしょう。状況は緊迫しています」
トニーの
「彼は。ボクが止めるよ。必ず」
「では。水上警察にはしばらく待機させましょう。どうせ無理でしょうし。アナトリアの騎士が『説得』に行くと伝えておきます……そして」
ほら。電車が来ました。
そんなマリカの言葉と同時に、ブレーキ音。金属が軋む音。
地下鉄ホームに、電車が滑り込んでいく。
「……お礼は後で言うね! とりあえずマリカさん! お元気で!」
急いで階段をかけ降り。電車に乗り込むコッコ。
振り返り、閉まるドアから階段を見上げると、すでにマリカの姿は階段の上にも下にもない。あんなに目立つドレスを着ていたのに、霧か霞のように、消えてしまった。
ほどなくして電車は発車し、次の駅へ向かう。
三駅ほど行けば、埠頭の倉庫へ着くだろう。
コッコはがらがらの車内でもシートに座ることなく、地下道を進む真っ暗な窓の外を眺めていた。
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