第十八話:目覚めよ、太陽

 トニーはマータを連れて去って行った。

 コッコとイナバだけが、水没した地下鉄駅に取り残される。

 地下の暗闇に、再び静寂が戻った。


「じゃあ。とっとと逃げるか。この都市から出るぞ。支度しろ。コッコ」


 そして出てきた俺の提案。これに、コッコは目を丸くする。


「何を……!?」

「もうこの件は一介のトラブルシューターがやることでも、一介の巡礼騎士ができることでもない。お前はもう手を引け」

「それじゃあマータちゃんが……!」

「水上警察に任せろ。それともお前、本気であいつと決闘して、勝てるとでも思ってるのか」


 当然の判断だ。

 すでにトニーの力は単なるクラスⅡ異能者イレギュラーの域を逸脱しつつある。その上でもう、ストームルーラーまで確保してしまった。こうなってしまっては、トニーはもはや都市そのものに対する脅威であり、災厄であり災害だ。とても、ただの一人の少女に手に負えるような事態ではない。


「やめてよイナバ! じゃあ決闘っていうのは嘘だったの!? 最初からみんなを騙すつもりであんなことを!?」

「ああでも言わなければ! あの場で二人とも死んでいた! 戦ってもお前は負けるし、マータも逃げ切れない!」

「だとしても! 逃げることを前提に決闘を挑むなんて!」

「じゃあ死にに行くのか! お前はあのサメ男に殺されて、マータも食われる! そうなれば満足か!」


 そして、生き残るためには必要な措置だった。

 あの場でトニーから逃げるには、トニー自身の『性格』を利用する必要があった。トニーは『能力』を食いたがっているが、それ以上に『味』に飢えている。コッコやマータが新しい『味』になり得るなら、それを存分に『味わおう』とする。そういう男だ。

 上手く行ったのだ。トニーはまんまとひっかかり、マータのみを連れ去った。


「一人の。元型師アーキテクトとしての意見を言わせてもらうなら……お前が奴と戦って勝つ可能性はゼロだ」

「そんなのやってみなければ……!」

「アイツの霊子外骨格アーキタイプもお前の霊子外骨格アーキタイプも、俺が改造したんだ。わかるさ」


 トニーの使う戦闘用霊子外骨格アーキタイプ。HB-13H DEVOURER。

 これはハイドラ教会が開発した『異端審問官型』の霊子外骨格アーキタイプだ。要するに、対異能者との戦闘を前提にした超重量級。これにチェーンマイン等のさらなる武装を施し、本来なら重量過多で身動きすらままならないような重武装を、トニーの霊力フォースで無理矢理動かしている。

 オマケに、トニーはこんな重い霊子外骨格アーキタイプを使いながら自身の異能アーツによって他人の能力の再現をすることもできるのだ。


 対して、コッコの使うOZシリーズは、いずれも試作タイプに過ぎない。完成度は低く、フィッティングも完全ではない。そもそも、現在のコッコの体調を考えれば、霊力フォース自体に差があることは間違いない。


 制作者が同じなら、変数は使い手の霊力フォースと技量だ。その点、コッコは技量はともかく、霊力フォースに於いては明らかに力負けしてしまっている。

 そもそも『異端審問官型』は最初から異能者イレギュラーとの戦いを想定している。機動戦を想定した『槍騎兵型LEO』や拠点防衛を想定した『重装歩兵型WOODSMAN』ではそもそも相性が悪い。


「お前が決闘して死んだら。確実にマータは死ぬぞ。いいか。俺はマータを見捨てろと言ってるわけじゃない。お前では助けられないから他を当たれと言っているんだ」

「…………」

「わかったなら、早く行くぞ。警察への通報は俺がやるから。とりあえず今は通信ができるエリアまで上がろう」


 これは。しかし詭弁だった。

 水上警察に任せたとして、この状況からマータが救出される可能性は限りなく低いだろう。水上警察の装備では、おそらく今のトニーを止めることはできない。異能者イレギュラーを使うとしても、コッコ以上の異能者イレギュラーとなると今の紅港で見つけられるかもわからない。


 そう。俺だってコッコの実力を評価していないわけではない。むしろ、かなり高く評価している。見込みがある。LeoとWOODSMANをあのように使いこなせる時点で、かなり素晴らしいのだ。ついでに固有に持ってる異能アーツも相性は悪くない。


 でも。それでも。トニーには届かなかったのだ。


「お前は異世界ファンタジー小説の、神から愛されたチート能力を持つ勇者じゃないんだ。できないことを、恥じることはないだろ。よくやったんだよ。お前は」


 詭弁であっても。必要だろう。

 敗北して、そこで終わるならそれも良い。だが、生きているのなら生き続けなければならない。自分を誤魔化すことになったとしても、自ら破滅に向かうよりはずっと良い。

 

 そして。コッコは。

 無言のまま、コートの中から一個の袋を取り出す。


 それは。保存性の良いチーズと使った。チーズタラだった。

 袋を破って、一本二本と齧り始める。


「これは、死ぬ前に食べるチーズ」


 三本四本。息継ぎもせずに食べ続ける。


「……を、食べる前に食べるチーズを食べる前に食べるチーズ」


 もうほとんど飲み込むような勢いで。コッコはチーズタラを食べ続ける。

 ついでに金属製の水筒も取り出し、中身のオチミズをがぶ飲みしている。


「確かに今ボクは腹ペコだった。迂闊だったよ。腹ごしらえを先にしておくべきだったね」

「おい。そういう意味じゃなくてだな……」

「先生が言っていた。『騎士たるもの、デートの約束は破ってはいけない』と。二人に会いに行かなきゃ。ボクは騎士だから」

「言ったはずだ! 勝てる可能性はゼロだと!」

「なんのための試作だったの?」


 逆に、コッコが俺に問う。

 その手に、一枚のMDが握られていた。


「OZシリーズは三タイプあった。三つそれぞれ構成が全く違う。何のために違うタイプを複数用意したの? 三つ目のタイプは何のために?」

「三つめは……決闘用だ。『最強の騎士』を倒すために作った……」

「先生だね? ナッシング=レイヴン。ボクの先生を倒すための」

「…………」


 やはり。すでに感づいていたか。

 コッコはその金色の眼で、俺を射すくめる。

 その手に、OZシリーズの『三号機』のMDを握りしめていて。


「ねえ。ボクもそう思うんだよ。トニーに勝てる可能性があるのは、この三つ目のタイプしかないって。でも。それが試作だというのも分かってる……」


 あえて言及しなかった。

 もっとも成功率が低いルート。希望的観測に基づいた上で、いくつかの奇跡が起こったと仮定しても、確率は小数点以下にゼロがいくつも並ぶような例外イレギュラールート。


「だから。今。ここで完成させよう。それしかないよ」

「……絶望的な可能性ってのは覆せないぞ。時間だってもう無い。夜明けまでもうわずかだ」

「水上警察に任せるよりは、確実でしょ?」

「完成すれば。理論上はな」


 あの霊子外骨格アーキタイプが完成するというのなら。設備も時間も不足している状態で、コッコにフィットしたものを作れれば。例外イレギュラーは起こるかもしれない。


「ボクは。騎士になるために力を得た。」

「ああ」

「ボクは。いつか死ぬ」

「ああ」

「だからボクは、みんなを救いたい。全てを変える力があるのなら、ボクはみんなのためにそれを使いたい。力を貸してほしい」


「……仕方ないな」


 俺は観念して、コッコが差し出した『三号機』のMDを受け取った。すぐに腹の中のスロットに取り込んで、解析を改造を開始する。


「……ねえ。イナバ。もう一つ聞いて良い?」

「なんだ」

「イナバは、そもそもどうしてストームルーラーを奪ったの? 何をするためにそうしたの?」

「ああ……」


 特に隠すつもりもなかったが、自分から言うつもりもなかった事柄だ。依頼人とトラブルシューターという立場なら、必要もなかったろう。

 だが今の俺とコッコは状況がいろいろ変わっている。誤魔化してばかりもいられないだろう。


「……胃がんだよ」

「ぬいぐるみも病気になるの?」

「阿呆。こうなる前の話だ。俺が人間だった頃。胃がんに罹っちまったんだよ。元々不精なのもあって、発見した時には手遅れだった」

「うん」

「オタッシャ重点ってな。医者もお手上げだったそうだ。自爆なんてしなくても、俺は近い内に死んでいたろうよ」

「それで。どうしたの?」

「気づいたんだよ。俺は生まれてこれまで『痛快なこと』を何もしてこなかったってな」


 見上げた所で、地下の駅構内に何かがあるハズも無いが。

 それでも俺は、その天井の向こうの、空を多く雲の向こうにあるハズの、星を見た。

 痛快なこと。

 その時になるまで、自分の人生に疑問を持ったことはなかった。港湾労働者組合の奴らに霊子外骨格アーキタイプを作ったとしても、それが何に使われてるかなんて気にしたことはなかった。貧乏人を殴ろうが、キョンシーを潰そうが、俺には関係のないことだったから。


 だが同時に。気分が良くなるようなこともなかった。

 別に正義に目覚めたとか、贖罪のためとかじゃない。


「前々からやってみようかとは思っていたから、自分の記憶と人格を霊子化してペットロボットに移植した。それで、今回の計画を実行したんだよ」


 港湾労働者組合も、ホテル・ウィクトーリアも、調子に乗っている奴を出し抜いてやろうと思った。誰も自分に与えてくれないのなら自分からやっていくしかないと。


「ただ。やってみたかったんだ。何かこう、一回くらいは。思い出すだけで気分が良くなるような……清々しい感じの……痛快なことを」

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