第十七話:決闘申し込み

 鉄火場。再び。

 地下鉄駅に現れたトニー。シートにくるまったままのコッコとマータ。そして俺ことイナバ。

 いとも簡単に追いつかれた。トニーが追いつけないよう、チューブのように細い水路も使って潜ってきたというのに。


「いいや。その程度で撒けると思って貰っちゃ困るな。何せ今の俺は、お前らにやられた仲間の『遺志』を背負っているのだから」


 言いながら、トニーの姿が溶けた。

 違う。水没したホームの『水面』に異層空間のゲートを開き、そこへ潜り込んだのだ。そうして平面の存在となり、背ビレだけを水面から出しながら、プラットホームの周りをぐるぐる泳いでいる。


「……エイ男の力か。奴もお前に……」

「有効活用してやったのさ。どんな技能スキル異能アーツも、使い手が悪けりゃ意味がない。むしろ俺様は使えない人間を『リサイクル』しているんだぜ? 持続可能性サスティナビリティがあってイイコトだろ?」


 水面から飛び上がり、空中で体勢を入れ替え、トニーは再び着地する。

 エイ男の異能アーツを持っているとなれば、水がある限りトニーの追撃から逃れることは不可能だ。とはいえどの道、コッコが動けない今となっては。この廃棄されたプラットホームから逃れることすら困難であるのだが。


 ならば。


「あー。トニー。もうちょっと待っててくれないか? 見た通りほら、複雑な状況でさ……」

「聞いてねえ。関係ねえ。むしろ、自分から『包み焼き』になってくれてるじゃねえか。そそられるねえ……」

「ああ、だからトニー。こっち向けって」


 ぽとり。

 トニーの足元に、俺があらかじめ仕込んでいた爆薬を投げて落とす。

 セムテックスを元にエーテリウムで再現した、プラスチック爆薬。オマケに、中にはネジクギ二十本を練り込んである。

 手榴弾二個よりはずっと威力は高いし、しかもフォースフィールドにも対抗できる。


「……言ったろ」


 しかし。

 トニーはそれをひょいと拾い上げて、大きく口を開け、丸ごと中に放り込んでしまった。

 もちろん。信管が作動して、爆発。


「プラスチック爆弾はスイートだ。ネジクギ二十本もキクな。いいおやつになったぜ」


 なんということか。口の中で爆発したにも関わらず、トニーの身体には何のダメージも無い。

 いいや。理屈としてはわかる。フォースフィールドは距離が近くなるほど作用が強くなるし、最も強く作用するのは身体の中だ。

 『身体の中』というのは、クラスⅠの異能者イレギュラーでも強く霊力を働かせることができる領域だ。それ故に身体能力強化や感覚強化の技能スキルを『自分』に使うのはそれほど難しい話ではない。


 つまりトニーは、最もフィールドの強い場所で爆弾を『受けた』のだ。奴はそういう冷静さ、大胆さ、そして絶対の自信を同時に持ち合わせている。


「はは。時間稼ぎにもならないか……」


 早くも万事休すだ。

 それで仕留められると甘く考えていたわけではないが、ノーダメージとは恐れ入った。並みの異能者イレギュラーだったなら、体内で爆弾を爆発させて無事でいられるわけがないのに。


 どうする。この状況から、マータだけでも逃がすことはできるだろうか。


「いや、いい」


 声。その瞬間。ぐるっと。マータが転がる。

 ゴロゴロとホームの上を転がり、ひっくり返されて、コッコが上に。

 その最中でアルミシートがほどけて、絨毯のように拡がる。そうしてマータの上になったコッコが、すっと立ち上がった。

 立ち上がって。しかしちょっとだけ屈んで、マータにアルミシートを巻き直した。


「マータちゃんに手出しはさせない。ボクが相手をする」


 一糸まとわぬ姿のまま対峙するコッコに対し、トニーは嘲るように鼻を鳴らす。


「キンタマをそんな縮こませておいて、何を言ってやがる」

「……アナトリアの古代の美術においては、『それ』があんまり大きいのは美しくないとされていて……『巨人に立ち向かう英雄』を描いた絵画や彫刻にしても、英雄の『それ』は割と小さく描かれていたわけで……」

「いや知らねえよ……なんでそこで言い訳がましくなるんだよ……」

「あと、普通に今ちょっと寒いんだよね。決して。決してビビってるわけじゃなく……まして元からそんなに大きくないなどということは……」

「もういいって! わかったって!」


 呆れるトニー。

 なんだかよくわからないが、コッコの気に障ることを言ったらしい。

 とはいえそこで激昂したり赤面したりするのではなく、言い訳にかかるあたり、彼女の妙な一面が垣間見えた気がする。いいや。コッコが変な奴なのは最初からだが。


「……なんにせよ。自ら身を差し出してくれるなら食べやすくて良い……」

「ダメ! それはダメ!」


 凄惨に笑い、口から牙を覗かせ、コッコに歩み寄るトニー。

 だがそこに、マータが割って入ってきた。

 びったんびたんと尾びれを跳ねさせて、這いずって転がって暴れながら、二人の間に必死に割り込む。


「ココねーを食べないで! 食べるならマータだけでいいでしょ! マータがストームルーラーなんだから!」

「マータちゃんそれは!」


 びったんびたんびたん。


「おい。かっこつけてる所悪いが、少し落ち着けよ。人間の足にしたらどうだ?」

「や、やってる! やってるけどもうちょっと待って!」


「というか。尾びれはともかく上半身は隠そうよマータちゃん。ほらシートかけて……」

「ココねーだってまだ身体冷えてるでしょ! 服を着てよ!」

 

 ぐだぐだ、べちゃべちゃ。口々に言い合う三者。


「いや、ひでえなこれ! ちょっと順番に話せ貴様ら!」


 さすがに放置はできない。

 利害とか正義とか交渉とか戦闘は抜きにして、この混沌とした状況をどうにかしなければいつまでたっても話が進みやしない。

 

 コッコの意見。

 トニーがマータを食べる前に、先に自分と戦って食え。と。これに関してはシンプルだ。再びコッコとトニーが戦って、マータが逃げる時間を稼ぐ。ただし、コッコの霊力はとっくに枯渇しているし、身体的にも弱り切っている。本来は立ち上がることも困難なはずだ。

 これをやるとコッコは間違いなく死ぬし、トニーに食われるだろう。


 マータの意見。

 自分がトニーに食われることでストームルーラーを渡す。ストームルーラーを渡す代わりにコッコを襲わないと約束しろ。と。一応スジは通っている。だがこの提案に従うメリットはトニーにはあまりない。仮に従うとしても、マータを食べてストームルーラーを取り込んだ後で、弱っているコッコを食わない理由はあるだろうか。


 トニーの意見。

 とにかく交渉や取引に従う気はなく、コッコもマータも両方を食べるつもりでいる。小娘二人が何を言おうと関係ないのだ。この場で最も強いのがトニーなのだから、誰の指図も受ける必要はない。


「……提案がある」


 だから。俺はトニーにもう一つの道を示した。


「コッコが。マータをかけてトニーに決闘を申し込む。それでいけるハズだ」

「はあ? 決闘?」


 聞きなれない響きに、トニーがボヤく。

 なにがしかの文句を言おうとして、しかし逡巡して、考え直す。

 口の中で何事かを呟いて、後に膝を叩いて納得する。


「……おい人魚。確認する。お前、自分が死んでもその騎士サマを護る気なのか」

「だから。そういってるじゃん。マータが食べられるからココねーは食べないで」


「騎士サマも、人魚のためなら俺様と戦い、死んでいいと思ってるんだな?」

「だからそうだって。どうやらボクはね。マータちゃんのコトが気に入ってるらしいんだ!」


 つまり。と、トニーは話をまとめる。総括する。


「お前らは、愛と正義を護るため、互いの身を犠牲にしようとしている……そうなんだな?」

「……?」


 愛と正義。トニーの口から出たとは思えない、似合わない言い回し。


「昔。ソドムとゴモラっていうクソみてえな都市まちがあったそうだ。クソみてえな都市だから、住民もクソみてえな奴らばっかりでな。そろそろ燃やしてしまおうかって神様が決めたそうだ」

「……教会に伝わっているお話だね。一応知ってるよ。それでも神様は『正しい者が十人いたら』赦すと約束してくれたって」

「ククク……その結果。結局クソみてえな都市は燃やされたんだけどな! 正しい者は、十人もいなかったそうだ! ただ、まあ……」


 トニーは、マータとコッコ見る。

 互いを、かばい合う二人の少女。


「……二人くらいは。正しい者がいたかもしれねえな」


 その眼は丸く、わずかに光を宿している。

 日差しに焼かれ、ボートにしがみつき、やっとの思いで無人島に流れついた漂流者が。ヤシの実を手に入れ、叩き割り、その中に果汁を見つけた時のような。


「俺様は、いままでいろんな人間を食ってきた。けれど、それでも。愛とか正義は食ったことがない。どいつもこいつも、最後には自分の身かわいさに恋人も家族も犠牲にした。そういうモノだった……」


 けれど、コッコとマータは違う。

 その、可能性がある。


「だから。お前たちの愛と正義をもう一度試させてくれ。俺様は人魚を連れていく。騎士サマは指定された場所に、時間までに来い」


 その提案に、コッコとマータは顔を見合わせる。


「それまでに、マータちゃんの無事を保証するの?」

「保証ではないな。単に俺様のシュミだ。本当の騎士なら、自分の身を顧みず助けに来るんだろう? そして愛と正義があるのなら、人魚もお前を待つのだろう? 食べる前にそれが台無しになっては、俺様が困る」

「ではそのキミの『シュミ』って言うのは、誰が保証するの?」

「笑かすなよ。なら騎士サマ。お前の『シュミ』はどう保証してくれるんだ? そこな人魚の尾びれに向けて、ここで『帆柱』をおったててくれるって言うのか?」


 コッコは眉をひそめるも、トニーには答えずマータに声をかける。


「……マータちゃん」

「構わないよ。この人も、嘘はついてないと思う。本当に、正義に憧れてる。そういう音だよ」


 マータもトニーの動きはよく観察している。脈拍や視線の動き方、あるいは筋肉の緊張。それを統合的に判断して、トニーの身体のクセを見抜いている。

 『小さい体』のマータが、岩礁や貧民街で過ごす内に身に着けた独自の読心術だ。


「良いだろう。彼女の身柄。貴公に一度預ける」


 『騎士』の口調になるコッコ


「わかってくれて助かるぜえ。騎士サマ」

「それと、これ」


 脱ぎ散らかされた服の中から、革手袋を取り出し、コッコはトニーの足元に投げつけた。

 びたん。とあっけない音をたてて手袋が地面に打ち付けられる


「……なんの真似だ?」

「決闘の申し込み。理由は、ええと……『ボクの女を横取りした』で」

「それでいいのか? 今日会っただけの人魚だろ?」

「関係ない。ボクは、一度寝たら彼女ヅラするタイプだから」

「そうか」

「うん」


 沈黙。


「……いや、決闘受けるなら、手袋を拾って欲しいんだけど……」

「あ? なら最初からそう言えよ……なんか噛み合わないなお前とは」


 トニーは、打ち付けられた革手袋を、片手で拾い上げる。


「ほら。拾ってやったぞ。これでいいんだな?」

「ありがとう。あ、手袋は持って行ってもいいんだけど……」

「いらねえよ。返す。俺様の手には合わねえしな」

「それはどうも」

 

 コッコに、押し付けるようにして革手袋を返却し。

 そしてマータの方へ振り向き、列成す鋭い牙を覗かせ、トニーは凄惨に笑う。


「では人魚。さっさと服を着な。裸のガキを連れまわすようなシュミは俺にはねえからな」

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