第十三話:嵐の王

 マリカの鳴らした鐘に反応して、キョンシーたちが動く。

 それを察知していたコッコはすぐさま祈祷機プレイヤーにMDを挿入。騎士剣を再生させながら椅子を蹴飛ばして立ち上がり、素早くマータの背後をかばう。


 キョンシーたちはそれぞれ手にエーテリウムで形成された刃を携えており、それらをコッコとマータに向けて牽制している。

 コッコもまた、左の剣と右のメイスでキョンシー達を食い止める。

 

 そしてマータは立ち上がる事もできず、ただマリカと対峙させられていた。


「マリカさん。詳しく……話して貰えないかな? ボクは今冷静さを欠こうとしているよ」


 背中の。赤い太陽のホーリーシンボルを向けて話すコッコ。それに対し、マリカは全く動じていない。きっとこれは、想定内の事態だった。


「食事の席で抜剣とは。騎士の所業とは思えませんわ」

「確かに。今の状況は騎士としてふさわしくないよね……だけど先生は言っていた。『騎士たるもの、女の子の危機が最優先だ』と」


 コッコは引かない。

 ほんの少しでもキョンシー達が動けば、即座に全員を斬り伏せるつもりでいる。『出されたご飯は残さず食べる』などと言っている場合では、無かった。 


「……良いでしょう。ではマータさん。よく聞いてください」


 マリカはマータに視線を向ける。

 紫色の、ぞっとするような深い色の瞳だった。


「まず、マータさん。昨日の夜。あなたはある配送依頼を引き受けた。そうですね?」

「はい……」


 マータは頷く。トラブルシューターのネットワークに流れた依頼。しかし最低のDランクであれば、マータのような流民でも請け負うことができる。基本的に報酬は少ないものばかりだが、それでも小遣い稼ぎくらいにはなる。

 そしてマータが受けた依頼は『ある場所からある場所へ荷物を届ける』配送依頼だった。


「何か、変わったことはありませんでしたか?」

「……その時は、ひどい雨で……雷が鳴っていて……」

「それで?」

「ち、違う! 違うよ! マータは何もしてない!」


 マータは首を振る。

 九朧城の屋上でストームルーラーの行方を聞いて。マータ自身も『もしかして』くらいには思っていた。そしてそれは、実際にそうだった。マータもまた、ストームルーラーを隠すための『運び屋』になっていたのだ。

 

「落ち着いてマータちゃん。話を続けて。マータちゃんはボクが護るから」


 コッコがマータに、可能な限り優しく声をかける。コッコ自身にとっては、話の内容そのものはあまり関係がない。ただこの状況からマータを護る。それが最優先だった。

 マータも、そのコッコの言葉を信じて、今一度勇気を出そうとする。

 そして話を続ける。


「その……雷の音にビックリして、転んじゃって……お尻で……下敷きにしちゃって」

「中身が壊れた。と」

「ち、違くて! そうじゃなく、いや、そうだけど、そうじゃなくて!」


 再びマータは首を振る。今度は両手までも使っている。


 あの雨の日の夜の事。

 市街のとあるゴミ箱に入っている封筒を、貧民街の公衆トイレに隠してほしい。

 そんな奇妙な依頼を受けて、マータは都市を走っていた。まだ二月だというのに、ひどいどしゃ降りの雨だった。

 鯱族オルカであるマータにとって、雨の冷たさはそれほど問題ではない。だが雨音の激しさは聴覚を乱されるし、あまり好んで外を歩きたい天気ではなかった。

 

 封筒を見つけるのは簡単だった。指定された場所のゴミ箱ですぐ発見できた。

 だから中身を濡らさないように抱え込んで、すぐさま自身の小型船サンパンの中へ運び込む。

 その時。

 一際強い雷鳴が、マータの聴覚を撃った。

 いいや。厳密に言うとそれは雷鳴ではなく、『二個の手榴弾が爆発した音』だったわけだが……その時のマータには関係がない。とにかく、暗くて視界の悪い中『耳』を凝らしていたマータは、突然の雷鳴に驚き、バランスを崩して転んでしまった。

 

 船に乗り込む途中。海にだけは落ちまいと、封筒を落とすわけにはいかないと、それだけはなんとか回避できた。

 だが小型船サンパンの中はマータの私物やゴミやらが散乱していた。こんなことになるのなら片付けておくべきだったと、マータ自身後悔している。

 

 ばきん。と。破滅の音が確かに聞こえた。

 封筒は、その中身は。倒れたマータのお尻と、船の中に置いてあった工具箱の間で潰され、破壊されてしまったのだ。

 

「でも、でも! 封筒の中身を確認したら……中のMDは無事だったの! 壊れたのは……その封筒の形を整えるために入れてた、アクリルの定規だけで……」


 慌ててマータが封筒の中身を確認すると、中に入っていた透明なアクリル定規は、真っ二つに折れていた。

 だがそれ以外の、緩衝材に包まれていたMDについては無事だった。


「……だから折れちゃった定規の代わりに竹の物差しを入れて、次の場所に送ったの。それだけで! 中身には何もしてない!」


 叫ぶようにして、語りを終えるマータ。

 以上が、俺ことイナバが爆死した夜に起こっていたことの裏側。ストームルーラーの行方。


「……ストームルーラー。ルーラーとは王の意味ですが、古の時代、王は『長さ』を決める役割を持っていたそうです。ですよね? イナバさん」


 マリカは。すぐにマータに答えはしなかった。

 代わりに、二人とは違う場所に座らされていたペットロボット。つまり俺に視線を送ってきた。


「……カァ。オナカスイタペラァ……」

「イナバさん」

「……睨むな睨むな。冗談だって。真面目に答えるよ……」


 このまま行けば最後までオモチャのフリで逃げ切れると思ったが、そんな甘い話はないらしい。

 俺は観念して、マリカの向けた話に補足を加える。 


「キュビットって言う古い長さの単位は、古代の王様の腕の長さが基準だったと言われているな。つまり古の時代、王とは長さを決める者。『定規ルーラー』だったってわけさ」

「……イナバ? 一体何を……?」


 コッコが俺に対し振り向く。

 あるいは、コッコも既になんとなく察していたのだろう。今この状況が、想定する中でも最悪の状況に極めて近いことに。


「有り得ない。クラスⅢの異常存在イレギュラーだぞ。フォースフィールドはどうした。祈祷機プレイヤーすら使えないただの凡俗に破壊できるわけがない」

「いいえ。有り得ない話ではありません。クラスⅢとは単に強力なだけではなく、人智を超えた力です。人の知る理の外にある存在です」

「だからって。自ら『壊れる』なんて矛盾しているじゃないか」

「時にはそれも種の保存には必要な事ですよ。次世代へ繋ぐ遺伝子と模倣子のみを残し、自身は死を迎えて滅ぶ……多くの生命と変わりありません」

「……なんで、あいつなんだ?」

「さあ? それはわかりません。ですが観測上の結果はシンプルです。王を殺した者が、次の王になる……」


 つまり。とマリカは続ける。


「マータさん。あなたは現在、ストームルーラーの異常性に『感染』しています」


 瞬間。

 コッコは剣とメイスを振るって、キョンシーを何体か斬り伏せた。


「マータちゃん!」

 

 霊子外骨格アーキタイプを着装し、マータを抱えてローラーダッシュ。しようとして、Uターンして一度、俺を取りに戻る。

 本当に置いていかれるかもと焦った俺は、ぴょんと椅子から跳ねて、コッコの背中にしがみついた。


「すみませんね。コッコさん。マータさんの保護については、当ホテルで承る事はできかねます」

「交渉決裂だね……」

「いいえ。交渉はここからです」

「嫌だ!」

「ストームルーラーをこちらへ渡してください……って嫌ですか? 予想はしてましたが即答はちょっと悲しいです……」

「ボクは彼女の生命と、自由を護るために来たんだ。キミ達に実験体を与えるために来たんじゃない!」

「ですがストームルーラーを渡すこと自体は、あなたも想定していたのでは?」

「マータちゃんは渡せない。繰り返すけど『女の子の危機が最優先』だ!」


 コッコは床に拍車を噛ませ、加速する。

 出口ではない。すでに要所は武装したキョンシーが固めていて、すり抜ける隙間は見当たらない。

 コッコが向かったのは、そことは逆方向。

 すなわち、都市の夜景がいっぱいに拡がる、展望台の窓ガラス。


「起爆しなさい!」


 そのコッコの動きを察知して、マリカが鐘を鳴らす。

 瞬間。爆発。

 フロアのあちこちに仕込まれていた燃料気化爆薬が、一斉に炸裂したのだ。


 円盤状の展望レストランが、衝撃波と共に一瞬にして赤い爆炎に包まれ、ごうごうと燃えていた。

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