第十二話:マリカの素敵な晩餐会
ホテル・ウィクトーリア。展望台レストラン。
紅港の商業区から海までを一望できる有名な観光スポットだ。四角いビルから円盤状に突き出た展望台の外観も特徴的であり、商業区のビル群の中でも異彩を放つ。さらに、この展望台は一時間かけてゆっくり一回転しているのだ。
紅港において最高クラスのホテルであり、レストラン。
そこに、コッコとマータ。そしてイナバがいた。
コッコは騎士装束であるコートに、白いベストと赤いループタイを組み合わせた正装に。マータは、コッコが用意したドレスの中でも『比較的無難』に見えたセーラーカラーの青いワンピースドレスに。さらに俺ことイナバも、首に蝶ネクタイ代わりに緑のリボンを結んでいた。
「もっと派手なドレスも用意してたのに」
「だって、ココねーの服汚したら悪いし……」
「いや、これエーテリウムで再現しただけのレプリカだから、汚れても破れても平気なんだけど……」
まあいいか。かわいいし。と、コッコはそれ以上意見するのを止めた。
テクスチャを貼り付けているだけで、エーテリウムで再現したドレスは
エーテリウムで服を再現する技術は、一般にもそれなりに普及している。
あらかじめ衣装データをMDに保存しておけば、かさばるトランクを持ち歩く必要はない。それに、ある程度の知識と機材があればその場でデータを変更し『色』や『質感』を変えることもできる。
コッコも。普段の服装の多くをエーテリウムで再現しているようだ。ただし白いコートについてだけは、実際の物質で作られた『
もちろんこの技術は、服以外にも道具や乗り物に使うこともできる。
とはいえ、機械はともかく分子構造が複雑な有機物については、エーテリウムでの再現が困難とされている。要するに、食べ物や生き物をエーテルプリンターで出力することはできないということだ。
だから。料理というものは、この都市においても重要な娯楽になる。
コッコとマータと俺達のために貸し切りになっているレストラン。二人とぬいぐるみが一匹ついてるだけのテーブルに、次々と料理が運ばれてくる。
それは炒飯と呼ばれたし、小籠包とも呼ばれたし、野菜炒めとも呼ばれた。しかしいずれも合成ではなく、あるいは『天然』でさえあるかもしれない一流の食材を、やはり特級の技術で調理した絶品ばかりだ。
コッコの知るような『それ』とは全く違うし、俺が生前に食べていたモノでも断じてない。マータに至っては、名前すら聞いたことのないような料理すらあった。
その見た目の彩りたるや。その匂いの香しさたるや。
これならば味は、一層に期待が高まる。
いただきますを言ってから、早速マータは箸をつけようとする。
しかし、その手が止まった。
「マータちゃん。気になることがあるなら、食べない方がいい」
コッコは、あろうことかこの料理を前にして、腕を組んだまま箸に手をつけない。
いいや。よくよく見れば、頭に申し訳程度に載せてるミニハットすら、まだ外していなかった。
「あら。お気に召していただけませんでしたか? 騎士様」
コッコに声をかける、この場のホスト。テーブルの向こうに座った女性。
マリカ・ウィクトーリア。ホテルの支配人。
金色の髪と紫色の瞳を持ち、拳が隠れるほど袖の長い、ゆったりとした服に身を包んでいる。確か、アレは道士服というものだ。この都市の古い時代に存在した民族衣装と言われていて、現在でも正装としても通用する。
マリカこそ。今回の件について、コッコが直接電話をかけていた相手だ。なんでも、コッコの『先生』が過去に関りがあり、その関係で連絡先を知っていたのだとか。
コッコが今回のストームルーラーの件を相談すると、マリカは即座に協力することを約束し、こうしてレストランも貸し切りにして『情報交換』の場をセッティングしてくれたのだ。
そうだというのに。
今になって、コッコはマリカを観察している。いいや。ほとんど睨みつけるような視線で、一瞬の挙動の変化も見逃すまいと『警戒』しているようだった。
「ごめんねマリカさん。その……この料理。鶏肉を使っているかな? 太陽教の教義だと、騎士は鳥の肉を食べてはいけないことになってるんだ」
実際には、コッコは既に料理を見ていない。ただマリカを見ている。
「あらいけない。そうでしたのね。しかし、その皿とその皿の料理なら鳥の肉は使用していないハズですわ」
「うん。でもスープやソースに鳥ガラを使ってないかな? シェフに確認して貰って良い?」
「なるほど。承知しました」
マリカは袖から小さな鐘を取り出し、これを鳴らして厨房からシェフを呼ぶ。
りん。と澄んだ鐘の音。
その音に呼ばれ、シェフがマリカの席までやってくる。
シェフが。顔に札を貼り付け、両手を前に突き出し、両足を揃えて『跳ねて』登場してきた。
キョンシー。死に生きるモノ。道士によって使役されている死者。
シェフはマリカに何事か耳打ちした後に、登場と同じように跳ねて席を去っていく。
「……残念ですわ。その皿にも鳥ガラのスープを使っているようです。申し訳ございません」
「いいえ。こちらこそごめんなさい。先に言っておくべきだった」
マリカがため息をつき、コッコも謝罪する。
でも。と、コッコは続ける。
「すごいね。この料理も、キョンシーさんが作ってるんだ」
「ええ。その通りです。当ホテルの従業員は、大半がキョンシーです。食事も休息も賃金も必要ない、理想的な労働者ですわ」
実際。席に料理を運んできたウェイターも。レストランの入り口を守っているガードマンも。このホテルの従業員は皆顔に札を貼り付けたキョンシーだった。
「もちろん。キョンシー化は同意の上で行っておりますわ。彼ら彼女らは皆、死後も当ホテルで働きたいと自ら望んだ者達です」
「同意……」
マリカの言葉を聞いて、マータも首をすくめる。
マータも噂には聞いていた。
それが比喩でもなんでもなかったことに、マータは戦慄した。
「頼もしいね。ある程度の
「身体が多少固くなっているので、上手く使えないスキルもありますがね。料理や掃除程度なら簡単なことです。それ以上は、これからの技術の進歩次第ですね」
「戦闘用に使うとしても、そこいらのチンピラよりは強そうだ」
入り口を固めるキョンシーを見て、コッコは頷く。
キョンシーたちに、特に目立った武装は見当たらない。だが彼らは死体だ。それゆえにもう痛みを感じることもなく、筋力のリミッターも外れている。
「ええ。ここのセキュリティーは完璧。周辺のビルも関連の警備会社の者で固めておりますので、狙撃の心配もありません。ご安心を」
「それじゃあ……そろそろお仕事のお話をしようか」
そろそろも何も、コッコは料理に手をつけていない。水の一口すら飲んでいない。
それでいて組んでいた腕をほどいて、左手をテーブルの上に、右手を自身の膝の上に置いた。椅子の背もたれから背を離して、ほんの少し体重を前に傾ける。
まるで。すぐに立ち上がれるように備えるかのような構え。
流石にマータも、ここまでくればコッコの様子にも気付く。彼女自身も背筋を伸ばし、マリカとコッコを交互に観察している。
「マリカさん。ストームルーラーがどこにあるか、知ってるね? 教えてくれないかな?」
単刀直入。
一切の探りも牽制もなく、コッコはど真ん中に斬り込んできた。
「もちろん。お教えいたしましょう。ストームルーラーは……」
それに対し、マリカもど真ん中から受け止め、応戦する。
手にした鐘で、マータを指し示す。
「マータ・カルカーサ。あなたです。あなたこそが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます