第九話:握ってるのは左手だ。利き手じゃないんだぜ?

 そして。数分後。

 コッコは二人のシャコ男をダクトテープでグルグル巻きにして縛り付け、さらにドーザーブレードの爪を使って、二人を屋上の端に吊るした。

 もちろん。九朧城は海上に建っているので、下は海だ。


「これからキミたちにいくつか質問するよ。正直に答えて欲しい」


 脚を組んだ姿勢で座り、さらには腕を組み、コッコが尋問インタビューを始める。

 

「待てコッコ。一人落とせ。二人は多い」

「そっか」


 コッコは右のドーザーブレードに吊るしていたシャコ男を、あっさり手放した。

 シャコ男は悲鳴を上げながら、海に向かって落下する。

 何秒か後に、着水音がわずかに聞こえた。気がした。


「あ、兄貴ぃー!」

「今のは、死んじゃうんじゃ……」


 叫ぶもう片方のシャコ男と、不安げに下を覗き込むマータ。


「死なないだろ。異能者イレギュラーだからフォースフィールドもあるし……多分」

「じゃ、改めて聞くよ。落とされたくなかったら正直に答えてね?」


 感情を挟まない、平坦な声。人を一人落としたことに何のためらいもない。冷徹とすら言えるコッコ。

 おそらくは、そういう演技。

 敵を『尋問』する際のコツ。『こいつはやると言ったらやる』と確信させること。

 シャコ男が、喉をごくりとならして唾を飲み込むのが見えた。


「じゃあまずは名前と年齢を教えてくれるかな?」

「お、俺はポート。ポート・チャンだ。兄貴の方はスターボード・チャン……」

「聞かれたコトだけ答えて」

「……ッ! 年齢は、二十六……ッス」


 コッコの『スゴ味』に圧されて、言葉使いまで直そうとするシャコ男(弟)。 


「次。所属と階級。そして作戦目的を教えてもらおうかな?」

「お、俺達は交渉係ッス! ストームルーラーを知っている奴を、捕縛するために待ち伏せていたッス!」

「誰の指示? 他に仲間はいる?」

「指示はトニー局長から……仲間はオレと兄貴とエイ野郎。ここはその三人だけで担当してたッス!」


 俺自身が言った通り、このねぐらは港湾労働者組合の奴らには知られている。既に部屋にあったPCや記録媒体は持ち去られていたが、それでも『イナバの部屋を訪ねてくる誰か』を狙って待ち伏せていたのだろう。

 ましてその『訪問者』が『ストームルーラー』の単語を知っていたとなれば、即座に捕縛対象となったというわけだ。


「……だが、俺達はストームルーラーが何かまでは知らないッス! 俺達はイナバの野郎が奪ったモノを取り返そうとしてるだけなんス! それ以上のことはないッス!」

「ボクだってそうだよ。ストームルーラーが何かは聞かされていない。知らない。ただ、その単語を教えてもらっただけ……」


 コッコが、俺に目を向ける。

 まあ、そろそろ、そういう流れにはなるだろう。

 ストームルーラー。俺が組合から盗んだもの。組合がいかに『ヤバい』組織だったとしても、このような破壊活動を平気で行うようなモノは尋常ではない。


「……ふん。ならもったいぶらずに教えてやる。ストームルーラーというのはクラスⅢの異常存在イレギュラーだ」


 異常存在イレギュラー。つまり人類の技術では説明不可能な『異常性』を秘めた何らかの存在。

 異常性を持つのが異能者イレギュラーばかりとは限らない。特に都市の地下などの『古い』場所では、物品としての異常存在イレギュラーがよく見つかる。


 それらは異常性の『強さ』によって大まかにクラス分けされている。

 ミーム性を持ち、通常のMDやその他刺青などの記録方法で継承可能な技能スキル、及びそれらを使用可能な霊力フォースを持つ人間はクラスⅠ。

 より複雑で高度な、MDでは再現不可能な異常性を持つ物品、もしくはそんな異能アーツを持つ人間はクラスⅡに分類されている。


 もちろん。これには例外やグレーゾーンも多く存在する。マータのように、刺青などは使えるが、祈祷機プレイヤーは使えないといった人間も存在する。かと思えば逆に、これまではミーム性を持たずコピーができないとされた異能アーツが、技術の進歩で技能スキルとしてMDに記録できるようになったりする。


 だが、クラスⅢは違う。それらとは文字通り次元が異なる。

 クラスⅠも普及はしていても異常性ではある。クラスⅡも唯一無二のコピー不能ではあるが、人間の意志でコントロール可能ではある。だがクラスⅢは、そういったコントロールが困難か、全く制御不能な危険な存在なのだ。


「本来なら触れるだけでもヤバいモノだ。制御不能ってことは『どうしたら起動して、どうしたら止まるのか?』ってことすらわからないってことだからな」

「そんなものを、どうしてイナバは盗んじゃったのさ?」

「ヤバいからだよ。俺は、ストームルーラーを誰にも渡さないようにしたんだ」


 事のあらましはこうだ。

 まず。企業連合体リヴァイアサンがストームルーラーを発見する。その情報を、港湾労働者組合も察知する。

 組合はストームルーラーの移送と保管を行っていたホテル・ウィクトーリアの襲撃を計画。ストームルーラーを奪おうとする。


 だが、それを知った俺は単独で先に動いた。組合の襲撃計画にさらに先回りして、ホテル・ウィクトーリアからストームルーラーを奪取することに成功した。

 そのまま、俺はエーテルネットワークを通じて複数の『配送依頼』を出した。トラブルシューターのネットに流れたそれらの依頼は、都市のどこかに隠したストームルーラーを、別の隠し場所に移動させるという依頼だった。


 隠し場所から隠し場所へ。人々の手を介して、ストームルーラーは少しずつ都市を移動していく。そして最終的には、コッコの『先生』である騎士レイヴンが、都市のどこかの隠し場所でストームルーラーを回収する計画だった。


「が……レイヴン曰く『ストームルーラー』は届いていない……と」

「うん。先生が言うには、そういう話だった」


 計画。だった。

 どうやらそれは、どこかの時点で何かトラブルが起きていたようだ。


「……お、おいおいおい! それじゃあ何だ!? イナバでもストームルーラーがどこに行ったかわからないってことか!?」


 シャコ男(弟)が取り乱す。正直言うと、うろたえているのは俺も同じなのだが。


「……まあ、残念ながらそうだ。俺には何もわからん」

「マジかよ……本物には発信機つけるとか、そういうのは無いッスか?」

「言ったろ。クラスⅢだって。発信機つけるとか、そういうコトをする時点で危ないんだよ。まあ、配送の途中で盗まれるって可能性も、考えてなかったわけじゃあないんだが……」

「クソ……何もかも振り出しスか……」


 シャコ男はすっかり意気消沈して、うなだれる。

 まあそりゃそうだろう。命がけで戦って、結局膝をメイスで折られて、こうして吊るされて、それでその戦いに意味が無かったとわかれば当然のことだ。


「まあ、心中痛み入ることだがそういうことなんで……後はあんたらのボスによろしくな」

「そうだね。聞きたいことは聞いたし。もう帰っていいよ」

「ま、待て! もう戦う意志はないんだから俺は普通に下ろして……」


 ドーザーブレードからシャコ男を振り払うコッコ。

 哀れシャコ男は悲鳴を上げながら、放物線を描いて海に落ちていった。


「……場所がわからないっていうのは、本当?」


 シャコ男の着水を確認した上で、コッコが俺に尋ねる。


「実は……と言いたいところだが、本当なんだ。残念なことにな」

「そうなんだ……それは……困ったね」


 ドーザーブレードを胸の前で重ねて、自前の腕と合わせてダブルで腕を組むコッコ。

 実際。どうしようもない。『配送依頼』はダミーの依頼も含めて流していたため、どこでトラブルが起こったかを調べるにも時間がかかるのだ。

 欺瞞性を重視して、手の込んだことをし過ぎてしまったのが敗因か。


「とりあえず発想を変えよう。今優先すべきことを考えて、一つずつ解決していこうじゃないか」


 そして、立ち上がるコッコ。

 おもむろに携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかける。


「……ええ。はい。そうです。そう。急なお願いで恐縮なんですが……」

 

 どうでもいいが、コッコは電話をする時に声のトーンを上げるタイプのようだ。元々小隊指揮官向きの通りの良い声をしているが、電話ととなるとさらにハキハキした印象を与える。


「……はい。二人と、ぬいぐるみが一匹です。よろしくお願いします……あ、それとそれと……アド街見ました! はい。ありがとうございます!」


 ほどなくして電話を終えて、コッコは携帯電話を閉じる。


「というわけでマータちゃん。一緒に、ホテルいこうよ」

「……はい?」


 いきなりコッコに笑顔を向けられて、マータはキョトンとした様子で首を傾げた。

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