第八話:ブリキ木こりはゼンマイ羊の夢を見るか?

 マータは元々、紅港の沖の『岩礁』の生まれだったそうだ。

 『岩礁』とは通称であり、実際は機械文明が海上に遺したとされる資源基地だ。しかし現在では、そもそも何の資源を掘っていたのさえわからなくなっている。ただ遺構を掘り進め、そこで見つかる機械や異常存在イレギュラーを企業に売却することが、現在の『岩礁』に残された役割だ。


 その『岩礁』を警備しているのが鯱族オルカだった。

 鯱族オルカは水棲種族ではあるものの、海精人ネプチューンではなく月精人アルテミスであり、むしろ魚族サハギンとは敵対している立場だ。


 これが企業体連合リヴァイアサンにとって都合が良かったのか、鯱族オルカは水上警察として紅港の治安維持にも関わっている。鯱族オルカとしても、紅港の安全は『岩礁』の安全に関わることであり、双方に利益のある関係だったのだ。


 マータも。当初はその水上警察になるために都市にやってきた。

 しかし。適性検査は不合格だった。

 鯱族オルカであってもマータの体格は小さく、また霊子外骨格アーキタイプを稼働させる霊力フォースも無いと判定されたのだ。


 体格については、マータも自覚していた。『岩礁』の中では年下にも身長を抜かれてしまうし、汎人類ヒュームの女子と比べてすら小柄な方だったから。

 霊力フォースについては知らなかった。自分が、どんな祈祷機プレイヤーでどんなMDをかけようとも、霊子外骨格アーキタイプが再生されることはなかった。

 

 一応、遺伝や刺青による技能スキルの使用はできたが、それっきりだ。

 とても実戦に耐えうるものではないし、水上警察の業務も不可能とされたのだ。


 マータ自身。努力しなかったわけではない。

 霊力フォースを高めようとオチミズを飲んだり、薬草を食べてみたり、霊子外骨格アーキタイプ無しにも戦えるようナイフ術を訓練したりして、何とか乗り越えようとした。


 結論から言うと、何をしてもマータが霊力フォースを得ることはなかった。

 しかしそれでも、マータが『岩礁』に帰ることはなかった。

 岩礁に戻っても、閉じられた暮らしが待っているだけだったから。


 水上警察になれないなら、カネをためて、メトロパスを買って、都市を出る。そのために、貧民街にもなんとかしがみついてやってきた。

 結局それでも、うまく貯金ができていたわけではないけれど。


「なるほどね。道理で体幹が強いわけだ」


 コッコの評価。どんな相手でも、立ち振る舞いからおおよその『危険度』を判断する騎士としての感覚。

 船で暮らしていることを鑑みても、マータの歩き方や立ち方、そして重心は非常に安定していたのだそうだ。


霊子外骨格アーキタイプ無しでそこまで動けるんなら大したモンだ。隠れた才能だぞ」


 一人の元型師アーキテクトとしての俺の所感。あの動きをそのまま火器管制システムFCSに組み込んだとしても、十分商品になる。


「そんな……相手が油断してくれてただけだし……」


 そして。マータに昏倒させられた後、コッコが持ってきたダクトテープによってグルグル巻きに拘束され、床に転がされているエイ男。


 敵に油断があったというのも事実だ。

 実際異能者イレギュラーならざるマータは、通常ならフォースフィールドに阻まれて攻撃すらできない立場だ。今回の事例では、コッコがマータを抱えながら移動していた。その最中で、コッコのフィールドがエイ男のフィールドと干渉し、互いを中和していたからこそ、マータが攻撃可能な機会が生まれたのだ。


 異能者イレギュラー同士の戦いでは、いかにフォースフィールドを攻略するかが鍵になる。フォースフィールド同士をぶつけて中和して白兵戦に持ち込むのは、最もポピュラーな選択肢の一つだ。


「いいや。本当にマータちゃんがいてくれて助かったよ。ボクとしたことが、二人単位ツ―マンセルの基本を忘れていた……」


 コッコもそこを反省していた。マータを『護衛対象』として認識していたが故に、逆に窮地に陥ってしまった。それが敵をも欺いたと言えるが、もっとうまい方法はいくらでもあったハズだ。


「ではマータちゃん。ここからは時差で行こう。ボクが先行する。マータちゃんはまっすぐついてきて」

「え? でも道はどうするの? 敵の方向はわかっても、この階層は入り組んでいて……」

「問題ない。『まっすぐ』行くだけだから」


 そしてコッコは、ドーザーブレードを振り上げる。

 OZ-02 WOODSMAN。背部から伸びる左右一対のアームに、巨大な『孫の手』のような形のドーザーブレードが装備された、重装歩兵型の霊子外骨格アーキタイプ

 元々は森林伐採に使われている作業用霊子外骨格アーキタイプだったのを、そのパワーと堅牢さをそのままに戦闘用に改造したモノだ。

 OZシリーズの二号機でもある。


 コッコは、文字通りに『まっすぐ』進んだ。

 マータが示した『方向』を基に、ドーザーブレードを振るって壁や床を叩き割りながら強引に突き進んだのだ。

 無茶苦茶なやり方だが、確かにこうする方が話が早い。


「壁を壊している間に方向を見失ったりするなよ?」

「大丈夫。方向感覚には自信があるよ」


 コッコの背にしがみつく俺。その俺に応えるコッコ。


「地震攻撃が来ない。こんなに音を出して派手に動いているのに」

「おそらくだが、あのエイ男がスポッターなんだろう。地震攻撃をしていた奴は、俺達を観測する能力がない。代わりに、水たまりに潜航できるあいつが眼となり、位置を伝えていた。その眼を潰したのなら、こちらの好機だ」

「なるほど」

「まあ……向こうがこちらを見失ってるなら、そのまま逃げちまうのもアリとは思うがね」

「それはないね」


 俺の提案を却下し、天井を突き破るコッコ。

 九朧城の、屋上に出た。

 相変わらずの鉛色の雲が覆う空と、所狭しとアンテナが立ち並ぶ金属の林。管理局の許可なく違法に接続するために設置された、エーテルネットワーク用アンテナの群れだ。 


「先生が言っていた……『騎士たるもの、やられたらやり返せストライクバック』と!」


 そしてアンテナの林の向こう、給水塔の上に、いた。

 作業服にネクタイを締めた、おそらくは港湾労働者組合の組合員。

 体表を鈍色の甲殻で覆っている。ということは海精人ネプチューン甲殻族クラブだろうか。


「もう来たのか!?」

「わっさー! 地震の人! そして説得させてもらうよ!」


 アンテナをドーザーブレードで薙ぎ払いながら、三節槍を振り回して突進するコッコ。

 組合員の男の霊子外骨格アーキタイプは、左腕にカマキリの鎌のような形のハサミを備えていた。だが足回りを支援する機構はないらしく、機動力は低い。どこまでもまっすぐ走ってくるコッコのスピードには敵わず、あっけなく屋上の端に追い込まれてしまう。


「く、クソ……やられてたまるか! ショックウェーブシャコパンチ!」

 

 苦し紛れに、左のハサミでパンチを放つ。

 しかしコッコはこれを、ドーザーブレードで冷静にガード。さらに下段からすくい上げるように三節槍のメイス部分を振るい、男の膝を撃ち砕いた。


「が、あああ! 脚があ! 軸足があ!」


 組合の男は当然ながら悶絶し、その場に転倒する。


「……おいおい。容赦ないな」

「加減はしたよ。これくらいなら回復薬オチミズをぶっかければ治る」

「まあな……先に手を出したのは向こうなわけだしな……」


 残心し、構えを直すコッコ。

 元より生け捕りにはするつもりだったし、エイ男のように昏倒させてしまうと面倒が多い。戦意を喪失する程度に怪我してもらう方が回復薬オチミズも絡めて『説得』もしやすいだろう。

 だが、それよりも。


「違う! ココねー! その人だけじゃない! 二人目がいる!」


 コッコが空けてきた穴から這い出つつ、マータが叫ぶ。

 瞬間。コッコの足元が爆発した。

 激しい振動攻撃。しかも至近から。

 

「気付くのが遅すぎる! 死ねい!」


 さらに飛び出してきたのは、もう一人のカニ男。

 いいや、実際こいつはカニでもエビでもない。海底世界において最強最速のパンチを誇る甲殻類、シャコだ。

 そのシャコの一族が持つ遺伝技能スキルこそ、振動波だ。


「そうか、共振! 遠距離から二つの波動を重ね合わせ、特定の場所でのみ出力を増大させ、狙った部屋のみを破壊していたってわけか!」


 指向性の高い振動波をコンクリートに伝わらせ、共振を起こして破壊する。ただし、それだけではごく近距離のモノしか破壊することができない。

 だが二つの発生源があれば。波長を合わせた振動波が特定の場所で重なり合うよう、タイミングや角度を調整できれば。その部分だけを振動波で破壊することができる。


 要するに、振動波を利用したワンツーパンチだ。

 左で牽制し、右で仕留める。

 その右が、今やコッコに猛烈なラッシュをかけて接近してくる。


「遅い遅い遅い! 遅いんだよォ! そのでっけえ盾も、ややっこしい槍も、『拳』の間合いでは反撃もできないぜえ! これぞ! ショックウェーブシャコラッシュだ!」


 LB-07Bx FIGHTCRAB。

 『拳闘士型』という珍しい霊子外骨格アーキタイプだが、ボクシングのスタイルを応用した猛烈なラッシュは実際侮れない。


 確かに。ドーザーブレードも三節槍も、反撃するには一手遅い。防戦一方のまま、今度はコッコの方が屋上の端へ向かって追い込まれてしまう。


「……まあ、だったら使わないんだけど」


 ごがん。と。

 シャコ男の顔面に、コッコが中空に設置した黄昏のレンガ道イエローブリックロードがヒットする。

 敵が。まっすぐ自分に向かって突っ込んでくるなら。その進路上にレンガを配置してやればいい。


「しかも角で当てたよこいつ。容赦ねえな……」


 甲殻に覆われた顔面を潰され、鼻血を吹きながら倒れるシャコ男。

 そして俺は、再びドン引きした。

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