第六話:振動と水
全てがひっくり返った部屋。
ゴミだかガラクタだかあるいはそれ以外のひょっとしたら貴重なモノに押しつぶされて、暗闇に閉ざされたコッコは天地の感覚も失っていた。
「ちょっと!? いきなり爆破するなんてひどいよ!? ボク立ち上がってないのに!」
「俺が仕掛けたトラップじゃねえ! ストームルーラーって聞いた時点で地雷のスイッチは切っておいた! これは外部からの攻撃だ!」
「それを信じろと!?」
「俺の見解ではそうだってだけだ!」
「わかってる! ちょっと意地悪言った! ごめんね!」
コッコの抗議。俺の仮説。そして二人の安否確認。
コッコは手元に
コッコはうつぶせになった状態で、背中には倒れた本棚がのしかかっていた。だが本棚についてはそれほど問題ではない。フォースフィールドがある限り、半端な重さで潰される心配はないだろうから。
問題は。部屋は内部だけでなく壁すら崩壊しかかっていたこと。
それに気付いたコッコが、
「マータちゃんは大丈夫?」
「大丈夫だよ。ココねー!」
廊下の方向から、マータは答える。マータの方は咄嗟に居室から離れ、トイレに逃げ込んでいた。どうやらそちらの方は、この部屋ほどひどいダメージを受けているわけではないらしい。
「でも……外部からの攻撃って? 地震みたいな振動のように感じたけど」
「この辺りじゃ地震なんて滅多に起きねえよ。それに、被害は『この部屋』だけだ。建物全体が揺れたわけじゃない。こんな『
もしこれが建物全体に及ぶ影響であり、この下の階も同様ダメージを受けているとしたら、もうその時点でこんなスラムは倒壊しているハズだ。
この現象は明らかに、俺のいる部屋を、今この時を狙って、何者かの明確な意志でもって引き起こされている。
「その説の通りにこの部屋を狙ったとして、目的は? ボク達を潰そうとした?」
「いいや。そうとも思えない。確実にやるつもりなら第二波。第三波と追撃が来るハズだ。それがないってことは……むしろこちらの対応を観察している可能性が高い」
「それじゃあ……下手に逃げようとしても、向こうはそれを見越して罠を張ってるってこと?」
なるほど。騎士だ。
この状況下でも冷静な状況把握に務め、情報を分析し、対応を検討している。
特にアナトリアの騎士は対
「だったら、このまま死んだふりしてやり過ごす……とかはどう?」
それは確かに、一定の効果が望める戦術ではありそうだった。
こういったやり口からして、おそらく敵の能力には『正確性』というものがない。『確実に殺すことはできないが、とりあえず広い範囲にダメージを与える』程度の、迫撃砲のような攻撃だろう。
暗殺には向いていないし、それを目的としていない。
で、あれば。こちらの動きが無ければ当然敵は生死確認に来るはずだ。
その隙をついて反撃できれば。
「いや……そんな甘い話ではなさそうだ」
そこまで考えて、俺は既に状況が動いてしまっていることに気が付いた。
ぴちゃり、とコッコの額に水滴が落ちる。
コッコが見上げると、天井のひび割れから水滴が垂れていた。
それは、じわりじわりとシミを広げていき、ある瞬間、一気に噴出した。
スプリンクラーのような水流が部屋中にまき散らされ、あらゆる本やあらゆる電子機器に降りかかる。辺りは、あっという間に水びだしになった。
野郎。水道管を壊しやがった。
誰が直すと思ってるんだ。せっかく上層階だけでも水道を使えるようにしてたのに。
「ひょっとして、水攻め?」
「馬鹿な。ここは十三階だぞ? ひび割れも多い安普請で気密も低い。水没するより先に崩れ去ってしまうだろうよ」
「ならこれは……」
瞬間。コッコの髪が何者かによって掴まれる。
その手は、水たまりの中から伸びていた。曖昧な水面に映るコッコが手を伸ばして、こちらのコッコのツインテールを掴んでいた。
違う。コッコの手ではない。黒くぬらりとした、
しかし彼女はそのまま引き倒され、指の爪ほどの深さもない水たまりに顔を押し付けられる。
「何だこの手は!?」
俺は助けに向かおうとするが、倒れた本棚が邪魔で近づけない。いいや、もし近づけたとしても、手すらないぬいぐるみの姿ではどうしようも無かっただろうが。
それより先に、コッコが動いた。
顔を水たまりに押し付けられたまま、MDを取り出し、
MDに吹き込まれた物質が再生される。周囲の霊子をエーテリウム化し、光の線が走って重なって平行して、光の面を形成する。さらに霊子が光の面で変化して、金属質のテクスチャーを貼り付ける。
それは、エーテリウムで再現された刃だった。
コッコはそれをひっつかみ、自身を掴む腕を斬りつけた。
しかし手は。斬られる前にコッコから手を離し、つるりと水たまりの中に逃げ込む。
「ぶは……! 危ない油断してた!」
水たまりから顔を上げて、コッコは再び空気にありつく。
騎士剣『ニルヴァーナ』。彼女のMDから再生されたのは、ショートソードとメイスを節で繋いだ、三節混のような武器だった。
純粋な戦闘用というよりは、古代の祭器のような趣。
彼女が握り、敵を斬りつけたのはそのショートソード部分だ。節で分割できる構造が、このような状況では役に立った。
「その騎士剣は……」
「知ってるの? 先生から貰ったんだけど。イナバもこれを知っているってことは……やっぱり先生は昔これを使って大活躍してたんだね!」
どこか誇らしげな様子で、コッコは剣を光らせる。
実際。コッコは誇らしいのだろう。レイヴンという騎士を先生と呼び、純粋に慕っている。
だから俺も、正直に真実を答えた。
「いや……珍品だからって質屋に入れようとしていた」
「先生ェ……」
正直な話。どうしてコッコがそんなにあのレイヴンに憧れているのかわからない。
強さはともかく、あの騎士は人格に深刻な問題を多く抱えている。あんな奴とまっとうに付き合うこと自体が冒険的なことだ。
とはいえ。今の状況。一度は切り抜けたものの、危機的状況であることは変わりない。
「さっきの水たまりの攻撃。なんだと思う?」
「とりあえず水を媒体にした攻撃だって事は間違いない。となると、ここに留まり続けるのはマズい」
先ほどは追い払うくらいはできたが、それっきりだ。向こうにダメージを与えられているわけではない。ここに留まっていればいるほど、こちらの方が不利になってしまうだろう。
「けど水の能力は、地震とは違う能力だよね? 迂闊に出たら……」
「さらなる罠が待ち受けていることだろうな。向こうの思うつぼだ」
どうするか。
おそらく、時間はそれほど残されていない。
「このままではマータも危険だ。護り続けられるかもわからんだろ」
「ううん……せめて地震の能力を使う相手の場所が分かれば……」
一番良いのは、この九朧城から脱出してしまうことだ。状況はすでに手遅れだ。ならば、ある程度の被害は覚悟した上で、強行突破するのが合理的だ。
だが内部通路が複雑に入り組んだこの九朧城で、どこから来るかもわからない攻撃を避けながら脱出するのは不可能に近い。敵もそれを許すほど間抜けではないはずだ。
コッコと俺は頭を捻るが、うまい考えは浮かばない。
だが。
「マータ。わかるよ」
ここで、トイレから顔を出し、廊下に出たマータが発言する。
「地震が起こる時に、そのちょっと前に。少しだけ音がしていた。距離はわからないけど、方向ならわかるよ」
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