第14話 狂乱炎舞
髪を指でかき上げる仕草が頭に残る。隠れた片目は見えないが、もう一つと同じ綺麗で澄んだ瞳なのだろう。見開かれてこちらを射貫く力強い眼差しは、光の尾を引いて揺らついた。
ブンッと幅が大きくなったかと思えば、気づけば揺れる光は目の前に。それをかき消す鋭い拳が火を噴いた。それはもちろん誇張表現だが、鞘にかすったのは火花を起こすほどの打撃。キンッと、まるで金属が擦り合わさったような音が鳴る。
決闘開始直後の連撃も重く鋭いものだった。しかしそんな事、十年前のガキの頃に小石に躓いた程度にしか覚えがない。
一発一発が大砲の如き破壊力を。音速に迫るほどに風を纏う速さを伴っていた。連射、というよりも確実な一撃が連続して放たれている。
ドンッ ドンッ ドンッ
ショットガンが弾けるような音。紙一重に躱すも拳の風圧が皮膚に傷をつける。ジリジリと、壁に追い詰められていった。
「はあっっ!!」
牙で肉を貫くような、左肩を襲う拳を避けようとするが想像より早い。赤く光ったと思えば加速する、ベルフィーナの身体が一瞬ぶれた。
手元で変則的にのびた一撃をかろうじて防御する。鞘に重い衝撃を受け、足が地面から離れて浮いた。
当然その好機を見逃す愚か者はこの場にいない。中段に駆るような蹴りはわざと鞘目掛けて放たれた。
「ぐっ…お!」
半回転して地面を掴む。砂を巻き上げながら、屈んだままの姿勢で飛ばされ地を滑る。目を閉じて、間合いを測る。追撃は無い。彼女は赤いオーラに包まれた中、にやりと笑った。
「抜くしかないでしょう?」
彼女が目を向けたのは刀の柄、堅く結んだ下緒が切れている。先ほどの衝撃が掠めたのだろう、鞘で打ち込むのは不可能だ。僅かに地に向かって降りた鞘から美しい刀身が覗く。早く出せと言わんばかりに輝いた彼女は禍々しく、殺気を放とうとさらに身体を出し始める。
柄に手をかけ鍔を指で抑える。
別に、彼女を馬鹿にして見下したとか、自分の力を過信して調子に乗っていたとか、そんなつまらない理由で彼女を抜かなかったわけじゃあない。
加減するのは当然だった。抜刀すればもはや決闘にならない、一方的な殺しになることが予知できたから。しかし今の彼女はどうだ、抜かないという意思を打ち破り、避けることを許さないほどの攻撃を繰り出してきた。
「すぅぅぅ…はぁぁぁぁ…」
呼吸を整える、深く深く。
(今!!)
一息の油断を見て踏み込んだ、瞬間。つま先から髪の毛一本一本を凍てつかせてしまうほどの死の気配。ヒュッと息が詰まってしまうほどに吸い込んで飛び退いた。死の間合いから飛び退いたというのに寒気が止まらない。汗も出ない、あとほんの僅かでも踏み込んでいたら胴体に別れを告げるところだった。
(彼は今、笑ったんだ。恐ろしいほどに深く、満面に!)
ゆっくりと開かれた目は黒く、強力な覇気を灯していた。
「ロドムにも見せなかった本気、あんたなら見せられそうだな。」
そしてその覇気を塗り潰すように辺りを覆うのはとてつもなく大きな殺気、それは龍馬の腰で出番を待っていた刀からだった。
広がる死の境界に足が竦む、しかしこれ以上下がれない。それは誇りが穢れる、臆病者のすることだ。
「リョウマ、だったね……」
名前を呼んで息を飲む。まさかこんな恐ろしいものが隠されているとは思わなかった。
「はぁぁあああ!!」
恐怖をうち退けるために大声で叫ぶ。身体強化の魔法を二重、三重に重ね掛けた。空気を蹴った、衝撃波が轟音を上げる。
まるで弾丸が吠えたかのような直線の飛び蹴り、空気を裂く時に鳴った撃鉄が耳を劈く。
「
感知不可能、予測さえ超える神速の抜刀。しかし刃が振るわれることは無く、一点集中の柄による突きが足をすり抜け腹部に減り込む。腹部の装甲も腹筋も、無視した一撃は内臓を押しつぶす。
顔を上げた時にはもう、ベルフィーナは石壁を崩していた。かろうじて意識が残っていたのが奇跡だった。突撃前にかけた、強心作用を引き起こす補助魔法が効いたのだろう。
「は、く…ぁ…」
呼吸を再開することに全力を注ぐ。声は出ない。
タッタッタッ
わざと、音を鳴らしながら地を踏む死神。
「あんたの退屈は今日で終わりだ。」
首に添えられた冷たい狂気。彼女の美しい顔は苦悶に歪む。
「狂、化魔、法…」
命尽きるまで。唱えたのは肉体の限界を最大限に引き出し、無意識下の強大な力を発揮させる魔法。制御が難しく、四騎士の中でも使えるのは彼女とオーゼオのみ。そして完全に抑え込めるのはオーゼオだけだった。
身体強化のオーラが消えた。いや体の中に集約していったというのが正しいか。赤い光を飲み込んだベルフィーナが立ち上がる。
「まったく…やりすぎだ。」
誰かがそう呟いた。
五連の前突きを反りで受け流す。喰らえばひとたまりないだろう、殺意が唸る一撃一撃が大気にぶつかって破裂する。
左の鼓膜が破れた、耳から滴り落ちる血がむず痒い。しかし気にしている暇は無かった。危険を伝える鐘の音が、ガンガンと頭の中に響いて止まない。
誰がロドムと同等だと?とんだ大ぼら吹きがいたものだ。そう言ったのはアルフレッドだったか?駆け巡る無駄な考えを一旦停止させ、彼女に向き直る。
荒く息を吐いた彼女を形容するにいい言葉は…そう【狂戦士】だ。理性を越えた、狂い吠える騎士が白目で睨んだ。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
高く吠えた彼女が迫り、半着の袖を掴んだ。引き寄せられた身体に膝蹴りが直撃した。そして続く怒涛の突き上げが身体に刺さり、宙にフワリと浮き上がる。
「く、らぁあ!!」
振るった一閃は胸当てを切り裂く。浅い斬撃は皮膚まで届かない。しかし間合いを取ることが出来た、ベルフィーナは四足歩行の肉食獣のように血を掴み威嚇する。ゴウゴウ燃え滾る闘志は熱気となって彼女を包む。
音も無く流れるように静かな納刀。居合腰に落とし、柄に手を。
獣が間合いに飛び込むのをジッと待つ。
短い咆哮を上げて空を蹴ったベルフィーナ。刹那、二人の距離は消え去った。
鞘を滑り走り出した【灰屍】と、狙撃中のように回転しけたたましい撃鉄をあげた彼女の突撃がぶつかり合う。
雷鳴のような大きな音が空へと走った。
「やめだ、やめぇ!殺す気か!」
二つの強力な攻撃が、合わさることは無かった。ぶつかる直前、間に降り立った影が二つの破壊を消してしまったのだ。未だ耳鳴りの残る中、ベルフィーナの腹を打ち気絶させた男は龍馬に正対する。
「…うちの若いのが失礼なことしたなぁ、しかし…さっきのは確実に死んでたぜ、こいつ。」
やれやれ、と肩を竦めた彼は抱えたベルフィーナを顎で指す。
顔には深い皺、色の抜けた髪を後ろに流した男の身体は、重厚な雰囲気を醸し出していた。隆々たる筋肉に太い血管が脈を打っている。
決闘に終わりを告げるため降り立った、老いてなお最強の二文字を身に宿す騎士は分厚い大剣を背負っている。
「名乗る必要は…ねえようだな?」
挑戦的に笑う、彼の名はオーゼオ・ヴィルウィーナ・レンバース。この国の誰もが知っている。そして、国民の全てが畏怖を持ってこう呼ぶのだ。
【
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