第13話 退屈なのは私だけ

 ベルフィーナ・レギオレンは俗に言う「天才」と呼ばれる人種である。


 ミルバーナ王国に生まれたベルフィーナは、聡明で思慮深い子供であった。貴族の下に生まれた彼女は英才教育の下、着実に元々恵まれた能力を伸ばしていく。

 齢十三にして入隊試験を突破し、戦場にて数々の武功を上げた少女は、僅か三年で国王直属部隊へと配属が決まった。彼女は大人の男達に混じりながら、女・子供というハンデの下それを跳ねのけるような力を見せつける。

 武器を手にすることは無く、死体の上をひた走る少女。死線にて舞い踊る彼女をいつしか人は【舞姫】と称した。

 ベルフィーナは齢十八にして四騎士の地位に就いた。それは最年少の記録、そして史上二人目の女性での四騎士となった。若くして王国騎士団の最高位に到達した彼女は嫉妬され、憎まれることが多数あったが、それら全てを実力にてねじ伏せて来た。今では自他ともに認められる天才へとなり上がったのだった。


 「そう。私は天才。」

 自分で言うのも何度目か。認めなければ過剰な謙遜と受け取られてしまうほどの高い戦闘力。

 訓練場、砂の上で彼女は言葉を吐く。脱力した身体を伸ばした。大きな欠伸を噛み殺すことなく、自然に息を吸って吐くかの如く三回。


 【舞姫】はいつも退屈に生きていた。自分より強い者がいないという毎日。ああ、あの老騎士は別だ。あれはもはや人間では無い。百を越してなお現役で、若い子供(アルフレッド)までいるあの老人は一つ二つ格が違っている。人間の中で言うところに、彼女と対等なものはいなかった。


 【銀騎士ロドム】だってそうだ。今は死に、最後は【錆騎士ロドム】だっただろうか。あの男が自分と同等、それ以上だと言われていることに静かな怒りを感じていた。

 今となっては確かめることは出来ないが、それはあり得ない。何故なら彼女は、天才だから。


 「広いなあ…」

 歩いてくる男も欠伸を吐き出している。突然この世界にやって来たという聖女様の。こちらを伺う目は退屈そうに半分閉じている。

 見た事の無い武器を腰に提げている。鞘に納めてあるがその細さは簡単に折れてしまうほどのもので、とても薄い。


 「遅い…」

 「仕方ねえだろ?何も言わず行っちまうんだからよ…人伝にやっとだぜ。」

 屈伸しながら理不尽なことを言う彼女に文句を告げる。青く長い艶やかな髪を纏め、片目を隠したベルフィーナは澄んだ綺麗な眼を向けてきた。端麗な容姿は見るものを惹きつけ、笑顔を見ようものなら放つ色気には同姓でさえ充てられる。


 「それで?何のために呼ばれたんだ、俺は。」

 ゆらりと立ち上がったベルフィーナに言う。形式的な質問だ、何をするのか、大体分かる。準備運動を終えた彼女は闘志を露わにした彼女は一枚のコインを取り出した。


 「ロドム、だっけか。倒したんでしょう?強いんだね。」

 まったくの予備動作を見せずに間合いを詰めて来た。既にお互い、一歩の距離。


 今まで生きて来て、誰かに欲情することなど縁の無い生活だった。桜から好意を向けられていることなどとうに知っている。学校の女子は、中身も気にせず無駄に整っている顔(桜談)にうじゃうじゃと寄ってくる。しかし誰も興味引かれる人間はいなかった。


 「近くないか…?」

 別に欲情したなんてことは無い。目の前に近づいた美しい顔、色気のある仕草に雰囲気。ただちょっとだけ、ほんの少しだけ好みにかすっている。それだけだった。思わず顔を反らしたのには理由なんてなかった。


 「ちょっと、目を合わせなさい。」

 無理矢理にでもというように覗き込んでくるのを手で制する。その時にサラサラの髪の毛が手の指に通り抜け、鼻の奥に届いた微かな匂いは爽やかでどこか甘く、しつこくない香りは心地よい。

 押し退けられた彼女はムスッとした表情で睨みつける。大人っぽくは見えるが、彼女はまだ若い。


 「…決闘を挑むわ、貴方がどれほど強いのか興味あるの。」

 彼女は銀騎士に自分の実力を叩きつけると心に決めていた。それを得体の知れない男に横取りされ、そしてそいつは自分の国に取り入ろうとしている。

 自分なりに国へ貢献しようとした末の行動だった。せめて人柄の一端でも、戦闘力をはかるだけでもしようと決闘という形をとったのだ。


 「よし始めよう、すぐやろう!無駄話はまた今度だ!」

 感じたことの無い妙な感情を振り払うように頷く龍馬は、下緒を柄に巻く。決してほどけぬように強く固く。


 「何してるの?」

 「何って、やるんだろ?別に斬る必要は無いからなあ」

 ただの決闘だ、殺すつもりでやるわけじゃあない。しかし、龍馬のその行動が自分を下に見た故だと解釈したのだろう。一瞬にして跳ね上がった覇気が身に刺さる。


 ビュンッと放たれた上段蹴りが鼻先の空を掠めた。乾いた笑いが漏れる、彼女を見ると静かな怒気を揺らしている。

 「舐めないでっ!!」

 中段、下段に繰り出される連続蹴りは隙が無く、まるで戦場で降り注ぐ矢の雨のように躱すことが困難だった。


 「ぐ…っ!」

 手の甲で弾くも何発か脇腹や太ももを抉る。一発一発が鉄球を受け止めたように重く、針のように鋭い。踊り子のよう流麗激しい猛攻が続く。

 (なるほど流石四騎士ナンバー2だな、あの二人とは別格だ。)

 謁見の間で見た二人とは格別な動き。追いつめられている状況に思わず笑みがこぼれる。


 パンッッ

 と高い音、全力疾走の中針に糸を通すような所業で繰り出された掌底が、ベルフィーナの腹部で弾ける。ただ間合いを取るために出した軽い一撃だったが、内臓に響かせた衝撃が彼女の身体を一瞬止める。

 

 鞘に納まった【灰屍】がベルフィーナに迫る。鈍器として振るわれた一刀が直撃すれば無事では済まない。咄嗟に飛び退いた足元で砂煙が巻き起こる。重い音で抉られた地面から首を上げた刀が胸目掛けて突き上げられた。


 「だからっ!早く!剣を抜きなさい!!」

 一回転した勢いの乗った回し蹴りは刀を弾く。しかし、それは悪手だった。柄を持つ手は何処にもなく、足元から覗く死の気配は笑っていた。


 「か、はっ…!!」

 驚きがやって来た時、彼女は宙を舞っていた。下からの衝撃が痛みとなって腹部を襲ったのはもっと後、地面に二回跳ねた時だった。大して重い攻撃では無かった、しかし確実に心を、自尊心を抉る強いもの。

 何が起きたのかは分かっている、感傷に浸っている場合では無かった。


 弾き飛ばしたはずの武器は既に掌の上。驚異的な反射神経を見たのも束の間、鈍器を振り上げる。緩慢な動きはまるで避けろと忠告しているようで、舐められている事を露わにした攻撃が襲い掛かる。


 跳ね起きて刀を蹴り飛ばす。舌打ちを一つ、悔しさを噛み殺す。決して弱くは無い、お互い本気では無いが一方的に遊ばれていることに怒りが湧いて止まらない。


 砂を足で払う。引いたのは自分へ戒める死の境界線。ここからは本気の戦いと胸に刻む。

 身体強化の魔法をかける。詠唱をせずとも全身を覆う赤いオーラが戦闘力の絶対値を底上げした。唇を震わせて吐いた息が白い。ここからだ、余裕綽々に鞘を点検する男に【舞姫】の本領を見せつけてやる。


 ダンッッッ

 地を震わせる踏み込みが砂を潰す。闘気を握り締め、参る。

 「私はベルフィーナ・レギオレン、二度と忘れさせてあげないから。」

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