第12話 雨音に消える
葬儀は滞りなく、ひっそりと行われた。
小さく、平和なローデンス王国はその日も静かだった。彼を送る最後の時。二国の王を含め、騎士の終わりを送るにしては大層な顔ぶれが参列し、皆一様に悲し気に俯いている。
後悔と、自分への激しい怒りに身を焼かれそうになっていたのは現ローデンス国王。老体に杖を突いて現れた彼は墓前に膝まづいて手を合わせる。止めようとする側近を振り払い、土に汚れることなどもはや頭になかった彼は叫ぶ。
「私は、私はなんて愚かだったのか…っ!!!」
激しい怒号。
「ぁぁああ!!」
悲痛の叫びはもう言葉にならなかった。数分間ただ只管に謝罪する彼を、涙に濡れてぼやけた視界の騎士たちが見つめていた。
「おっといけねえ、ちゃんと送ってやらねえとな。はは…っ」
隣に立つアルフレッドが笑う。震え掠れた声が耳に、彼を振り向く。
「くっそ…見えねえ、見えねえぞ…戦場で約束したんだ、どちらかが死んで葬式に出たら笑って酒を飲むって!そんで、そんで…っ!」
いくら擦ってもただ染みを増やすだけ。何度拭おうと溢れて来る水滴が、ロドムのいない視界の邪魔をする。
墓標の代わりに光る銀の剣に名前は無いが、彼が確かに存在したことを示していた。
土の下、彼はいない。灰になって、滅んでしまった。しかし、魂だけはここ在る気がする。
「なんでかな…」
都合の良い思い込みかも知れない、だが今笑っているのは自分だけではないと龍馬は確信していた。
泣きはらした目で見詰める老人はローデンス王、彼は深い皺が刻まれた手で優しく龍馬の肩を摩った。
「そうか、君がロドムを…ありがとう。」
殺しただけ、そう言った龍馬に首を振って返す。
「彼を救ってくれた…儂の、ローデンスの英雄を。」
ロドムが去った五年前のあの日を思い出す。別れ際、彼が放った言葉がいつまでも心に刺さっていた。
何度も感謝を述べる彼を送り出す。
「ローデンスに来た際は城へ寄ってくれ、国を挙げて君を歓迎する。リョウマ君、君は儂の二人目の英雄だ。」
そう言い残した国王は馬車に揺られて後去った。後ろ髪を引かれるように、何度も何度も墓に目を向けている。惜しむように窓から出た手は震え、虚空を掴んで彷徨っていた。
「さて、帰るとしようか。」
アルフレッドの背中を優しく押す。もしかしたらもう桜も目を覚ましているかも知れない。アルフレッドを蘇生させたことを口止めしないと大変なことになる。
二人は王女の待つ馬車へと急いだ。
窓から乗り出した龍馬は手を上げる。
「じゃあな。」
風に消えた声を誰も聞くことは無かった。ただ優しく暖かい風が吹いた、そんな気がした。
彼の墓所は厳重に警護されるらしい。身体は無いが、彼の名誉と誇りを守るため。そして添えられた【魔剣クルガ】を墓荒らしから護るため。
守備兵が用意されるまで一日。
葬式が行われた日の夜は雨だった。静かに降り注ぐ鎮魂の歌は、子守歌のように穏やかな音色を奏でる。
「こ、こんな宝を墓に置き捨てるなど勿体ない…っ!」
そいつは足を忍ばせてやってきた。警備のいないのをいいことに、水滴のついた肩を払う。
「おお、美しい…かの【魔剣クルガ】をわが手に!」
興奮した男はフードを脱ぎ、銀の剣に手をかける。その大声が誰に聞かれているとも知らず。
「来ないかと思った…っと、おや…見た顔だ。」
胡坐で座り、肩に愛刀を立てかけた男が静かに声を上げた。口調はとても穏やかだったが、確かな怒気が含まれたその声は凍えるような寒さを伴っていた。
「き、貴様何故!!」
狼狽える男の顔は恐怖と驚愕に染まっていた。二人が最初に顔を合わせたのは謁見の間。誰かに隠れるように立っているのに、人より強い野心を隠すことが出来ていなかった彼を覚えている。
「足、踏んでるだろ。」
「へ、」
情けなく吐いた言葉はもう遅い。自分の宙に舞う自分の足に気が付いたのは地に伏してからだった。汚い血が雨に流れていく。
「うがぁあああ!!」
痛みに叫ぶ声は、徐々に強まっていく雨音にかき消された。倒れた拍子に抜けた銀の剣を胸に抱え涙を流す。まるで自分の物だとでも言うように、抱き込んだ男は必死に許しを請う。
「た、だすけでぐれぇええ!!だれがあ!」
「会話する気は無い、失せろ。」
片足で逃げようと這いつくばる、愚かなハイエナを冷たく見下ろす。木を支えに立った男は脂汗をいっぱいに流し、よろよろと歩き出す。
あぁそうだ思い出した、とわざとらしく声を上げた。フフッと可愛く笑って見せた。クンッと切って見せた鯉口が合図だった。
「二国の王からの命令でな、ここを荒らす者は誰であれ…」
生きて返すな、と。
抜き放つ、灰の屍が雨を斬る。丁度百を数えた斬撃が足の指先から頭のてっぺんまでを細切れに、怯え歪んだ顔が崩れていく。
「あ、え、あぁ。」
灰の斬撃。
「
肉体は既に原型を留めていなかった。ボトボトと音を立てて崩れ落ちる肉片に目を向けることなく。半着袴の男は刀を納め墓標を戻す。
足跡のついてしまった土を均し、眠る彼と雨を楽しむ。たった一日、いやたった数十分の間柄だ。だが命かけて戦った彼を、侮辱する者は許せない。新たな墓荒らしが来ることは無かった。血の臭いも流れてしまって獣も来ない静かな時間。雨はまだ強く降り注ぐ。
「ええと…なんでアルフレッドさんが?」
目を覚ました彼女が呆けて言った。ぽけーっという擬音が聞こえてくるように、寝ぼけ眼を擦った桜が背を伸ばす。
少し話して分かったのは、彼女の記憶が欠落しているということ。覚えているのはロドムが灰に消えてすぐ、アルフレッドに祈りを捧げたところまでだと言う。つまり、生き返らせたことも全く覚えていないということ。
龍馬と顔を合わせたアルフレッドは話しを合わせろと耳打ちする。簡潔に言うとこうだ。
龍馬がロドムを倒した後、桜と二人でアルフレッドに近づいた。祈りを捧げようとしたところ動いたアルフレッドに気が付く。飛び起きた彼と桜が思わず頭をぶつけてしまう。桜、気絶…
「それは、無理があるだろ…」
龍馬は頭を抱えるがもう遅い、途中から声を大きくしてしまったおかげで桜に囁きを聞かれてしまった。
パチパチと瞬きした彼女は開けた口をすぼめて思考する。記憶の嚙み合わせを行っているのだろう、二分ほどの静寂の後口を開いた彼女はにこやかな笑顔で言った。
「なるほどね!」
屈託のない無垢な笑顔。おバカで良かったと安堵した二人だった。
「でも、その後は?アルフレッドさん重症だったけど、」
「それはお前が直したんだよ、聖女様なんだろう?」
言葉に詰まってしまったアルフレッドの代わりに龍馬が繋ぐ。実際、嘘はついていない。前述の大嘘にも僅かな真実を混ぜれば信憑性を増す言となる。
「じゃあ私も役に立てるんだ…」
嬉しそうに笑った彼女に少しだけ申し訳なく感じる。もう一度あの能力が使えるのか、誰にも分からない。もしかしたら死んだ者にしか使えないのかも知れない。アルフレッドの傷を治そうとしても発揮しなかったことを想えば、その可能性は高い。
「まあ能力は外で聞いてる王女さんにでも聞けばいいさ。とりあえず全員無事で良かった。」
蘇生したことを離せない明確な理由があったのだ。二人は王女に数分限りで話す許可をもらったのだ、それも扉の前では常時中の会話を聞いている。
コンコンとノックされる。やはり聞こえていたのだろう、終わりの合図を鳴らして扉が開かれた。
「聖女様にお食事を…アルフレッド、彼を連れて出なさい。」
「御意。」
睨まれた二人は足早に部屋を去る。廊下には外の光が差し、朝の明るい陽気が身体に届く。
昨日言われた王の言葉を思い出す。【錆騎士ロドム】を討伐したことにより護衛として龍馬は合格点をもらえたようだ。まだ騎士の多くには信用をもらえていないが、数人は龍馬に興味を持ったような目を向けていたのを覚えている。
「ね、あんたら暇…?」
気だるげな声が聞こえた。それを発したのは龍馬に興味を持った数人の内一人、
「こんなとこで、珍しいなあベルフィーナ。」
名を呼ばれ本を閉じた長身の女性。無気力な表情が印象的な彼女は四騎士の一人、ベルフィーナ・レギオレンだった。
「悪いな、俺は呼ばれてるんだ。」
「あんたじゃない、ん。」
彼女が顎で指したのは龍馬のこと。理由も分からないお呼び出しに困惑する。暇だ、と返すと彼女は手招きをして先に行ってしまった。
「あー…じゃあ俺はこれで。」
そそくさと、面倒ごとに関わりたくなかったのだろうアルフレッドは引き留める間もなく反対側に姿を消してしまった。
ついていくしかないことに溜息を吐き、重い足を上げた。
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