第7話 過去を想う
煙のように覆い始めた濃い殺気にむせ返る。怖気づいてしまった桜が尻もちをつき目を向けた【錆騎士ロドム】は、手に持った銀の剣を二、三度振るった。
「久々だ…」
最後に抜いてから早数か月、未だ鈍っていない腕は軽く動く。立ちはだかる戦友に知らない二人、その内一人は既に戦闘不能いや、二人だろうか。大きな身体を縮こませ目を背ける戦友は、敵が剣を抜いたというのに呆然と立っている。
「アルフレッド、五年っつうのは長いようで短いな。いやお前とは、六年か?ははっ時間の感覚も曖昧だ。」
最後に共にした戦場は今でもはっきり脳裏に浮かぶ。何度助け、何度救われたか。数えるのも嫌になるほど剣を合わせた、国は違えど最高の好敵手。
久々だというのに目も合わせない、言葉も交わさない男は顔を上げるがそっぽを向いたまま。
「アル…っっ!!俺を、俺を見ろぉ!!」
突然の大声にハッとしたアルフレッドは、懐かしい呼び方に目を上げる。見開いた彼の目は記憶と相違の無いもので、その懐かしさがまた胸を刺す。変わっていない、あの頃の【銀騎士ロドム】の顔だ。
「…っ!」
(なんて顔をするんだよ。)
アルフレッドの弱音など一度も聞いたことが無かった、当然涙の一滴でさえ。いくら傷つこうと怪我しようと気丈な顔を崩さなかった強い男が今、目の前で泣いている。惜しげもなく、隠す気も無い涙が一つ一つ地面に吸い込まれていく。
気が付けば右の頬は熱く濡れていて、堰を切るように感情が湧いて出る。何年も忘れていた温もりに、心が壊れそうで、喉にせり上がる何かを必死に押し戻す。
「あ、ぐぅ、くそくそくそ…っ」
必死に息を吸いながら、拭えば拭うほど溢れる水滴を振り払う。今までしてきたことは間違いじゃない、自分は間違っていないと必死に言い聞かせる。
荒い息を吐いたまま、銀剣の切先をアルフレッドに向けた。震える右手を抑えた左手が跡を残す。
「剣を抜けぇえ!アルフレッドぉぉおお!!」
唇を噛み切りながら、まだ揺れる怒号を飛ばす。
「お前を殺して俺は生きるぞ!!」
抜く気配の無いなら、無理矢理にでも抜かせるしかないと大地を蹴り飛ばす。既に眼前、剣が首を撥ねようというのに泣いたままの友。もう止まれない、銀の線がアルフレッドに迫る。
ガギンッッ
寸前でとてつもない力が剣を弾く、大きな音と衝撃に身体を戻され飛び退いた。見開いた目に映ったのは、ゆらりと美しい流れ。
振り払い、鞘に戻される動作を無意識に目で追う。カチンッと高い音に意識が戻され、奪われていた目が放たれた。
「ケジメ、つけなくていいのか?」
敵を目の前にした今、場に似合わない優しい声が語り掛ける。
「リョウマ…すまねえ。」
死んでもいいか、なんて馬鹿で愚かなことを考えていた。命預けた親友にならと。でもそれは違う、親友だから終わらせなければいけない、戦友である自分の手で片を付けてやらなければ。
「最後は頼むぜ、」
おそらく、確実に敵わない。殺気を浴びただけで分かった戦闘力の差は明らかで、刺し違えることも出来ないだろう。
迷いなく抜いた剣を向ける、震えのない切先は真っ直ぐにロドムを向いている。
「うぉおおお!!」
叫び走る、道を間違ったかつての友に確実な殺意を込めた一撃を。
激しい剣戟、火花舞い散る
「綺麗だね。言葉が違うんだろうけど、でも…うん、綺麗。」
命を削り合う死闘、お互いに本気の一撃一撃の連続。一瞬のことに思えた戦いも気づけば十分を過ぎる。本気で剣を合わせ続ければ体力も無くなっているだろう。油断が死に直結する極限が、そんな言葉を引き出させた。
「楽しいなあ!アルフレッド!」
「はぁはぁ、そう…だなっ!」
剣を合わせた二人は互いに笑顔で叫ぶ。しかし、まだまだ余裕のあるロドムに比べてアルフレッドは息が乱れていた。
致命傷は無いにしても、蓄積した小さな傷が彼の身体を蝕んでいく。少量ずつ流れ出る血の量にも限界が近い。
ロドムの蹴りが鈍い衝撃を与えた。吹き飛ばされた身体を反転させ地面を掴む。顔を上げ、迫る上段からの振り下ろしを、身体を捩じって躱したアルフレッドは回転に合わせて斬り上げる。
(浅い…っ!)
皮膚を少し裂いただけでは止まらない連撃が襲う。崩れた体制を立て直す暇も無く、徐々に追い詰められていった。
ゾブッと肉に食い込む刃の形をはっきりと感じ取った。肩に刺さる銀の刃を手で止め、貫通させまいとするが、力の抜けた膝が落ち地面に貼り付けられる。
「がぁああっ!!」
貫かれた刃は地面まで通り抜け、ドクドクと鮮血が湧いて出る。力無く落ちた剣をロドムが蹴り離し、刺した魔剣に体重をかける。
「この五年死にもの狂いで戦ってきた!のうのう生きて来たお前に勝ち目は無い!!」
腹に足を落とし、勢いつけて魔剣を引き抜く。傷を抑え悶絶するアルフレッドをわざと剣の方向に蹴り転がす。鼻息を荒くした彼はもう一度剣を手に膝を立てると、執念に燃えた顔で睨んだ。だらんと下がる片腕からは止まることなく血が溢れる。
ロドムの目が、立てと告げている。無理に酷使した身体に再度鞭打ち剣を構えたアルフレッドは驚きと悔しさ、そして少しの嬉しさで満たされていた。
(へへっ…つえーぜまったくよぉ。)
戦闘前、彼が予想していた戦闘力を遥かに上回ってロドムは強かった。四騎士ベルフィーナでさえ互角に戦えないだろう、ここまで接戦になっているのは彼に残る最後の優しさが剣を鈍らせているのだ。
後ろで傍観するリョウマに目を向ける。一切に加勢しないでいてくれる彼には申し訳ないが、ロドムを弱らせることは適わない。
「俺に、はぁ勝ち目はねえ…っそんなこと分かってるさ。お前を殺すのは俺じゃあねえ。」
元より勝つために臨んでいない。これはケジメ、役目を果たし後を託す。
「あいつが、か?お前より一回りは歳が下の。」
「そうだよ、俺より細くてまだガキの。」
そんでもって俺なんかより強い、という言葉は飲み込んだ。思い出すのはあの時の美しい姿、そして今も明確に覚えている殺気。リョウマが後ろにいるからこそ持てる力の全てを出し切れる。
息を吐き、剣に赤いオーラを纏わせる強化魔法を重ね掛けて挑む最後の一撃。
「最後だぜロドム・ダイゼンヴォーク。」
中段に構えたアルフレッドは赤く光る刃を震わせる。別れを惜しむように静かに目を向けた。
「アル…フレッド。」
「最後だ、最後なんだ。だからよぉ、最後くらい…」
目の下に縦に流れる水の線。アルフレッドの顔を見て、脳裏で駆け巡る昔の光景が穢れて濁った瞳に光を戻す。
「がぁああ…」
鋭く痛む頭を振るい、感情を吹き飛ばす。荒い鼻息を抑えアルフレッドをみる。
息を吐く。スッとした心を落ち着けて、晴れた視界は美しいものだった。
彼の顔を見る、心を蝕む錆が晴れていく。今だけ戻るかつて輝いた白銀の騎士ロドム。
「アル…」
「ロ…ドムぅ!!!」
優しい顔、誰もを惹きつける穏やかな笑顔がそこにあった。対峙するのは【銀騎士ロドム】。白銀の名を欲しいままにした最強の戦士がそこにいた。やっぱり斬られるのなら友が良い。
身体からは湯気、白目を剥いて歯を軋ませる。親父の姿を見様見真似に憧れた竜狩りの一撃。
惜別の一閃
人一人、屠って余りあるほどの一撃を、錆びてしまった戦友に。
「ぐらぁああああああ!!」
ゴウッッと激しい音で振るわれた横凪ぎ。一瞬の後、剣を振るった方の地面が轟音と共に抉られた。
最後の一撃は、憧れにはまだ遠く。地面に落ちる直前に見た、かつての友は泣いていた。
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