第6話 灰みがかって
龍馬の両手には見たことの無い形をした肉の串焼きが二本、艶のあるタレに香ばしい匂いが食欲をそそる。
街に出た三人は門を目指し歩いていた。王都警備兵の目撃情報によると、どうやら王都近くの森に姿があったらしい。この街のどこかで寝泊まりしている可能性が高いが、手配されている身。しかし五年も捕まっていないことを鑑みるに、どうやら隠れるのはお得意のようだ。
道行く人を注視して進む中、ロドムを見つけるより先に龍馬の腹の虫が盛大に鳴った。腹が減っては戦は出来ぬ、と立ち寄った屋台で買ったのは、一角鳥の串焼きという元の世界で言う焼き鳥の様な見た目をしている肉の列。一口食べた一同は虜になって、数本買い込んでしまったのだ。
「ひっかひ……見つからないなぁ。」
いっぱいに頬張った肉の塊を嚥下する。腹を満たしながらもロドムの姿を探していた龍馬は、影すらも捉えることが出来ていなかった。にぎわう人混みの中、隠れ逃げる人間を見つけるなんて考えただけでも辟易してしまう。
「やっぱ目撃情報があったっていう森に行くしかねえか…」
不承不承というアルフレッドの態度には理由がある。情報のあった森に行くのが最良であることは分かっていたが、忌避したのには理由がある。
混沌族の出現から、世界には闇が広まりつつある。暗い森や夜の路地、闇あるところに混沌の破片が散らばり、人々を襲うという。
探し人ロドムもそれを知り、森に潜むことで今まで逃げおおせたのだろう。それはとあることを示す。全てに恐怖を抱かせる混沌の破片とは言えども一部、それをかいくぐり、時にはたたき伏せながら生きて来たということ。
「昼間の内が勝負だな。」
三人は人の合間を縫って急ぎ足に進む。
アルフレッドの話では五年前、ロドムが失踪すまでは自分と同等か少し上の戦闘力を持っていたらしい。しかしこの五年、平和な国で訓練してきたアルフレッドに対しロドムは死に物狂いで暮らしてきた。おそらく誰もが思うより【錆騎士】は強く、そして闇に染まっている。
「ねえ、あれ…」
早足で進む龍馬とアルフレッドは桜の言葉に振り返る。足を止め彼女の指す方を見ると、道の真ん中で鳴き声を上げて蹲る少年がいた。
「転んだのか?あぶねえぞ!。」
ここからでは少し遠い。喧騒の中アルフレッドが声を上げるが、かき消されてしまう。少年がいる道は馬車も通る大通り、前を向いているなら避ける事も出来るだろう。しかし目を抑えて泣いている。
人波が割れていく、街中とはいえ速さを持った車が走る。馬を必要としない魔力駆動の四輪車は小さい石には気が付かない。
あぶないっ!という声も遅い。桜は思わず目を反らした。駆け寄ろうとするが龍馬に手を引かれ止められる。
「行かないと…っ!」
「大丈夫だ、見ろ。」
落ち着けと彼が指す少年の方向では、フードを目深に被る誰かが小さな彼の頭を撫でている。ここからでは声は聞こえないが、何かを話している。悲惨な結果が訪れなかったことに胸を撫でおろした桜は周りを見る。
「…変わらないんだね。ここも。」
車は既に通りすぎ、戻った人波が二人を隠してしまう。何も無かったように、誰も気にしない。日常なんだろう、誰がどうなろうと気にするのはごく一部、家族とあと少し。
「行こうか二人とも。」
何か言いたげな、しかし何も言わないアルフレッドについていく。
門をくぐり、しばらく草原を歩く。少し遠くに小さく見える木々の影を目指す。
心地よい風が撫でただけで落ち込んだ気持ちが簡単に、落ち着いてしまった。そのことに嫌悪感も無い自分が少し悲しくなって、桜は俯いた顔を上げる。眩しい日の光に目を奪われて、僅かに濡れた瞳を誤魔化すように眼を閉じた。
まだ日は高いというのに暗い森の中は不気味な風が吹く。混沌族の影響だろうか、木々の影は時折ぞっとするような雰囲気を感じる。
「欠片も滅多に出現しないとは思うが、絶対一人にならないようにな。」
本来ならば手分けして探すのが一番早いが、現状それは得策とは言えない。桜を真ん中に挟み、アルフレッドが先導する。
気を集中させて探すが、散乱する獣の気配に邪魔をされてしまう。鳴き声に足音がうまく蓑になるのだろう、隠れるにはうってつけの深い森で一人の人間を探すなど至難であった。気が付けば二時間以上、草による傷を増やしながら汗を拭っていた。
「もー無理!」
虫がいないことだけが唯一の救いか、腕や足の切り傷から少し血が滲むのを見た桜が弱音を吐いた。思えば森に入るような恰好ではないのだ。元の世界では暑さの厳しい季節、薄着に肌の露出が激しい。道場にいたため裸足だった二人、履き慣れない革靴で擦れた足が悲鳴を上げていた。
「洞窟だ、少し拓けているから休憩するとしようか。」
帰りのことも考えればもう時間が無い。大分遠回りに進んできた三人は入った場所にほど近い洞窟へと来ていた。中はおそらく獣の巣にでもなっているだろう、奥からは涼しい風が流れ出る。
「無駄足だったね…」
少し休憩し元気とまでは言えないが回復した桜が言葉をこぼす。隣に座る龍馬は目を閉じ森の中を探っているようだ。
「いや、そうでもないぞ。」
洞窟の入り口近くに目を凝らしていたアルフレッドが何かを見つけたらしい。二人が近づくとそこには、巧妙に隠されてはいるが確かな人のいた証拠が散っている。
「寝泊まりはここ、とするとやっぱり今は街か。」
「だろうな。」
既に温度は無いが、火の跡が残っている。見逃してしまうほどに小さい証拠、しかしロドムはこの森に暮らしている。
「ここでの待ち伏せは危ない、日が落ちる前に戻ってくるだろう。」
狙うは森に入る前、夜になる前には必ず戻るロドムを森の入り口にて待つ。三人は急ぎ足で森から出た。入口といっても正確なものがあるわけでも無く、最後に頼れるのは運のみ。
一時間が過ぎ、日も傾きを増してきた。
所々が擦り切れた灰色のローブを少し引きずって、フードを被る男。左手を剣の鞘にかけ、猫背気味に歩く。人相書きを見たわけでも無い、あてにならない顔の特徴も忘れてしまった。それでも分かるのは何故だろう、彼の周りに揺れる灰みがかったオーラのせいか。
向こうも気が付いたのだろう、足を止めフードを下げた。手にも顔にも刻まれた傷が語る今までを、三人は静かに見ていた。
「はは…懐かしい顔だ。」
知っている顔だ。戦場で背中を預け、何度も見て来た笑顔。恋人なんかより深く、心で通じて死に立ち向かった同胞。なのに、だというのに、彼の顔には知らない笑顔が。
「ロドム…っ!」
銀のように輝く笑顔を浮かべていただろう、人を穏やかにする笑顔を。そんなにも邪悪な笑いは見たことがない。握りしめた手からは血が滴り落ちる。
胸が苦しくて目を反らす、これ以上見ているとおぼろげな銀の記憶が失われてしまう気がしていた。
「あれが…?」
桜が疑問符を浮かべるのも無理はない、聞いた話とまるで違う変わり果てた男。かつての栄光は灰がかかり、錆びていた。
「錆びた騎士か。」
龍馬の言葉にロドムが笑い捨てた。乾いた声を吐き、自嘲的な笑みを向ける。」
「くっはは…そんな粋なもんじゃあないさ、ただ。」
言葉を切ったロドムは好戦的に歯を剥き出す。鞘にかけた手に熱を入れ、抜き放った刃が銀の弧を描いた。
「ただ、穢れているだけさ。」
獣のように、抑えを知らない殺気が渦巻いた。
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