第3話 即発の計

ガチャリと背後で鳴った音に振り向いた。

 王女様の後に続いて部屋を出る、まだ後ろに龍馬がいたというのに閉じられた扉。


 「え、あのまだ…」

 「さあ行きましょう!」

 強く引かれた手に言葉が遮られる。

 「ちょっと!」

 小走りに駆け出した王女様は振り返ることなく桜を連れて行く。何度も呼びかけるが、全て聞こえていないように返答は無い。

 先ほどから妙な違和感を覚える。龍馬の存在を徹底的に無視するかのような反応。目線を向けたことから見えているようではあるが。


 引きずられるように桜は扉を振り返る、石部屋からぞろぞろと甲冑の兵士が出て来るのを最後、角に消えた。



 「恐ろしいな…」

 無意識に声に出た呟きは小さく、剣の破片を拾い上げるアルフレッド。剣が折れたのなど幾度となく眼にしてきた、しかしこれは今までのどれとも違う。美しいとまで言える断面、鎧も剣も両断されることなど考えたことも無かった。

 

 「負けたっていうのは嫌味か?見ろこれ。」

 直剣を見詰め哀しみに耽っていたアルフレッドに龍馬が声をかけた。上げた左腕が意思とは反してプラプラと揺れている。龍馬は何ともないように見せつけるが、その痛々しい様子に思わず目を背ける。


 「まぁ引き分けってところじゃあないか?」

 「ああ、ってそれよりも大丈夫なのかその腕は。」

 自分でやったことだが心配になる。強化魔法をかけての蹴りだ、最悪内臓がだめになっていたかもしれない。


 彼の左腕に触れる。骨が粉砕してないことが救いだ、治癒魔法は得意ではないがこれなら何とかなりそうだ。緑の淡い光が折れた腕を包む、時間はかかるが徐々に治っていく。

 眼前の、最早奇跡と言える領域の出来事を眺める。鈍く響いている痛みが僅かにだが引いて行く。光が収まり、手に力を入れてみたが痛みは完全に消えていた。振り回すが違和感もない、これが魔法というやつか。


 「礼はいらんさ、姫様の命でもあるからな。」

 口を開こうとした龍馬を、大きく厚い手が遮る。

 「さっきのか?…ずいぶんと嫌われてたようだがな。」

 龍馬の言葉に苦笑いを浮かべたアルフレッドは、扉を目指して歩き出した。


 「お前さんに特別、ってわけじゃねえんだ。姫様は男を良く思って無くてな…」

 悔しそうに頭を掻いたアルフレッドが愚痴を零す。レティシア王女がまだ五つの頃から使えているという彼にさえ、未だ完全に心を許していない彼女は真正の男性嫌いで有名らしい。他所から来た龍馬に対してなどはよっぽどのことだろう。


 「それにお前さん…いや後々分かる。」

 「なんだ。」

 気になる言葉の切り方する男だ、何かを言いかけたアルフレッドに続きを問うが、躱されはぐらかされてしまう。少し歩き着いたのは金細工が施された重厚で大きな鉄扉。


 「今丁度聖女様、もといリョウマの連れ人が陛下にお目通りをしているところだろう。」

 どうやら中では桜が謁見の真っ最中らしい、二人の兵が守る大扉の前に立つ。中からは微かな声と光が漏れるが、様子の一切は分からない。


 しばらくぼーっと立っていた二人、ポツポツと会話はあったが特に意味の無いそれは退屈凌ぎにしかならない。そんな静かな空気を破ったのは扉の隙間から放たれた強い光だった。




 「面を上げてください。」

 場所は謁見の間。頭を下げた桜に優しく穏やかな口調で語りかけたのは、ミルバーナ王国第十二代国王レンペラード。齢三十の若くして王となった彼は善人を代表するかのような雰囲気を纏っている。

 

 「陛下。彼女が今回召喚された、サクラ・ユウガミ様です。」

 血のつながりを感じさせる美形な二人。隣の王女様の凛とした雰囲気とは違う、見た物を癒すかの様な朗らかな印象の国王は優しい笑顔で玉座を立った。


 「この度は、私達の都合で勝手なこと…どうかお許しください。」

 頭を下げた国王にざわつく間内、一国の主に遜られては桜にも申し訳ない気持ちが湧いてくる。しかし少なくとも悪い人間では無いということに一先ずの安堵へ誘う。


 「大丈夫です!理由は王女様に聞きました、でも…なんで私なんですか?」

 先ほど後回しにされてしまった疑問を問う。それに聖女だなんだと言われても桜自身には身に覚えがない。ごく普通な高校生を送って来た彼女にとって、この状況は疑問の塊でしかない。


 「レティシア、例の物を。」

 話をするために何か必要な者があるのだろう。謁見の間を出た王女様が台に乗せ持ってきたのは、両手には余るほどの大きな水晶玉。中では色とりどりなもや舞っている。


 「これは秤見はかりみの水晶、サクラ様この水晶にお手をかざして下さいな。」

 「はい…」

 水晶玉は綺麗に光っている。恐る恐る手を乗せると、暖かで強い光が謁見の間を飲み込むように広がっていった。光が収束し、中心で舞った靄がしだいに文字を模っていく。


 「ここに映るは貴女様の持つ潜在能力。」

 水晶玉に映し出されたのはとても簡素な内容のものだった。

 

 サクラ・ユウガミ

 女 18

 【聖女】

 

 娯楽小説やゲームでよく目にする、まるでステータス表示の様な文字列が現れたことに少し興奮する。異世界に来たということの実感を、より濃くするような内容の水晶玉。


 「おお…」

 水晶玉に映った内容を王女様が読み上げると、間内にどよめきが広がっていく。口々に聖女様、聖女様と声が上がり、桜を見る目に期待の火が灯り始めた。


 聖女というのが、この世界においてどういった意味をもつのかは分からないが、皆の反応を見るに大層なものであることは間違いない。

 段々と強くなっていく眼差しが重い。普通の十八歳の少女に何ができるのか、それは決して悲観的になっているのではなく、ただ事実であることを桜だけが知っている。


 「先ほど申し上げたように、聖女というのは混沌に対抗できる能力を持つ者のこと。サクラ様のお力が必要なのです。」

 懇願し頭を下げた王女に続き、場の全ての人間が頭を下げ始めた。国王でさえ迷いなく首を垂れるのを見るに、いかに聖女というものが特別なのかが分かる。


 「私なんか…そうだ!もう一人、もう一人の方が私なんかより強くて頼りになりますよ!」

 逃れるための叫び、だが虚言ではない。龍馬は剣の達人であり、強い精神力を持つ男だ。いきなり召喚されたと聞いても全然動じていなかったのを思い出す。

 しかし、桜の言葉に急に空気が静けさを増した。


 「もう一人?…レティシア、どういうことですか?」

 国王の言葉に苦い顔を浮かべた王女は目を反らして答える。

 「実は…」


 「なんということだ、まさかそんなことが起こっているとは。」

 頭を抱えた国王が溜息を吐いた。王女の話では、元々召喚するのは桜一人だったらしい。しかし何らかの手違いか、召喚魔法の誤作動か、龍馬というおまけがついて来てしまった。ただ気になるのは、国王の反応がやけに大きいこと、


 「その者は今どこに?…今すぐ連れて来てくれ?」

 国王の言葉に一人の兵士が耳打ちをする。どうやらすぐ近くに来ているようで、彼もこの間にくるようだ。すぐに鉄扉が開いた。大きな音を立てて開くと一人の兵士と並ぶ龍馬が見える。


 「龍馬!」




 「龍馬!」

 厳格な間だとアルフレッドから聞いた矢先、最初に聞こえたのは幼馴染の心配したような声。何かされていたという気配はない、しかし不安だったのだろうこちらに走ってくる彼女を止める。


 「そなたが…大変に申し訳ないことをした。許しておくれ。」

 深く頭を下げた目の前の男は、王女様に似た顔でずいぶんと腰が低い印象を受ける。


 「いや、別にいい。」

 静かな空間だったはず、しかし龍馬の一言に激しく揺らめき始めた空気は刺激的に肌を刺した。隣で焦るアルフレッド、口の動きを見るに敬語を使えと伝えている。

 

 「なんだぁ?おい、お前!国王陛下に向かってその態度…改めろ!」

 突如間に入って来たのは180㎝の龍馬を軽く見下ろすほどの大男。熊の様な野性味を醸す男は憤慨に指を折り鳴らした。

 一触即発の雰囲気に焦る人々。しかし龍馬だけがこの状況に深く笑みを浮かべていた。

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