第2話 死線

「ちょっと待ってください!え、龍馬ここ何処?あの人達は誰なの?」

 龍馬の肩を抱き耳打ちした桜は、王女だと名乗ったレティシアに背を向ける。突然すぎる展開に頭が追いつかない。最後の記憶に残るのは暑い道場で強い光を浴びたという、これまた信じがたいもの。

 

 「俺に聞かれてもなぁ、目を覚まして気が付いたら囲まれてたんだ。」

 聞かれて困る内容ではないが、小声で桜と話す。今分かっているのは知らないうちに、知らない人間によって知らない場所へと連れてこられた…と考えれば何もわかっていない事に辟易する。


 「これ、あれじゃない?異世界転移!」

 対して興奮したような表情を見せた桜は聞き慣れない事を言う。

 「…あぁお前がいつも読んでいる本のか。」

 「そうそれ!ぜっったいそうだよ!だって一瞬で違う場所に連れてこられて、明らかに日本人じゃあない人達に囲まれて、他には考えられない。」

 逃避するには丁度いいか、彼女が日頃から読む本にそういった内容のものが多かったのを覚えている。


 「誘拐は、ねえか。んー分からん…」

 しかし他にいい考えが思いつくわけも無く、龍馬は考えることを放棄した。一先ずは後ろで伺っている彼女の言葉を聞く外ないだろう。


 「えっと、王女様。私は桜でこっちは龍馬です!ってあれそういえばなんで名前…」

 名乗ったのは今、しかし彼女は確かにサクラ様と言った。


 「話を続けても構いませんか?」

 「あ、はい!」

 桜が思考するのを遮るように彼女が言う。しかし気になるのは先ほどから一切龍馬を見ないこと、別に気にはしていないが無視されるようなことをしただろうか。


 「単刀直入にサクラ様、貴方様は元居た世界とは異なる世界へと召喚されたのです。」

 それは彼女が言った通りの非現実的な事だった。ほら、と得意気に顔を向けた桜を軽くあしらい再び話に耳を傾ける。


 「えっと理由を聞いても?」

 「ふふ、話が早くてとても助かります。先ほど申したように貴方様にはこの世界の救世主になって欲しいのです。」

 変わらず桜にだけ笑みを見せた彼女が語り始めるこの世界のこと。


 「ここ、ミルバーナ王国の在る大陸は千年以上も昔から多種族が交流する長閑で平和な場所でした。ところが、つい数十年程前大陸を支配しようという禍々しい気配が広がったのです。それが混沌族と呼ばれる闇の存在、彼等は数は多くありませんが桁外れの戦闘力で他の種族を喰らっていきました。」

 突如現れた闇を這い出る混沌族、形を外れた不形ぶなりで淀んだ存在。人を魔物を目に入る全てを穢し喰らう怪物が今この世界を襲っている。


 「貴方様は混沌族に対抗できる強大な力を持つ、まさに救世主の聖女様なのです!!」

 詰め寄った王女様に引き気味な桜、壮大過ぎる世界の事情に頭と心がついて行かない。


 「えっと、何で私なんですか…?」

 彼女の疑問は当然。今までどこにでもいる普通の18歳として暮らしてきた自分に、特別な力を持っているなら別だが世界を救えなど。


 「詳しくは後程、しかし貴方様には特別な力があります。サクラ様、どうかお力をお貸し頂けませんか?」

 手を差し出した彼女の顔は真剣で、王女としてこの国とこの世界を憂う哀しみの顔だった。そんな目で見つめられtは断ることなど出来ない。


 「私で良いなら…」

 「っ!ありがとうございます。」

 この時桜は、いつも夢馳せていた本の世界にやって来たという興奮でいっぱいだったのだ。後に思えば簡単に出す結論では無かったが、今の彼女にそんな考えは無い。


 もはや二人だけの世界を隣で傍観する。何やら面倒の多そうな展開に自分が組み込まれていない事を祈り、腰の刀を摩った。

 逃がすつもりは毛頭ないのだろう。石壁に囲まれた部屋、一つだけ見える扉の前にも兵士が立っている。そんな中一人だけ龍馬を見詰めている男が一人、他とは違う鎧を身につけた屈強な男は隣の二人に目もくれずにいた。


 鯉口を切った、瞬間龍馬だけに向けられた濃密な殺気。抜けば斬ると言わんばかりの目を見せた男も腰の剣に手をかけた。別に今やる気は無い、しかしこれほどの殺気を放つ男とは一度手を合わせたくなってしまう。


 「龍馬っ、移動するみたいだよ。」

 桜の声に心を戻す、未だ警戒を解かない男を目の端に、王女の後を二人は追う。扉から出た桜に続こうとしたその時、間に兵士が割って入る。分断され閉まった扉の向こうから桜の声が聞こえたが、次第に遠くなっていく。


 「お前らは出てなぁ。」

 先ほどの男の声に兵士が皆敬礼を取る。続々と兵士が後にした部屋には龍馬と男の二人だけ。


 「一体何が始まるか聞いても?」

 「ははっとぼける必要はねえよ、お前さんが仕掛けたことだ。」

 既に剣を抜いた男が好戦的に笑う。やる気だ。


 「王国騎士団所属・第一王女直属護衛騎士アルフレッド・レンバース。お前さん、名は?」

 長い肩書を語った男、アルフレッドが剣の切先を向ける。燃えるような赤髪が銀の鎧に映え、やけにいい面で歯を見せて笑った。


 「獄龍寺龍馬…ただの龍馬だ。」

 静かに腰を落とす。次こそは本気だ、柄に手をかけ神経を研ぎ澄ませる。

 「行くぜリョウマっ、安心しな殺しはしねえ!」

 何故戦う?そんなことはどうでもいい。理由などは無い、挑まれたからには逃げるなんて愚か者のすることだ。


 ドンッッ

 大きな音が立つ、瞬く暇なく目の前に迫ったアルフレッドが横凪ぎに剣を払った。ほんの紙一重、仰け反った龍馬が無防備な腹に蹴りを入れた。鎧を通し鈍い衝撃が襲う、後ろに飛ばされる身体をなんとか踏ん張り耐えたアルフレッドが深く笑みを零した。


 「ぐっ…はは!効いたぜ、少しだけなぁ!!」

 決して虚勢ではない。龍馬自身本気で入れた蹴りだった、しかし固い鎧に包まれた分厚い腹筋に衝撃が死んでしまった。


 「殺す気で来いよ、次は抜く。」

 十分に格好つけて挑発する。元々一撃は見るつもりだった、もう手加減は無しだ。殺すつもり以外で刀を放つつもりは無い、鎧ごと一刀両断に切り伏せる覚悟だ。


 「もう来てるさ…っ!」

 いつの間にか、低い姿勢で懐に入ったアルフレッド。切り上げる寸前。しかし、そんな動きも極めて遅く感じる。音も無く滑り出した、灰屍。息を吸わせる暇さえ与えない。一瞬で部屋の中を包み込んだ殺気に反射で飛び退いた、アルフレッドの背中に冷たい汗が噴き出す。


 それは濃密な死。サーッと血の気が引いていく。少しでも判断を遅らせていたら身体は二つになっていた。恐れの表れか、部屋の端まで飛び退いたことに気づく。


 パキッ

 ゴトリと下にで鳴った鈍い音に目を向ける。両断された銀の鎧が床に落ちたのだ、切り口の綺麗さに思わず乾いた笑いが零れる。


 「とんっでもねえなあ龍馬…死んだかと思ったぜ。」

 「殺したかと思ったよ、俺は。」

 冷静な思考が戻ってくる。彼の歳は十八だと聞いた、まだ子供のくせにその容赦のなさに恐怖を感じる。それに先ほどから感じる殺気は本物で、龍馬からだけでなく手に持った細い剣からも感じる。


 ここで引いては男が廃る、まだ剣を合わせてすらいないのだ。一方的に斬られたなど誇りが許さない。鎧も脱げて身軽になった身体から力を抜く。

 「身体強化…」

 囁くのは強化魔法、卑怯だとは言わせない。これは真剣勝負、持てる力を出さなければ失礼というものだ。


 赤いオーラがアルフレッドの身体を覆い、明らかな変化を感じ取る。本能が右に避けろと叫んだ。


 ドゴンッッ!!

 激しい衝撃がが先ほどまでいた場所を抉る。まるで違う速さに冷や汗をかくが、拭う暇なく飛んできた追撃を咄嗟に防御した。


 壁に叩きつけられた龍馬は次の追撃に備える。左腕が折れているが支障はない、流れる動作で鞘に納めた灰屍を神速で抜き放つ。

 キンッと高い金属音が鳴った。アルフレッドが振るった切先が龍馬を切り裂くことはなく、切り飛ばされた剣の半分が彼の背後の床に刺さった。


 「…参ったぜ、俺の負けだ。」

 得物を殺されては完敗だ。戦いは終わり、息を吐いた龍馬は灰屍を納刀する。悔しささえ残らない程の負け、アルフレッドは龍馬の美しい所作に目を奪われていた。

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