箱詰めの子どもたち
夜遅く、詰め所でカストリじみた低俗誌を眺める俺のところに、上等の商品が入荷したとの知らせが入った。重い腰を上げて見に行くと、なるほど手つかずの上物だ。さっそく木箱を用意し、商品を寝かせるための詰め物を始めた。
俺の仕事は単純だ。入荷してくる商品に合わせた箱を用意し、物を詰める。それだけで男ひとり食っていけるだけの金がもらえる。俺は住み込みのようなものだから、ちょっとした贅沢ができる金も貯まっていた。
緩衝材をたっぷり詰めて、薄手の毛布を二つ折りにして敷く。この間に商品を置くから、半分は箱の外に出しておく。地面に投げ出された薄汚い袋を切り裂くと、きれいなままの商品が出てくる。俺は商品を持ち上げ、箱の中に寝かせる。
この作業を繰り返すたび、俺は「もっと綺麗な袋を使えばいいのに」と思う。毎回どこからこんな汚い包みを仕入れてくるのか。商品が可哀相だし、何より、触れるのもためらうような袋の中から、思わず拾い上げたくなるくらい純なものが出てくるのには、いつも心がざわついてしまう。
木箱の蓋を取って戻ってくると、箱の側に女が立っていた。俺を見るとにこやかに微笑む。
「久しぶりね」
「あんたが来るなんて珍しいな」
「上物と聞いたから」
彼女はほっそりとした手を箱の縁に置いた。傷一つない指先は電灯の光を浴びて病的に光る。
「育ちはよさそうだな。出荷先も決まってるんだろう」
「もちろん」
彼女の体重を受け、箱がギィと鳴った。
「あなたが続けてくれて嬉しいわ。どうしてかみんな嫌がるのよ。割のいい仕事だと思うんだけど」
「拾ってもらって感謝してるよ」
俺の給料は恐らく他のやつらよりも高い。仕事が特殊なこともあるが、加えて詰め所に泊まり込むなどの自由なふるまいが許されているのは、ひとえに彼女のおかげだ。彼女はここのボスで、俺の昔なじみだった。
俺たちはよく遊び、共に都会に夢を見た。時期は違うが外へ出て、俺は落ちぶれ、彼女は大勢の人間を率いている。
彼女は箱の中をじっと見た。幼いころから、彼女には気になるものを見つめる癖があった。彼女はぽつりと「懐かしいわ」とこぼし、俺はどきりとした。
彼女の視線に促されて箱に近寄る。中には商品が、俺が収めた通りに収まっている。手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされた、十にも満たなそうな子どもだ。
「私たちにもこんな時期があったわね」
「年齢の話だよな」
「あたりまえでしょう。それともあなた、箱詰めにされて売られそうになったことがあるの?」
上等なジョークでも聞いたみたいに彼女はクスクス笑った。箱が小さく揺れ、子どもの目が開かれた。
子どもは暴れることはしなかった。恐怖で動けないのかもしれない。ただ目に涙をいっぱいためて、俺と彼女を交互に見る。それは賢い行為だった。暴れる子どもに彼女はよく、正視に耐えないことをすると聞いたことがあった。
子どもが起きたことに気づくと、彼女は顔を近づけて優しい笑みを浮かべた。見るとなぜか安心する、俺の好きな笑顔。
「たくさん泣いておきなさい。その箱から助けてくれる人に、精一杯尽くせるようにね」
子どもの顔は凍りついたように固まる。目だけが動いて何度も瞬きをし、その度に涙が溢れて毛布を濡らした。
「思い出しちゃったわ。この子くらいのころ、私あなたを好きだった」
内緒話をするようにささやかれて、俺の意識は子どものころに引き戻される。
一緒に野原を駆け回って、いたずらをしては怒られて。大木の下で花冠を作りながら彼女が話してくれるおとぎ話を、寝転びながら聞いた。
俺は、俺は今でも――。
そう言ったら彼女は笑うだろう。「子どもと臓器で食べている女に?」とでも言って。
わかりきった話だ。でなきゃ、いくら金がもらえたって、誰がこんな……。
結局何も言わず、俺は蓋を閉める作業に戻った。
一瞬だけ、箱の中の少女が彼女に見えた。俺のなかから、幼い俺が出てきて、箱から顔を出す彼女に近づいていく。俺たちは手を取りあって、じゃれつきながら箱に入る。
これは幻覚だ。
俺は蓋を閉じる。隙間から、眠るように箱に収まったふたりの姿が見え、やがて消える。
純粋な気持ちで笑い合えたあのころ。
俺の恋。
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