4_えー、ご職業は?





「よいっしょっと。まぁ、こんな感じだろ」

 蝶番ちょうつがいにネジをはめ、鈍銀の右足で蹴破ったドアを修理する。これで外界からの視線を遮断することが出来る。名も知らぬ幼女と二人でいるところを誰かに見られでもしたらまずいからな。


「おーすごいすごい。直ったー」ぱちぱちと小さな拍手が起きる。


 どうしよう。さっきの説教のこと謝った方がいいのか。でも、元はと言えばコイツが悪いんだし。

 あぁもう何でこんなことに。


 まさか喧嘩相手と数時間をともにするなんて考えてもみなかった。一発ぶん殴ってスマートに帰るつもりだったのに。どうすりゃいいんだ。

 てか、そもそも数世代も離れてる幼女と何を話せばいいんだよ。



「あのー」細い声だった。


「な、なんだ?」


「ゲーム・・・やっても・・・いい?」


 幼女がコントローラーを持ち上げる。

 一気に気が抜けた。


「ああ。いいよ。でも、静かにな」


「やった」

 幼女は嬉しそうにテレビへ向き直り、正座をして姿勢を正す。

 画面には2D格闘ゲームが映っている。白い胴着姿の男がモヒカンヘアーのマッチョマンに一方的にボコボコにされていた。しかも、めっちゃ屈伸されている煽られている。

 少女は一度WiiXに接続されていたLANケーブルを抜き、再度差し込んだ。そして、何食わぬ顔でオンライン対戦を再開した。試合が始まりカチャ、カチャと操作音が部屋に響く。胴着姿の男の手から波動が放たれる。なかなか硬派な立ち回りだった。



 てか、静かだな、おい。



 いつもの威勢はどうしたよ。確かに静かにしろって言ったけどミュートにしろなんて言ってねぇぞ。


 しゃーない。ここは大人の俺がエスコートしてやろう。


「あー君、学校は行かなくていいのか? ご両親は?」


「あー君、仕事に行かなくていいのか? 彼女は? 年収は?」

 幼女はゲームしながらカウンターを仕掛けてきた。


  このガキ。俺は二回しか斬りつけてないのに、三回も斬りつけやがって。


「お前、引きこもりだろ」


「お前、ニートだろ」こだまでしょうか。いいえクソガキ。


「俺は就職活動いつかする予定なのでニートではありませんー。お前と同類にしないでくださいー」


「わ、私だってニートじゃないもん!」


「声ほっそ。じゃあ、こんな時間からパジャマ姿でゲームしてるお前は、一体何者なんだよ」


「・・・プ・・ゲー」


「へ? あんだって?」俺は耳の脇に手を添える。幼女は息を大きく吸うと。


「ぷ、プロゲーマー! わたしはプロゲーマーだもん! ゲームでせーかつしてるんだもん!」


「ゲームで飯が食えるかっ!! たわけっ!!」

 気づけば叱っていた。やっと理想の大声が出せた。


「ひっ」幼女はゲーム画面から俺へ視線を移した。



 ゲームのプロ? ゲームで生活?

 何を言ってるんじゃコイツは。



 そんな小学生の妄言が本当なら、本当なら、毎日毎日血反吐吐いて会社で闘っていた俺はなんだったんだよ。血便垂れ流しながら糞尿漏らしながら名刺刷ってた同期の高橋の努力は何だったんだよ。

 毎日死んだ顔で電車に揺られる日々はなんだったんだよ。


 家でゲームと、会社で労働。対等に扱えってかよ。馬鹿みてぇじゃねーかよ。



「・・・頬をだせ」


「え?」


「黙ってさっさと頬をさしだせぇ!!」


「は、はい!」


 幼女は正座のままこちらに体を向ける。

 顔ちっさ。目デッカ。



「いいか。これから俺はお前の頬を張る。だが、これは暴力じゃなくて愛情だ。大人としての責務だ。いいな?」


「普通に嫌・・・」


「拒否権は無い! 黙って返事しろ!」


「ん、んん!」

 幼女は口を閉じながら返事をした。目は若干赤く、顔にはさっき流した涙の筋がうっすら残っている。


 その筋をもう一度涙が辿ると思うと、不覚にも、不覚にも、不覚にも。



「そうだ。それでいい。ちゃんと一発貰ったら『誠に感謝至極!』って言うんだぞ。じゃあ、いくぞ」

 右手を、斜めに上げて、振り下ろ


「あ、お姉ちゃんおはよう」


「いやー。お姉さまどうもどうもおはようございます。だいぶお早いお目覚めですね。もしかして、少しうるさかったでしょうか? それとも煎餅せんべい布団じゃ寝苦しかったでしょうか? それとも部屋が全体的に不快だったでしょうか? あ、まだ帰ってからなにも食べてませんよね。よろしければ不肖ふしょう、私めが目玉焼きでもお作り差し上げましょうか? それともポッピングバナナにしますか?」


 振り向いた玄関には、ただ玄関があるだけだった。おべっかし損だった。


「って、誰もいねーじゃねーか!! だましたな!!」


 姿勢をもとに戻すと、目の前にはパンツ一丁の女の子がいた。

 スマホを耳に当てていた。綺麗な色をしていた。


「って、うわぁ! 何やってんだ! とっとと服を着ろ! 電話を切れ」


「もしもし、警察ですか」


「やめてくれ。やめてくれよ。児ポはダメなんだ。児ポはまずいんだ。刑務所の最下層なんだ児ポは嫌だあああああああああああ!」

 気づけば、土下座していた。でも、俺の心は精神は直立していた。人間は精神に依る生き物だから実質土下座していないに等しかった。土下座しないのが俺の矜持きょうじだ。


「私は誰?」


「へ?」俺は思わず顔を上げる。


「私は誰だって聞いてんだよぅ!!」


「プ、プロゲーマー様です!!!」


「よろしい! わかったら二度と逆らうなざぁこざぁこ!!」


「はい! 肝に銘じます!! だから服を着てください! 児ポは嫌なんですうぅぅぅぅぅうぅぅっぅうぅぅ!」



 ドンっと、隣から壁を殴る音が聞こえた。



 俺は幼女と顔を見合わせた。




「で、プロゲーマーって何してるんだ?」

 俺は服を着た幼女に尋ねる。


「げ、げーむしてる。プロゲーマーだから」服を着た幼女が答える。

 俺と目を合わせないのはきっとそういうことなんだろう。

 これ以上、追及するのは酷か。


「あとは?」


「配信とか」


「嘘こけ。あんな暴言ネット回線に乗せられるか」


「嘘じゃないもん。今も配信中」パソコンらしきものは無いが、今はゲーム機だけでも配信できるのか?


「ご両親はこのこと知ってるのか?」


「ううん。そもそも居ないから知らない」


 これは、気の毒なことをしてしまった。


「そ、そうか。あの美人なお姉さんと二人暮らしか」


「うん。でも、お姉ちゃんとも実の姉妹じゃないの」


 またしても、デリケートな部分に触れてしまった。一歩二歩と連続で地雷を踏み抜いてしまった。大学でマインスーパーを履修していなかったことが悔やまれる。


「そ、そうなんだ。でも、あれだなあんなに美人な人と一緒に暮らせるなんて、うらやましいなぁあははは」

「なら、将来の夢、そうだ将来の夢はなんだ!? 世界一のプロゲーマーか?」


「おなか一杯食べること」


「そうだよな! 美味しいもの腹いっぱい食いてぇよな! うん! 最近よかった事なにかあるか?」


「殴られなかった」


 愛おしい。なんだか愛おしいぞ、この人生地雷人間。何聞いても爆発する。

 でも、そこがそこが愛おしいんだ。


「分かった。俺がお姉ちゃんにガツンと言ってやる」

 俺は正座をいて立ち上がる。手には握り拳。


「待って。殴って来たのはお姉ちゃんじゃなくて、学校の先生。もういないけど」


「学校の先生か。そっか」結局、悪いのは大人なんだよな。


 お前、なんかジュースでも飲むか、と言いかけて止まった。


「名前、聞いてもいいか?」

 幼女は自分の顔を指さす。俺は一度うなずく。


あや霧景大むけいだいあや。今年で十九歳。おじさんは?」


 ロリじゃ―――――ないんかい――――。



 きっとあれだ。中学校で教師に暴力を振るわれてそれ以来引きこもりになり、ろくに運動もしていなかったので発育が十分になされず、また人と関わる機会も減ったため言動が子供っぽい、と。


 これで行こう。


 なんだか、ロリよりヤバい気がしてきた。



「おじさん」

 くいっくいっ、と右の袖を引っ張られた。


「名前、教えて」


「あぁ、名前な名前。えー俺は色無いろなしとおる。最近隣に越してきた。よろしくな」


「年齢は?」


「これからよろしくな」


「あっ。はい」


 親睦しんぼくの握手を交わす。相手がロリじゃないと分かった以上、そこまで恐れる必要はない。



「透さん」


「なんだ」


「最近よかった事、もう一つあった」


「もう一つ?」


「うん。それはね」

「面白いおじさんに会った」



 まー、あどけない笑顔だった。

 この父性たらしが。



「何か飲み物飲むか? ジュースとか」


「いいの!? ナタデココジュースでもいい?」


「ああいいぞ」


「やったー!! あ、お姉ちゃんおはよう!」

 幼女が俺越しに声をかける。また、その手か。


「その手にはもう乗らないぞ」

 と思いつつ、一応振り返る。

 そこには見事なプロポーションの女性が立っていた。


「あんたの部屋。なんか嫌」


「す、すみません。あ、何か飲みますか?」

 女性は少し考えた後


「アロエジュース」


 姉妹だなと思った。





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