3_お隣さんと生きていく
目の前にいる幼女はなんだかピンク色のもこもこしたフード付きのパジャマを着用していた。フードからピンクのロングヘアーが垂れていた。手にはコントローラーを握っている。年齢はおそらく十一か十二歳。いや、ここは期待を込めて十歳にしておくか。
つまり、十対二十八。
幼女対大人。
男対女。
これは、勝ったな。
これから始まるのは美しい試合ではない。
一方的な
気づけば口角が上がっていた。
一歩、一歩、ゆっくりと幼女との距離を詰める。
今の俺は獅々だ。
歩みを止める。
幼女が見上げてくる。
第一声で仕留める。
すまん幼女。
恨むなら社会を恨め。
息を肺いっぱい吸い込み、これまでの騒音を千倍返しするつもりで
「死ねメスガ」
キ! この犬畜生め! 毎日毎日キャンキャンキャンキャン吠えやがってうるせぇったらありゃしねぇんだよ
と、言おうとした時、キラリと光るものが目に映った。
幼女の大きな瞳から音もなく生み出されていくそれに、俺の声は奪われてしまった。ついでに、熱い激情の波も引いていった。
俺、十歳の女の子相手に何やってんだろう。
冷えた頭で、状況を冷静に分析する。
ここは幼女の部屋で、フローリングでエアコンあって、俺の部屋と大違いで、俺は扉をぶち破り土足で侵入してて、目の前には涙を流す幼女がいて。
仮にここに警察がやってきたら、逮捕されるのは俺の方で。
不法侵入ならまだしも、ここで幼女がおもむろに服を脱ぎだしたら、強姦罪あたりが追加されるわけで。
そうなったらもう、社会復帰どころではないわけで。
九回裏二死満塁。
ロスタイムにPK。
ハンデスされて手札ゼロ。
逆転負け程カッコ悪いことは無い。
「って、脱ごうとしないでくださいいいいいいい!!」
俺の心を知ってか知らずか、幼女は涙も拭かずパジャマを脱ごうとしていた。
こいつ、俺をそんなに長期間豚箱にぶち込みたいのか。
塀の外でも、塀の中でもカースト最下位に突き落としたいのか?
冗談じゃねぇぞ。涙が出てくるぞ。でも、俺が泣いても検察側は裁判官は
ずりぃよ。若い女って小ずりぃよ。
「で、でも、そういうことするんじゃないんですか?」
「声ほっそ」
「す、すみません・・・。蚊のすかしっぺみたいな声ですみません・・・。やっぱり脱ぎます。110番します」
「ちょ、ちょちょっと待ってくれい!」
俺は幼女の手に握られたスマホを蹴り飛ばした。スマホは壁を突き破り、俺の部屋へゴールしていった。
「俺はうるせぇ隣人に言葉の暴力を浴びせにきただけで肉体的な接触はちっとも考えていない! だから、俺を確実に社会的に抹殺しようとするのはやめろ! この歩く犯罪者発生装置が! 殺すぞ!」
「やっぱり通報します・・・」
「だからやめろってんだろ! 無職のくせにスマホ二台持ちしてんじゃねーよ!」
俺は二代目のスマホを蹴り飛ばした。スマホはまたも壁を突き破り、俺の部屋へ。
なんかコイツ、やっぱりムカつくわぁ。
心の松ぼっくりに怒りの種火がくべられた。
「大体なぁ。元はと言えば、お前が毎日毎日うるせぇのが悪いんだよ! 『ころすううううううううう!!』だの『にいいいとおおおおおお! むしょくううううううううう!』だの口にも頭にも悪い言葉遣いやがって! 隣に無職のニートが住んでるって知っててやってるのか!? ああん!?」
「し、知りませんでした・・・」
「声ほっそ。知らなかったじゃなねぇだろ! そんなんは関係ねーんだよ! あともう一つ。なんで毎日毎日規則正しい生活してんだよ! 朝も夜もはぇーんだよ! お前の規則正しい生活に俺を巻き込むなよ!! 迷惑してんだよ!! 時間が毎日無駄に余ってんだよ!! 起きてんのが辛えんだよ!」
「で、でも、お母さんが、早寝早起きは大事だって・・・」
「それは
「それと、親には言うなよ! 大家にもだぞ! 言ったら更に反省させるからな!」
言ってやった。
これまでのイライラが少しは晴れた。誰かを一方的に怒鳴りつけるってのは気持ち良いもんなんだな。そりゃ上司も毎日怒鳴りたくなるわな。毎日毎日な。
幼女はじっと俺の顔を見つめてくる。
ロリコンには大受けしそうな顔だが、俺にはあまり魅力的に見えない。
「あ、あの・・・」
「な、なんだよ」
「あっ、お姉ちゃんおかえりー」
心臓が飛び跳ねた。
メスガキのハッタリだと期待しつつゆっくり振り返る。
そこには一人の女性が立っていた。金髪は肩口まで伸び、体のラインが強調されるキャバスーツに身を包んでいた。胸は少なく見積もってもDはあった。
王手飛車取り、と頭の中で
詰んでいた。でも、どうにかするしかなかった。
あ、お姉さんどうもどうも。忘れ物かなにかですか。
あぁ、夜のお仕事終わって、今帰ってきたところですかそうですか。
それはそれはお疲れでしょう。ええ、今日も夜からお仕事ですか。
なら、すぐお休みなさってください。 では、私はこれで。
え、ああ、妹が
あーはい、はい。ですね分かりました。お部屋でもケツでもなんでもお貸しいたします。布団もワンカップもどうぞご自由にお使いください。
はい。では、良い夢をー。
バタン、と俺の部屋の扉が閉まる音がした。
退路は断たれてしまった。
幼女を見る。言うべきことは決まっていた。
「お前のお姉さん。美人だな」
でしょ、と幼女はにっこり笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます