2 あんな事をしてしまったのは、きっと夏の暑さのせい

 夏休みに、好きな人から、おうちに招待される。そんな幸運にめぐまれる高校生って、どのくらい居るのだろうか。もちろん、これは『私のようないんキャ』にける話である。


 前にも述べたとおり、私には友達作りの才覚さいかくが無かった。まだ中学の時はマシだったが、高校に入ってからはれない絵を描く事に集中しすぎて、気が付けば対人関係を作るスキルは消失していたのでした。ゴッホもわりと、そういう所があったようで。


 そんな私が、学業の成績も優秀で、素晴らしい絵描きである水野さんから声を掛けられたのだ。成績なんか下から数えた方が早い、この私が! これは天変てんぺん地異ちい前触まえぶれだろうか。


 きっと水野さんは、他の美術部員も、お家に招待した事があるに違いない。ええ、分かってますとも。たぶん水野さんは、私の絵が下手すぎて、見るに見かねて慈悲じひほどこしてくれたのだろう。だから私は勘違かんちがいしてはいけないのだ。これは神様のように優しい水野さんが、たまたま部室で一緒だった私に、絵を教えてあげようという純粋な好意で自宅に誘ってくれたのだと思った。


 その夏休みの、約束の日は、いよいよ明日となっていた。あの日、部室で水野さんから誘われて、「い、行きます!」と言ってからあとの記憶が曖昧あいまいである。人間は交通事故などの衝撃しょうげきで、記憶が部分的に無くなる事もあると聞く。私に取っては、それくらい大きな衝撃であった。


 たぶん私は、もう頭がおかしくなっていたのだと思う。それで無くても今年は猛暑で、そして私は恋する女子高生だ。だから私が、水野さんの家であんな事をやらかしてしまう事になったのは、なかば決定事項だったのではないかなぁと。後になって、そう何度も私は反芻はんすうするのであった。


 とにかく時間軸を水野さんの家に行く前日まで戻して、話を続けると。私は自分の家で、一人で思いめていた。遠くから水野さんをながめてられれば、それだけで過去の私は満足だった。なのに今の私は、それ以上を望んでしまっている。


『お友達でられれば、それでいい』という考えは、もう私には無かった。ゴッホだって、そう割り切る事ができなかったから求愛して、そして失恋したのだろう。水野さんに、ただの友達としか思われないまま生涯を終えるのは嫌だった。残りの人生に後悔をかかえながら過ごす日々は、延々えんえんと続く地獄と何が違うのだろうか。


 若く世間知せけんしらずな私は、白黒がハッキリした解決がしかったのだ。ハムレットを読んだ事は無いけれど、『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ』という言葉がはだで実感できた。もう自分の気持ちを隠すのは無理だ。失恋して死ぬ事になるとしても、前に進みたかった。


 私は明日、水野さんに告白する。ただ、私の告白が受け入れられる確率は低いように思われる。学校の成績が悪い私と、優等生な水野さんの話が合うとも思えない。私が言葉で愛を伝えようとしても、きっと町娘まちむすめ殿様とのさまのトンチンカンなわない会話みたいになって終わるのがオチな気がした。


 臆病おくびょうな私は、少しでも成功する確率をげたかったのだ。と言うか、そもそも私と水野さんが付き合う事になるイメージがかなかった。私は自分に何の取柄とりえも思いつかなくて、水野さんを退屈させてしまうだけなのではないかと思った。だから贅沢ぜいたくは言わない。一回でいいから、私は水野さんから




 そして当日、私は水野さんの家のアトリエをおとずれ、そこの画室がしつに居た。……はだかエプロンで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る