第15話
ロキは強く舌打ちをかますと両手を広げた。すると一斉に人型のロボットが出現する。SF漫画に出てくるようなアンドロイドの姿だが服は着ておらず、無機質な表情で俯いていた。
「俺は後ろにいる。お前らは暴れろ」
低く子供達に言うと視線を閻魔から外さずさがってゆく。それに比例して彼の足どりは速くなり、遂には走り込んできた。
彼らが火ぶたを切って落とした事に便乗しシヴァが大声をあげた。世界観も宗教観もまるで違う神々が呼応し、同時にロキの子供達は本気を見せた。
ヘラの周囲にはどろどろに溶けた人形が現れ、フェンリルは大きくなると氷を纏った。スレイプニルが前脚をあげて咆哮すると曇天が広がり、ヨルムンガンドが牙を剥きだすと風が吹き荒れた。
ロキはある程度の距離までさがると背中を向け、一気に駆けだした。全身の装飾品が揺れ、厚底ブーツが地面を踏みしめる。
その後を一気に詰めてゆく。牛頭馬頭やイザナミらはヘル達の猛攻に遮られた。唯一抜けられたのは比較的身体が小さく、また瞬発力の高い閻魔大王だけだった。
フェンリルが彼を邪魔しようと動いたが、北欧神話の神々による怒りが頂点に達している為叶わなかった。ここで一足先に退場するより、大王一人を見逃す方が賢明だ。
閻魔はずっとロキの背中を見つめて追っていた。更に速度をあげる。刹那、腹に衝撃が走った。
歯を食いしばる。横を睨みつけた。見えたのは無表情で無機質で光のない女の顔だった。受け身を取ってすぐ立ち上がる。
息を吐き出しながら背筋を伸ばした。ロキによって造られ操られている機械女がずらりと並んだ。人の姿をしているのに、気配も殺意も、呼吸さえ感じない。薄気味悪い光景だった。
意識を変えて集中する。女達は一斉に襲いかかってきた。跳んで回避する。そのまま着地せず、一体の頭を掴んで近い位置にいるもう一体の脳天を蹴り、女達が動きを変えたと共に地面に降り立った。
そして掴んだままの一体を力任せに引き、手刀の突きを防いだ。肩から胴体までしっかりと入り込む。想像以上の威力に驚く間もなく手を離し、あいている隙間に滑り込んだ。女達の異様な輪から脱する。
一息吐く隙も与えず、転がったままの低姿勢で数人の脚をはらった。回転する勢いで立ち上がると先程手刀を突いてきた個体が猛攻撃を仕掛けてくる。
一斉に動いている場面は全員同じ動き、そして別々の操作が可能ならいなしている今の段階で回り込んでくるはずだ。器用な事はそこまで出来ないのだろう。
瞬きもせず攻撃を繰り返す。流石に機械の方が速度が速くなり、びしっと彼の頬に一筋出来た。然し負けず劣らずの反応速度で一撃かわすと、伸びきった腕を捕まえ首を掴みにいきながら腹に膝蹴りを叩きこんだ。
それだけでは怯まないだろうと考え首を掴みにかかった手をうなじの方にまわし、もう片方で髪を掴んだ。そして力を入れるとめきめきと引きはがした。首に埋め込まれていた管やらパーツやらが千切られる。
勢いのまま地面にほっぽりだすと先手を打たれる前に飛び掛かった。先程足払いをした時、一番当たっていた個体に拳を引いた。運よく足首の辺りを損傷し、うつ伏せに倒れていたのだ。
自分から見て左側にいる一体が動き出す前に、滑り込むようにして上を取ると後頭部を殴りつけた。本気になっている彼の力は機械を上回る、ばこんっと大きくへこんだ。
脚のあいだに女の身体を置いたまま全ての腕を出してガードした。案の定左側にいた一体の蹴りがぶつかる。かなり重たい衝撃に三本の腕を大袈裟に振った。
相手は危機感を覚えて反射的に避けてしまう。その隙を狙って踏み込み、右側の腕を伸ばした。
押し倒して上を取ると腕の多さを利用して手足を固定し、残った手で顔面を何度か殴りつけた。ぼこぼこに変形したのを見てすぐに距離を置く。
相手も無闇に動けなくなったのか、こちらの様子を探ってくる。それを利用しゆっくりとロキの方に近づいた。腕を上手い事使ってロキからは眼が向いているかどうか見えなくした。閻魔は敵の位置が分かればいいので、下半身を見るだけでも満足だった。
視線を機械達に戻して左足を一歩後ろへとさげた。ゆっくりと息を吐いてゆく。感覚がより一層研ぎ澄まされた。
然し彼の頭上には静かなドローンが浮いていた。ロキの口角が歪む。人を見下し嘲笑い小馬鹿にする笑みに親指と中指を合わせた。
ぱちんっと鳴った瞬間、ドローンから弾丸が放たれる。その時音で感づいた閻魔が頭上を見た。赤と白、赤と黒の双眸が見開く。一瞬、脳内に走馬灯のような記憶がなだれ込んだ。
だがどんっと横から強く押され、腕を出して受け身を取った。吐き出された弾は黒いスーツの横腹に吸い込まれ、見ていたロキが頭を搔きむしって悪態を吐いた。
被弾したのはヤミーだ。自身もまた人並みの身長で尚且つ紛れやすい。兄の援護をする為抜け出してきたのだ。
閻魔はすぐに起き上がると彼女の前で膝をついた。どろどろと血が流れてくる。放たれた弾丸は特殊で、止血しても吹き出てくる。
ヤミーは薄く笑みを浮かべて彼の頬に触れた。閻魔はもう助からないと察し、黙って青い瞳を見返した。
「また兄さんと戦えて楽しかったわ。貴方の世界に戻った時は、妹に好きな物でも買ってあげて」
ああと肯くと彼女の手は力を失い地面に倒れた。ゆっくりとこの世界から消えてゆく。腰をあげ髪を撫でつけた。妹の雄姿を無駄にはしない。
一瞬膝を屈んだかと思えばその場から消えた。ロキが驚いてドローンやアンドロイドを操作する。然し現れたのは眼前だ。
鼻先が触れ合う程の至近距離。あっと思った時には重たい拳が放たれていた。吹き飛ばされ地面を二、三度跳ねる。勿論機械達の動きはぴたりと止まった。
ロキはうつ伏せのまま呻き声をあげる。腕を突っぱね、足を動かす。然しブーツの底が土の表面を削るだけだ。
鼻と口、両方から血が吹き出す。綺麗な少年の顔はぐちゃぐちゃになり、無様な悪役の顔があるだけだった。
そのうち雲のなかにいた雨が耐え切れなくなり、一斉に降り出した。鬱陶しい水に軽く肩を回す。
「そんな程度か、貴様は」
心底つまらなさそうな声を発する。もっと強いのかと思った。もっと歯ごたえのある奴かと思った。所詮はこの程度か、所詮は小物かと息を漏らした。
ロキは濡れた土がつくのも厭わず、地面を這って手を伸ばした。
「まだ、俺は、オーディンさえやってないのに」
腕で身体を持ち上げると髪先から水が滴った。ずるずると閻魔の足元までやってくる。そして黒い足首を掴んだ。
「俺は強い。強いんだ」
下から見上げてくる眼を見下し軽く首を傾げた。無表情に掴まれた足を動かし手を払う。そして動かした足をそのまま頭に乗せた。土と顔が密着し、息苦しくなる。
「弱い。貴様は弱い。とことんつまらん。まだお前のガキ共の方が楽しそうだ」
振り向いて一人と三匹の姿を見る。大勢の神を相手に一歩も退いていない、うずうずと心が躍った。然しロキを見下す時、冷たい眼つきに変わった。
「それに比べて貴様は」
どこか苛立ちの籠った声で吐き捨て力を入れる。ぐりぐりと押さえつけているうちにロキの頭蓋骨が観念し、陥没するとぐちゃりと気味の悪い感触が伝わってきた。そこでやっと足をどけた。
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