第13話

 神話の代表が神仏や神獣を引き連れて降りてきた。かなり広い為お互いの姿は見えないが、それでも空気ががらりと変わったのは感じ取れた。

「気を引き締めてかかれ」

 短く言い残す。するとあからさまに敵意のある妖怪達が押し寄せてきた。ほぼ全て日本の妖怪だ。

 閻魔は髪を後ろに撫でつけ、両腕を懐に持っていくとうちから殻を破った。そして余裕のある笑みを浮かべた。

 読み通り彼に集中してやってくる。とても牛頭馬頭と合流し前に進める状態ではない。蹴り飛ばし、頭を掴んで別の妖怪に投げつけ、裏拳を放った。

 徐々に最初の勢いが落ちてゆく。何せ獄卒の鬼や獣をこれでもかと集めてきたのだ、神にも等しい彼らにただの妖怪が敵う訳がない。

 そのうえ後ろには仏が控えており、我々を守る事に専念している。結界だけでも弱小妖怪は吹き飛んだ。

 粗方道が開け前に飛び出す。ややあって牛頭馬頭が合流した、既に元の姿になっており、その冴えわたる聴覚と嗅覚を使って周囲を睨みつけた。

「キリスト、シヴァ、ラー、ゼウスなど、他の将軍もロキを狙って動き出しているようです」

 早足で歩きながら馬頭が告げた。錚々たるメンバーに閻魔は笑う。

「我が先だ。誰にも譲らん」

 然しシヴァがなぜロキを狙っているのか、それは数日前に遡る。

 ヒンドゥー教は大きな寺院のなかにおり、周囲は結界で守られていた。勿論シヴァはロキ側の神であり、彼の世界観も冒涜的なものだった。だがシヴァの子であるガネーシャがロキによって殺された。

 イザナギ、カグツチ以外の神が動き出せず渋っていたのが気に食わず、警告も兼ねて作ったドローンによって射殺。丁度現場を見たシヴァは怒りに染まり、ロキを裏切る事になった。

 遠くの方で誰よりも殺意を見せているのがシヴァ神だ。元ヒンドゥー教である閻魔は視線を逸らして呟いた。

「あれとは関わりたくない」

 そう言いつつも前から突進してきた牛鬼をジャンプで避け、牛頭馬頭の二人が引き止めると共にひっくり返し手刀を急所に突き刺した。

 黒い体毛に覆われた手と白い体毛に覆われた手から血が滴り落ちる。拭う事もせずすぐ大王の傍に駆け寄った。

 ロキがいるであろう神殿に向けて歩みを進める。周囲は神と悪魔の罵り合いで彩られており、血が飛び散った。

 その時後ろから気配を消してやってきた者がいる。邪神の二人組で人の姿をしていた。先に牛頭馬頭をやろうとしたのだろう、剣を引き抜いた。

 刹那、一瞬立ち止まったと思えば次の瞬間にはハイキックを見せていた。両方顔面に当たっており、鼻骨もぼろぼろになって歯も欠けた。どさりと倒れる二人に冷たい眼差しを送り、歩みを進めた。馬の後ろに立ってはいけないと、誰も教えてはくれなかったのだろうか。

 かなり進んだところで一度立ち止まった。牛頭馬頭も続く。周囲を睨みつけた。

「大物が来るな」

 ふっと頭上を見上げる。牛頭が後に続いた。

 そこには酒をあおる鬼がいた。車輪の上に乗っており、片手には巨大なこん棒を担いでいた。一目で酒吞童子だと判る。

 閻魔は黒い腕を出しつつ指を向けた。くいっと挑発してみせる。

 すると弾丸の如く速さで降りてきた。華麗に舞って避ける。牛頭馬頭は一足先に離れており、大王と酒吞童子の一騎打ちを邪魔しないよう、襲ってくる連中を相手していた。

 地面はひび割れ、小ぶりなクレーターが出来上がった。

「おいおい、かなりの戦闘狂だって聞いてやってきたのに、随分とほそっこいな」

 酒吞童子はこん棒を引き抜くと見下しながら言った。身長は牛頭馬頭と変わらない、全身が筋肉の鎧で覆われており、一筋縄ではいかない相手だと気を引き締めた。

 ぐっと酒を飲む。と横からこん棒が一振り。高く跳び上がって避けた。着地すると舌を出し、水滴を受け止めていた。

 瓢箪のなかを覗き込み、残念そうな表情を見せる。

「あらら、なくなっちまった」

 ぽいっと手放すと粉々に割れた。それを一瞥し次に備える。酒吞童子は閻魔を見下し牙を見せた。

「しゃーねえ、テメエの臓物で地獄酒でも造ろうかね!」

 素早く威力のある横振りが連続で来る。兎のように跳びはねて避けながら距離を縮めた。

「そんなにぴょんぴょん跳んでたら、叩き潰されるぜ!」

 横振りのあと、彼が跳び上がってすぐの時、こん棒が頭上に来た。鬼はにいっと口角を引いて勢いよく振り下ろす。破壊音と共に土埃が巻き上がり、牛頭馬頭が振り向いた。

「大王!」

 牛頭が叫ぶ。然し襲いかかってくる化け物に向き直り、拳一つで吹き飛ばした。何も考えず酒吞童子に走り込む。その様子を反対側から見た馬頭が驚き、声を荒げた。

「こんの酒乱が!」

 体格は殆ど変わらない。ぱんっと手を打ち鳴らすと両方に開き突進をかました。然し一瞬身体に触れられた感覚が走ると、なぜか方向が変わっていた。

 変な声を出しながら慌ててブレーキをかける。酒吞童子はその様子を見て大笑いした。牛頭は何が起こったのか分からず、自分の両手を見て疑問符を浮かべた。

 然しぽんっと腹の辺りを軽く叩かれる。視線をやると傷だらけで呪いに塗れた身体が見えた。

「お前は周りに集中しろ。我は平気だ」

 ふっと一瞬笑みが見えた。と思えば消えており、次の瞬間には笑っていた酒吞童子の首元にいた。

 脚で首を絞める。その異様な力に鬼は悶え、身体を掴もうとした。然しふっと消える。地面に着地するとぱっぱっと着物の裾を払った。

 余裕のある仕草にこめかみがひくひくと引きつる。鬼の眼は吊り上がり、暴言を吐き散らすとこん棒を振り回し始めた。

 速度はあがり、威力もあがった。流石に避ける事しか出来ない。受け止めるにしても無理だ。

 ぎりぎりで避け続けていると相手のスタミナが先に尽きた。僅かだが速度が遅くなる。それでも閻魔にはかなりの隙になった。

 一振りを避けたあとそのまま地面を蹴り上げ跳躍。すぐにこん棒を上にあげられず、跳び蹴りが鼻頭に当たった。

 顔を踏んだまま蹴り上げ空中で一回転、綺麗に着地するとざっと走り込んだ。酒吞童子の後ろにいく、秒単位の世界でよろめいた腰に向かってもう一蹴り加えた。

 次は前によろめくのを軽く跳び上がり、手を相手の肩に置いて蹴りを眼元にぶつけた。一旦着地して様子を見る。酒吞童子は歯を食いしばって眼を覆った。隙間から赤い血が流れてくる、恐らく潰れたのだろう。

 息を整え次の動きを考えた。刹那、自分の身体が宙に浮きあがった。視界にとらえきれない程の速度で振るわれたらしい、ちっと舌打ちをかました。身体が言う事を聞かず、背中から地面に落ちた。

 土埃があがる。重たい殺意が近づいてくるのを感じ取り、ぎりぎりのところで横に転げた。その次も転がって回避する。

 口の端から血が漏れる。吹き飛ばされた時か落ちた時かは分からないが、少なくとも衝撃で口内を切ったのは確かだ。ぺっと吐き出して跳びかかった。

 こん棒がぎりぎりまで迫っているなか、相手の髪を掴んで右側の手を全て拳に変えた。振るう際の風圧が髪や耳飾りを揺らし、どくんどくんと心臓が強く鼓動した。

 はちきれんばかりの勢いで全ての拳をぶつけた。こん棒の棘が耳の傍まで、横腹の傍まで、腕の傍まで迫っている。

 血管が浮き出る程に首を固くした、然し閻魔の力の方が強くぼきんっと鈍い音を起てた。ぎりぎりのところで酒吞童子は負け、彼が蹴り飛ばして離れると芯を抜いた人形のように崩れ落ちた。吹き飛ばずにその場で倒れたのはそれだけの力があったという事だ。もしこちらが負けていたら、ロキの顔面を殴る事は叶わなかったのかも知れない。

 短く息を吐き出す。余韻を味わう事なく踵を返した。牛頭馬頭を大声で呼び前に進む。二人の心配した声に短く返し肩と首を回した。

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