第8話

 大王の傍にはヤミーと、牛頭馬頭が控えるようになった。妙にパーティーメンバーが増えた事に煙を吐き出す。

「イザナギの言う通り、お前らはお前らで行動した方がいいだろう」

 妹にすりすりされていてもお構いなし、背後で膝をつく二人に言葉をかけた。然し主に心を捧げた家臣のように、無駄に神妙な声音で否定した。

「いえ、ここに大王がいる限り私達は離れませぬ」

 重々しい二人と軽々しい一人。妙な連中に好かれてしまったと煙管を咥えた。

 長い事昼間だった世界が一変して夜中になった。大きな月が昇り、星々が辺りを照らす。思わぬ変化にアマテラスが火をつけて周った。

 クトゥルフの気まぐれなのだろうか、真意は不明だが夜は夜で奇襲に遭いやすい。より一層警戒するようにイザナギが通達した。

 うつらうつらと船を漕ぐ。畳の上で寝転がり欠伸を漏らす。牛頭馬頭は外の廊下に座っており、こちらもなんとなく眠たげな眼をしていた。

 腹も空かなければ喉も渇かない。然し汚れはつくし睡眠欲はやってくる。その為明るい時から眠気が来たら眠るようにしていた。

 すっと動きが小さくなって欠伸をしなくなった。夢の園へと旅立ったらしい。

 また元の世界で生活している夢が脳内を巡った。それだけ戻りたいと願っているからだろう。あまり表情を変えず心の内を明かさない彼が、一番帰りたがっているのかも知れない。眠っている表情は柔らかく少し幼くも見えた。

 誰もが各々の部屋で過ごしていた。ある者達は語らい、ある者は座禅を組み、ある者らは手を使った遊びをしていた。極々平和に時が過ぎていくだけだった。

 然し、カグツチを埋めた辺りの土が不自然に動いた。動いて動いて、がさっと膨れ上がった。下に何かいるのか、そう見張りの足軽が恐る恐る近づき、襲われるような不気味さを漂わせていた。

 動いていた土は大人しくなり、しんと静まり返った。諦めたのだろうか、それとも力尽きたのだろうか。何を思って動いていたのか分かるどころか誰も気付きはしなかった。

「ふざけるな、俺はそんな事をするたちじゃねえ」

 杯を片手に笑いながらかぶりを振った。スサノオが煽るように身を乗り出す。

「いいや! どこの世界観だろうが親父は親父だ。絶対やるね」

 既に顔が赤く、かなりの酒が回っているのだと理解出来た。ツクヨミとアマテラスは楽しそうに笑い、イザナギは少し困った笑みを浮かべながら否定し続けた。

 世界は違えど、極々平和な家族の図だった。母であるイザナミは残念な事に獣だが、部屋の隅で丸まってよく声を聞いているようだった。何本かある太い尻尾が優雅に揺れている。

 笑い声がこだまするなか、がたんっと妙な音が聞こえてきた。少し近く感じる。四人は辺りを見渡し、イザナミもない首をあげて気にかけた。

「俺が見てこよう。お前らはそこにいろ」

 イザナギが腰をあげ音がした方向の襖を開いた。顔を覗かせて軽く見渡す。一歩踏み入れた。

 焦げ臭い嫌な臭いが微かに漂ってきて、閻魔はふっと眼を開けた。欠伸を漏らしながら上半身をあげる。覚えのある臭いに立ち上がり空気を嗅いだ。

「大王?」

 牛頭はすっかり寝てしまっており、音に感づいた馬頭が振り向いた。何か感じ取っている様子に腰をあげ傍に寄った。馬は犬程ではないが匂いに敏感な生き物だ、一つ息を吸っただけで眼を見開いた。

「イザナキ様らがいる方角でございます」

 人間の姿に化けている為、得意の聴覚を発揮する事は出来なかった。もし彼が元の姿でいたなら、きっと早いうちに対処出来ていただろう。

「父上!」

 部屋の境目で倒れた父に三人は駆け寄った。どろどろと血を流しており、顔色が大層悪かった。

 ツクヨミが仏達のいる方に向かう為廊下に出た。然しざんっという物を切り裂く音のあと、どさりと崩れ落ちた音がした。

 アマテラスが父の身体を抱え、スサノオが歯を食いしばって辺りを睨みつけた。イザナミは既に外へと出ており、屋根のうえから不届き者を見つけようとしていた。

 そこに遅れてやってきたのは閻魔と馬頭、それと叩き起こされた牛頭だった。先にツクヨミを見つけて駆け寄る。首が切断されており、もうこの世界から消えたのだとすぐに判断出来た。

 部屋からスサノオの怒鳴り声が聞こえてくる。障子を開け放つと刀を塞ぐ彼の姿が見えた。相手は土に埋めたはずのカグツチだ。

「あれ、殺したはずだぜ?」

 まだ寝ぼけている牛頭が呆けた声を出す。ざっと駆けだした閻魔を見つつ馬頭がきつく返した。

「殺し損ねたのだろう」

 本当にそうなのか、閻魔は背後からカグツチの首を狙った。手刀を叩きこむ、はずだったが一瞬にして消え、スサノオと眼が合った。慌てて自分の身体にブレーキをかける。

 気配が消えた。と言うより充満していてどこにいるのか特定出来ない。

 牛頭馬頭に指示を出しスサノオと背中を合わせた。上はイザナミが見ているし、イザナギの傍にはアマテラスがいる。指示を受けた二人は立ち位置を変えると姿を戻した。更に身長が高くなるためばきばきと鴨居を破壊した。

 静まり返る。すると馬の聴覚がセンサーのように働いた。

「大王から見て左前斜め上!」

 空気を揺らす大声にすっと構えた。一瞬にして六本の腕が伸び、全ての手が現れたカグツチを捉えようとした。

 その時、牛の嗅覚が微細な匂いの変化を感じ取る。

「一振り横!」

 同じ声量で放たれた情報に余裕を持って反応する。相手の腕の位置から剣筋を読み、ヒットするだろう筋から腕を引いてぎりぎり避けられる分は構わず伸ばした。

 予想通りに白刃が舞い、一秒ももたずに黒い手が髪を掴み、服を掴んだ。そのまま勢いをつけて押し込むと素直に倒れる。

 上を取る一瞬間に余っている手で刀を叩き折った。眠りから覚めたばかりの彼は体力もなにもかも満たされている。有り余る程の力が筋肉に供給され続けているのだ。

 刀を折られ上を取られたカグツチは喚き散らして手を伸ばした。なにもかもを捨てた獣のような勢いで抵抗をはじめる。

 腕の数でどうにか捌いているがそれでも力は増えてゆく。タガの外れた猛獣と全く同じだ。彼が苦戦しているのを見てスサノオが動いた。

「動くな!」

 然し怒鳴り声が彼を制した。ぴたりと身体が止まる。手を押さえ込んで隙間隙間に拳を顔面にぶつける。身体の熱があがって汗が流れた。

「警戒を続けろ」

 比較的落ち着いた声で続けるとスサノオは肯き集中した。その間、牛頭馬頭は得意な感覚を研ぎ澄ましてセンサーを張り巡らせ、イザナミは連携していないのにも関わらず外界からの侵入に対してこれでもかと警戒を見せた。

 手を跳ねのけた次に体重を乗せた一発をお見舞いしてやった。深く入り込んだのか一瞬相手の力が緩んだ。顔も呆けたものになり、眼球からは光が消えた。

 油断せず、今度は手刀を作って喉を狙った。然し。

「回避!」

 牛頭の裏返った声にすぐさま動き出した。だが座っている状態が足かせとなり、数秒遅れる事となった。ぶわっとカグツチと閻魔を取り囲む火炎が巻き起こった。

 その場にいる全員が驚き、炎は屋根を突き抜けてイザナミの足元にまで届いた。間一髪で避けたものの、あまりにも凄まじい熱量と勢いに一瞬たじろいだ。

「大王!」

 牛頭馬頭が持ち場を離れて動き出す。すると火炎のなかから転がり出てきた。火傷はしていないがゲホゲホと酷い咳を繰り返した。

 近い位置にいる牛頭が膝をついて背中を擦った。炎はまだカグツチを包み込んでおり、誰も手だしが出来ない。馬頭は回り込んで大王の傍に寄った。

「喉が焼けたのでしょう。失礼します」

 そう言うとがっと口を手で覆った。思わぬ行動に眉根を寄せ黒い腕を叩く。それに牛頭が軽く説明した。

「俺らの仕える大王は呵責を受けているんです。それで熱した銅を飲ませており、俺らはある程度の治癒が出来るよう、地蔵菩薩様から教えてもらったのです」

 閻魔は納得したのか小さく肯いた。大きな手で口を覆われているものの力は強くない。

 馬頭が彼の喉を癒しているあいだ、嗅覚を使って相手の動向を探ろうとした。然し炎と焼けた臭いに遮られ、微細な粒子を感じ取る事が出来ない。少し唸ってスサノオの近くに寄った。

「火炎に紛れて移動してるかもしれねえ。スサノオ様もアマテラス様も動かぬように」

 低く言いつけると広い視野を使って背後のアマテラスも確認した。なるべく細かい匂いを嗅げるよう集中する。

「あと少しでございます」

 馬頭が静かに言った。手が徐々に離れてゆく。

「けほっ……牛頭、煙が酷くありませんか」

 アマテラスが一つ咳き込み大きな牛を見上げた。傍に倒れているイザナギはもう死んでいるが、状況が状況なだけに気付く事が出来ないでいた。

「口元を押さえてくだせえ」

 そう言いながらも不可抗力で煙を吸っており、くらりと視界が揺れた。それはスサノオも馬頭も、閻魔も同じだ。全員平等に煙を吸い始めている。

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