第六雛

 建物に入る。

 さっきの女性に聞いた『冒険者ギルド』である。つまり、王道をまたひとつクリアしたことになる。ちょっと、嬉しくなってしまうな。


「……」 


 一人で入口付近に佇みニヤニヤしていると怪しいので、中に進む。

 中は、騒々しい。

 正面にはカウンターがあり、人だかりができている。向かって左はホールでこちらも人だかり。壁際にはイスもあり、立ち話に興じる者たちやイスに座って待機している者もいた。

 右を見れば奥の方から嬌声が流れてくる。鼻腔をくすぐる香りもするので、ホールレストランのような形式になっていると見受けられた。

 ちょっと、場違いな感じがする。外国のホテルに迷い込んだようだ……。床は落ち着いた色の木を使っており壁紙や調度も大人の雰囲気たっぷり。


(場末の汚い酒場で荒くれ者に絡まれて、華麗にやっつけて、綺麗な受付嬢と仲良くなりたい!)


 思わず、欲望丸出しの心の叫びを上げるがそれどころではない。受付には男性しかいないのだ!

 ……じゃなかった、人が並んでて忙しそうで、なかなか並びにくい。

 俺は、こんなとこでも引っ込み思案な性格が出てしまう。とりあえず並ぶしかないんだが……。


「……」


 並んでみると、更に居心地が悪い。周りは鎧を着た大男や怪しげなローブの男だけでなく、いかにも自分は綺麗と主張するかのような色っぽいお姉さんやキリッとした女戦士……。ドキドキして居心地が悪い!

 てか、みんな一人じゃないからな。アウェー感ハンパない。

 しかし、落ち込んでもいられない。考えようによっては凄いシチュエーションだ。

 異世界に来て、冒険者ギルドなんかに並んでる! これから始まる冒険に胸踊らないわけはない! 異世界情緒バッチリである。

 やっぱり、そう考えると興奮するな……。

 しかし、人間観察すると、飽きがこない。防具や武器も様々で、物語を感じさせてくれる。この人たち、どんな人たちなんだろう……。

 なんだか、特撮のハリウッド映画を観ているようでもある。俺が周りをジロジロ見ていると、短衣にスカート(?)という少女と目が合う。緑色の髪色が想像を掻き立ててくれるが、いやに軽装だな。

 ウインクひとつ残し、自分の仲間たちの話に戻るところがお茶目といっていいんだろうか。俺がこの先パーティーを組むなら女性もいるパーティーが最低条件であろう。

 なんだか、夢が膨らむな……。


「次の方、どうぞ」


 ……あ、順番来たみたい。一瞬わからなかった。妄想癖は程々にしておかないと、周りから置いていかれる。これも俺の特質なんだが……。

 とにかく今は相談してみなければ……。


「はい、あの……」


 俺はここでも自分の境遇を一生懸命説明してみた。もちろん、先程の設定とおりだ。


「あの……」


 受付の中年男性が汗をかきながら確認してくる。


「まだお若いようですが、親御さんとか近くには……?」


 若い? もう三十路過ぎてますが……。と、ふと見ると、近くに鏡があり、その中の俺は確かに若い! 中学生くらいか! 身体が修復されたときに若返って修復されたのか。これは嬉しい反面、戸惑ってしまう。


「いません。もう十五歳ですし……」

「そうですか。まだ未成年なのに」


 などとう返しに、十五歳は未成年との知識も得る。見かけから、俺は十五歳という年齢設定にしてみた。しかし、『未成年』という概念もあるんだな。


「知り合いとかいませんか? 身元引受人がいると、身分証も発行できますが……」


 いません。もちろん。

 僕が困っていると、受付の人も察してくれたらしい。別な案内を始める。

 どうやら、身寄りのない人の支援団体で、一日くらい泊めてくれるらしい。

 ……現実的だ。なんか、冒険心が萎む。しかし、気を取り直して考えるとそれが妥当なとこか。

 僕が有り難く案内を確認しようとしたところ、


「おうおう、年端もいかないガキが冒険者ギルドになんの用だ」


 野太い声がかかる。

 キ、キタァァァ! これはアレでしゅ! 典型的なテンプレだ! 俺はキャラクターも忘れて喜んでしまう。まさに王道の絡まれ方だ。


「ふっ。関係ないだろ……」


 どんなセリフがいいか、もう興奮でわからないが俺はとにかく気取って声の方を向く。厳つい大男がこちらを睨んでいるに違いない。


「……?」


 そこには、革の鎧を着た小柄なオッサンがいた。ご丁寧にバーコード頭だ。激しく想像と違う。

 あれ? 今の……、この人?


「おぉう、それは悪いな」


 ちょっとコミカルとも言える動きでその男性は笑顔を浮かべる。声は野太い。一見して疲れたサラリーマン風なんだけど。革鎧も激しく似合ってない。


「まあ、良ければ身元引受人になるよ」

「え、セセコさん、いいんですか?」

「いいよいいよ。困ってるんだろう、このボーズも」

「助かります」


 なんだか、話がまとまりそうだ。

 あれ? なんだか親切な人なのかな……。

 俺が戸惑っていると、受付は作業を始める。

 名前を聞かれたので『ショウセイ』と名乗る。しばらくすると、受付から一枚のカードを渡された。


「説明もしとくよ」


 とバーコードの男性ーーセセコが、受付に言う。受付は助かったとばかりに笑う。俺はカードを手に、この流れに乗ることにした。


「とりあえず、こっち」


 セセコから手招きされた。その後方では、セセコの仲間らしき人物が受付と話を始めていた。


「ありがとうございます……」


 なんだか拍子抜けしたが、親切にしてもらったようなので礼を言う。


「おう、お互い様だ。ここは初めてか?」


 セセコはニヒルに笑う。そうすると意外と様になるな、この人も。

 ちょっと失礼なことを考えつつ、俺は例の設定を伝える。


「そうか、まあ数日間は支援団体が面倒見てくれる。その間に身の振り方を考えるんだな」


 といい、ギルドでの仕事の受け方などを簡単に教えてもらった。話を聞く限りでは、日雇いの作業があるため生活はなんとかできそうだ。少し金を貯めれば部屋も借りることができることも判明した。

 色々教えてもらおう、と考えたが『もう時間だ』とセセコがそう区切りをつけた。

 俺も迷惑をかけるのは本意でないため、改めて礼を言う。


「いいってことさ」


 とセセコが笑い、俺に小さな革袋を投げてよこす。中には、銀貨が入っている。『餞別だ。一日分の宿泊代金にはなる。頑張れよ』とセセコが激励してくれた。

 これは嬉しい。今夜は寝るところの心配をせずに済むため、安心だ。しかも、ギルドに宿泊施設が併用されており、そこに泊まれるようだった。何から何まで、助かる。

 テンプレだの何だの、騒いだ自分が恥ずかしい……。



 その後は食事、宿泊の流れで、気がついたらもう朝である。

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