第五雛

「炎、炎……」


 俺は飛びながら炎の魔法について考える。

 掌から炎が出ないか、意識を集中させたり『炎よ!』なんて声に出してみたが、一向にその気配はない。

 ……もしかして、『荒れ狂うマナよ、炎を象りて全てを焼き尽くせ!』とか呪文が必要なんだろうか。それはかなり抵抗があるな……。


「おい、何をブツブツ言ってんだよ」


 クロマルがシャツの中から顔を出す。

 ……こいつに聞いてもわかんないんだよな、と思いつつ、


「普通の人間が魔法を使うとき、呪文とか唱えてた……?」


 と聞いてみる。


「む……。『呪文』ねえ……。人間も魔法を使うときに呪文とかいらないはずだけど。良くわからないな……」


 ほらな。やっぱり知らないことだらけだな。


「『えい!』とか『おりゃあ』とか言いながら魔法使ってたと思うが」


(……気合魔法か!?)


 クロマルの言葉に、鼻水が出そうになる俺。

 ……クロマルの記憶が正しければ集中すれば魔法は使え、気合いというか、掛け声で魔法が出現しやすくなるのだろう。


「ふーん……」


 とか言いながら飛んでるけど、もう四時間くらいならないだろうか。跳びつつ、だけど。

 そろそろ薄暗くなってきた頃、街らしきものが見えた。


「お、おお!!」


 思わず感動で目頭が熱くなる。ツーン、とした。

 街らしきものは、草原の中に威容を誇るかのごとく聳えていた。街はかなりの大きさがあるようで、建物が途切れると畑のようなものも広がる。街中は無数の建物が建ち並び、窓には灯りが点っている。

 人々の動きも見え、何故か物悲しい気持ちが滲んできた。

 ……俺はこのとき、新世界が目の前に開けた高揚感と同時に、故郷にはもう戻れないという寂寥感を味わうという、複雑な心境だった。そんなことはないだろうが、あの街に入ってしまうと二度と元の世界に戻れないという錯覚に陥った。


「……」


 そんな感情もあり、俺は草原で立ち竦んでしまう。あんまり近づき過ぎて、建物の素材までわかりそうな地点に来ているのに。

 特に塀があって門が設けられているとか、そんなことはない。草原がから急に郊外が始まるような感じだ。

 建物が建ち、畑が広がる。少し歩けば、高層の建物が密集する地域まで行ける。


「おお……」


 どうしても二の足を踏んでしまう。とりあえず、中に入ってみないことには始まらない。

 どうして良いかわからず、思考が鈍くなってしまう。


「よしっ……」


 俺はなんとかそれだけ絞り出し、歩き始めた。


 ーーこういう場合には身分証って必要なんだろうか。

 ーー服装が他の人と違うから、怪しまれるかも。

 ーーそもそも、言葉は通じる?

 ーーいきなり襲われたらどうする?

 ーーお金がないと、店に入れないよね……。


 歩きながら、様々な疑義が生じる。ほんと、どうすればいいんだろう。

 頭が混乱しながら歩く。軽く汗が出てくる。

 風は涼しいが緊張して暑くなっている。

 街は十分も歩くと様変わりする。畑が少なくなり、建物が高くなる。人も目に付き始めた。

 黒い肌の人、赤髪の人、大男、小柄な女性、鎧を着た戦士、上半身裸で荷を動かす人夫、露店らしきところで声を張り上げる露天商、建物の入口で辺りを窺うドアボーイ……。

 俺は思わず感嘆の溜息を漏らす。これは圧倒される。街中の人いきれから、ひしひしと生命力を感じる。汗の臭いや芳香剤、アルコールから物を焼く香ばしい匂い……。騒々しく、活気に溢れている。

 凄まじいエネルギーがあった。と、同時に物怖じしてしまう自分がいた。耳を済ませば、言葉がわかる。問題なく会話はできそうだ。ただ、誰にーー、何とーー、声をかけるというのか。

 日本にいた時より、ボッチ感が強い。ーー異世界に来たとしても、俺の本質が急激に変わるわけでもない。社交的に知らない人に話しかけに行くのはなかなかハードルが高い。


「おい……。これからどうするつもりなんだ?」


 今まで静かだったクロマルが話しかけてくる。あんまり俺が挙動不審だったので、見るに見かねたようだ。


「あ、ああ。どうしよう」


 つい素で答えてしまう。


「どうにか、ねぐらが確保できないか?」

「そ、そうだな」


 確かにそのとおりだと思う。拠点みたいなものがないと、落ち着けない。拠点の確保をまずは優先させないと……。

 で、結局どうすればいいんだろう……。

 いまいち勇気がないから情報収集どころか、まだ誰とも話していない。こんな時、都合の良いイベント発生でも期待してしまうが、街ゆく人は俺に見向きもしていない。



 とりあえず文化もわからないから公的機関に相談できるのかギルド的な助け合いの機関があるのかもわからない。

 どちらにせよ誰かに話しかけなければ……。

 ない知恵を振り絞って、結論付けたのがようやくそれだけである。我が事ながら先が思いやられる。


「おし、話しかけてみよう」


 俺は気合いを入れ、近くを通りかかった女性に助けを求めた(?)。


「すういませっん。どうすればいいかわからないんですが」

「???」


 思いっきり不審顔をされる。

 ……当然か。我ながら変な質問した。


「……え? どうしたのかしら? 何かお困りごと?」


 しかし女性は、親切な対応をしてくれる。そんな風に聞き返してきてくれて、俺は思わずホッと安堵の表情を出してしまった。

 年齢三十ウン歳にもなろうかという男子がこれでいいのか、とも思うがしょうがない。

 一生懸命境遇を説明しようとするうちに、


「なるほどね、遠い国から旅をしてきて、持ち物を無くしてしまったのね……」


 という設定になった。とりあえず、乗っかることにする。しかし、この女性はまだ若い感じで、二十歳そこそこの娘さんだろうに何か下に見られてるようで落ち着かない。背は俺のほうが高いみたいだが、あやされてる子供のような扱いだ。この世界の人は距離が近いんじゃないか。

 それって、典型的な日本人の反応か、なんてどうでもいいことを考えてしまう。


「あそこは『冒険者ギルド』と言って、公的機関になるの。あそこで仕事をもらえたり、身分を証明してもらえるかも。まだ遅くまで営業しているから、相談すると良いよ」


 と女性は優しく教えてくれた。

 へー、典型的な流れに乗れそう。嬉しくなった俺は女性に礼を言う。『じゃあ』とそそくさとその場を離れる女性に、密かに一抹の寂しさを感じる。

 ーー会話した異世界人第一号の人だった、とくだらないことを思いつつ、女性がそれなりの美人であったことに気持ちが高揚もした。

 ……俺は惚れっぽくもある。


「行ってみよう」


 と声に出して歩き出す。

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