1、危険な幼馴染
「おはよう颯君」
僕が布団の上で目を覚ますと、後ろから抱き着いていた幼馴染の立花詩音が、耳元で可愛らしくささやいた。あまりのくすぐったさに軽く視線を送ると、そこには制服をきちんと身にまとった彼女が———今日はツインテールか———が、にこにことほおを緩めて僕のことを見つめていた。その安定の可愛さに僕の頬も緩む。
「おはよう、詩音」
「っ……!まだ駄目、だよぉ!」
彼女が僕の目を覚まさせてくれたのに、どうやら起きてはほしくなかったみたいだ。視線がばっちり合ってからきっかり10秒後、彼女は慌てた様子で両手をかぶせて僕の視界をふさいだ。その力強さに、起こしかけていた身が布団に逆戻りした。まだ自分のぬくもりが残った布団は、ほんの少し湿っていて、そこに彼女の寄り添ってくれていた時間もしみ込んでいるなんて考えたら、少しぞくっとしてしまった。
「……む~……颯君?」
いけない、つい自分の世界に浸ってしまった。少し不満げに頬を膨らませた様子の彼女に意識を向けなおす。
きっと、いつものあれを所望しているんだろう。心の中で「はいはい」ってつぶやいて、でもそう口に出したら彼女がしょげてしまうから———そんな姿も可愛いけれど———、なるべく簡潔に、いつものセリフをつぶやいた。彼女の最も望んでいた一言を、
「もういいかい?」
って、ゆっくりと。
寝起きであまり声が出ない状態だったから、少しかすれてしまった。慌てて言い返そうとするが、彼女と決めたルールは、言い直していいなんてことはなかったはずだ。
どうすればいいか戸惑っていると、その様子がおかしかったのか、声を堪えながら笑う彼女の様子が背中越しから伝わってきて、つい耳まで赤くなってしまった。
「笑うなよ、詩音!」
つい起こり口調になってしまったけど、彼女はあんまり気にしていないみたいだった。「ごめん、ごめん」っていいながら、もう一度僕の背中に腕を這わせて、耳元で返事を返してくる。
「まぁだだよ」
その鈴を転がしたみたいに軽快で、それでいて胸の中がぞくりと粟立つくらい艶っぽい声でつぶやいた彼女は、僕が動かなくなったのを確認して、部屋のクローゼットをぱたぱたと開け閉めし始めた。
「……?」
「はいっ、もういいですよ!」
疑問に思っていた時間もあっという間に過ぎて、詩音が僕の布団をゆっくりはいでくれたので目を開ける。するとそこには僕の制服を小さな手で抱えながら布団まで持ってきてくれた彼女の姿があった。
「はい、颯君の制服、だよ!今日は、私が!……これ、着させてあげるね!」
「え、さすがにそれは……」
「遠慮しないで!それに、今日のは、これだから……」
「……え~……」
有無を言わせぬ彼女の言葉に思わず頬が赤くなる。
あの日、口下手な彼女のために、毎日お願いを聞いてあげると約束したときに提示されたのが、この……「もういいかい?」をいって、「まぁだだよ」って彼女が言ってから、何らかのアクションを起こすまで目をつむって、彼女のタイミングで、彼女のしたいことを受け入れるというもの。ゆっくりしか自分の言いたいことを話せない詩音のために、彼女の時間を作ろうと自分から言い出したことだけど、最近恥ずかしくなって来たりしている。
最初は遠慮がちだった彼女が、だんだん大胆不敵になっているから。まぁ、小さいころからずっと好きだったから、いやだってことはないのだけれど……
「さすがに恥ずかしいよ、詩音」
「でも、約束、してくれた、じゃん!……だめ?」
「うっ……」
そんなにかわいい瞳で見つめられたら、断る理由なんてすべて吹っ飛んで行ってしまう。その気に押されて思わずのどがこくりとなった。
最近、詩音が毎朝起こしに来てそれをやっているからあまり意識していなかったが、彼女は制服で自分はパジャマなのだ。この前のブームは料理で、起きたてに「まぁだだよ」って言われて、そのあとの「もういいよ」で下の階の料理を見せてくれていたから、その間に自分の手で着替えて降りていたのだが……
今日はついに着替えの手伝い……さすがに詩音相手だとはいえ緊張する。最近は女子だけじゃなく、男子にだって恥ずかしがる権利はあると……、思う。たぶん。
でも……!
「お願いします……」
「!はい、承り、ました!」
彼女の笑みに対してその権利はすべて吹っ飛んでしまった。もうこれは不可抗力だと思う。避けられない……
にこにこしながらゆっくりとパジャマのボタンに手を伸ばす彼女のために、胸を突き出して、とりやすいようにしてあげた。
「ありが、とう!」
そういいながら僕の上にとんと乗っかって、胸に両手を当ててボタンを取りにかかる詩音。その可愛すぎる視界に僕の心はいよいよキャパ―オーバーしそうだ。
この幼馴染、危険すぎる……!
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