彼女である幼馴染に浮気がバレて逃走してたらいつの間にかタイムリープしており、もう過ちは繰り返さないと誓ったものの、ついついまた浮気しちゃうのは、全部タイムリープが悪いから仕方ない件

くろねこどらごん

第1話

 俺、霞音静夜かすみねしずやは夜が好きだった。


 暗い空。静まり返った世界。身を包む冷たい空気。

 夜を形成する全ての要素が嫌いじゃなかった。

 今は夏で空気は暑いままだけど、それでも俺は夜が好きだ。

 自分の名前と同じ静かで暗い夜が、俺はお気に入りだった。

 そんな本来静かだったはずの夜に、静寂を切り裂く叫びが木霊する。


「静夜ぁぁぁっっっ!!!テメェ待てコラァァァァッッッ!!!!!」


 そう叫びながら俺を追いかけてくるのは、幼馴染にして恋人である七海夕姫ななみゆうきだった。

 本来整っていた顔は今は悪鬼の如く歪んでおり、ツインテールの髪を揺らしながら疾走してくる姿は、都市伝説と化してもおかしくないダークなオーラを纏っている。

 早い話がブチギレており、俺は彼女に捕まらないよう、全力で逃走している真っ最中というわけだ。

 いやはやどうしてこうなってしまったのか、皆目検討がつかないんだがな。やれやれだぜ。


「テメェが浮気したからだろうがああああああああああああ!!!!ボクという彼女がいながら、なにしてんじゃお前はあああああああああああああああ!!!」


 あ、やべ。どうやら声に出てたらしい。

 言うつもりもないのにちょくちょく内面の声が漏れ出てしまうのが、俺の悪い癖だった。

 こうして夜の街を逃げ回るきっかけになったのも、うっかり夕姫の前で他の女の子とも、付き合うようになったことに関して口を滑らせてしまったからだ。

 とはいえ、そんなにひどいことを言っただろうか?

 たまたま夕姫のデートにした際に、昼ご飯を食べたファミレスのウェイトレスさんがたまたま可愛かったので、たまたま持ち合わせていたノートに電話番号を書き、たまたま夕姫の目を盗んで、たまたま連絡先を渡し、たまたま返信をしてもらえたからたまたま何度かやり取りしてたまたま実際に会ってあれこれして、たまたま付き合うようになったというだけの話なんだがなぁ。いやぁ、たまたまって怖いね!


「たまたま連呼したら許さるとでも思ってんかゴルルァァァァァァァッッッッ!!!!!テメェのきんの○まをもぎ取って、おじさんに5000円で売りつけてやろうかああああああああああああああああ!!!!!」


 何故か夕姫は、めちゃくちゃブチギレていた。

 怒りでギアが上がったのか、夕姫の走るスピードが更に上がる。

 運動神経が抜群なのに加え、夕姫はスラリとしたモデル体型の持ち主だ。

 姿勢も様になっており、なにより貧乳であることから受ける空気抵抗もグッと減るという利点が…


「殺すうううううううううううぅぅぅっっっ!!!!!」


 いかん、地雷を踏んでしまった。

 本人は結構気にしてんだよなぁ。まぁ実際は貧乳どころか絶壁なので、貧乳という言い方も多分にお世辞が入っているんだが。

 今だってシャツが汗で肌に張り付いている状態だが、膨らみなんてものは存在しない。小学生どころか、幼稚園児にすら劣るのではないだろうか。


「うがああああああああああああああああああああああ!!!!!胸の話はすんなっつってんだろうがよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


「ちょっ、夕姫!待て、落ち着け!冷静になれって!」


「これが落ち着いていられるかああああああああああああああ!!!そもそも逃げるなああああああああああああ!!!!!お前が止まればいいだけだろうがあああああああああああああああ!!!!!」


 まぁ、それはそうなんだが。

 でもそのブチギレ具合だと、多分止まっても怒りを収めてくれないですよね、夕姫さん?


「当たり前だろうがああああああああああああああああ!!!」


 ですよねー。じゃあ逃げるわ。

 俺は気持ちいいのは好きだけど、痛いのは嫌いな男なのだ。

 そのことを、夕姫も覚えていてくれるとすごく助かるカナー。


「都合のいいこと言ってんじゃねぇぞこのボケが!!!とにかく一発殴らせろゴルァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!」


 うん、こりゃダメだわ。

 怒りが収まる気配がまるでない。

 かといって、立ち止まって殴られるつもりもないんだけどさ。

 あの感じだと、とても一発で済むとは思えん。タコ殴りにされる可能性があまりにも高すぎる。


「悪いがそれは御免こうむる!俺はイケメンのままでいたいんだ!夕姫だって、彼氏の顔はいいままのほうが嬉しいだろ!?」


「あーそうだねぇっ!!!浮気しなければという前提が、ちゃんと成立していればの話だけどねぇっ!!!!!」


 声を張り上げ叫ぶ夕姫の言葉に、俺は頷かざるを得なかった。

 確かにその通り。浮気なんて最低だ。彼女だって悲しむし…

 うん?いや夕姫はブチギレてるけど、悲しんではいないよな。

 むしろ殴りにかかってきてるし。殴られたら痛いし暴力に訴えられたら、フェミニストである俺は反撃なんてできない。そのまま無抵抗で殴られるしかないし、そんときゃ俺も一転暴力を受けた被害者の立場となる。

 つまり、俺と夕姫は対等に悪いってことになるよな…じゃあ別に浮気しても問題なくね?


「ダメに決まってんだろうがああああああ!!!そもそも浮気したてめーが全部悪いんだよ!!!自分だけに都合のいい超理論持ち出すんじゃねぇクソがぁっ!!!」


 ちっ、ダメだったか。ワンチャンイケると思ったんだがな。

 まぁそんなこんなで走り回っていると、気付けば俺達は街の裏路地まで迷い込んでいた。

 道は狭い上にほの暗く、走るには不向きな場所であるため、自然とスピードを落とさざるを得ない。

 そうなると距離を詰められるのも自明であり、夕姫の足音がだんだんと近づいてくる。

 俺は着実に追い詰められつつあった。


「く、くそっ!」


 なんとか撒こうと道を曲がるも、そこは行き止まりだった。

 相変わらず狭い道の先には、行く手を阻むがごとく塀が道を塞いでおり、逃げ場がないことを如実に示している。胸を絶望感が襲い、思わず足を止めてしまう。

 それが致命的だった。


「もう逃げられないぞっ!!!いい加減観念しろっ!!!」


「くっ、追いつかれたか…!」


 響く足音と声。近い。もうすぐそこまで来ている。

 今から道を戻ったところで、逃げ切ることはできないだろう。捕まってしまうのがオチだ。そして俺はマウントポジションを取られてタコ殴りにされてしまう。


「それは嫌だ…!」


 そうなると…取るべき道は、ひとつしかない!


「俺は絶対…捕まるわけにはいかないんだぁっ!」


 俺は塀に向かって全力でダッシュした。

 同時に視界の端で、ツインテールが揺れて見える。間一髪、こちらの判断のほうが優っていた。


「見つけたぞぉっ!」


「とうっ!」


 背後から声が飛んでくるも無視をして、そのまま勢いよくジャンプし、壁を蹴る。

 ギリギリではあったが、なんとか一番上の部分を掴むことに成功した。気分は映画泥棒のパルクールだ。ド○ブラ映画は最高だったぜ!


「なっ…!くっ、なんて諦めの悪いやつだ…!」


「へへっ、どうよ夕姫。もうこれから追ってこれないだろ!俺の勝ちだ!」


 そのままなんとかよじ登ると、俺は振り返り、夕姫に向かってニヤリと笑った。

 ここは俺にとっての安全地帯だ。夕姫の身長ではこの塀にはそもそも手が届かないからな。

 従って、俺を追うには遠回りをして別ルートからの捜索が必要になる。

 俺はその間に悠々と逃げればいいだけ。一瞬ヒヤッとしたが、災い転じて福となすとはこのことだ。

 日頃の行いってやつは大事だな!これからも女の子と、たくさん仲良くしてやるぜ!


「全然懲りてないなお前!降りて来い!そして一発殴らせろやああああああああああああああああああ!!!!!」


「はっ、誰が殴られるために降りるかよ!あばよとっつぁん!俺は自由の世界へ逃げ切るぜ!アイキャンフラーイ!」


 そう言い残し、俺は塀の向こう側へと飛び降りる。

 その先に、希望の未来があると信じて…!


「逃げんじゃねええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!絶対に逃がさないからなああああああああああああああああ!!!!!」


 しかし、何故だろう。

 背後から聞こえる夕姫の負け惜しみじみた絶叫が、やけに遠くから聞こえたように思えた。




 ※




「……や、静夜!」


 声が聞こえる。女の子の声。よく知っているような気がする声だ。

 ただ、すぐ近くから呼ばれているような気がするのに、どこか遠くから聞こえてくるような感覚があるのが分からない。


「ねぇ、静夜ってば!」


 まるでまどろみの中にいるかのような、そんなふわついた気分のまま、俺は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。


「あ、起きた?ねぇ大丈夫?いきなり目を瞑ったりして、どうしたの?」


「うおっ!夕姫!」


 途端、一瞬で眠気が吹き飛び跳ね起きる。

 目の前に、ついさっきまで俺のことを悪鬼の形相で追いかけてきていた、幼馴染の姿があったからだ。


「うん、ボクだけど…ていうか、その反応なんだよぅ。傷つくじゃないか。せっかく心配してあげたのにさぁ」


 拗ねたように呟きながら、手に持っていたパンを口元に運ぶと、小さくかじりつく夕姫。

 食べながらも上目遣いで俺を睨むその表情は、本来の愛らしい彼女そのもので、怒りの色はどこにもないように思えるのは気のせいだろうか。


「あ、いや、ごめん。てか、ここは…?」


 謝りながら周囲を見渡すと、そこは俺の知っている場所だった。

 というか、通っている高校の教室だ。休み時間なのか生徒の数はまばらだったが、それでも皆見覚えのある顔ばかり…って、ちょっと待て。


(さっきまで夜だったよな。てか、外走ってたはずなのに、なんで俺学校にいるんだ?)


 おぼろげだった記憶がじょじょにハッキリしてくるが、同時に襲ってきたのは違和感だ。

 自分がいたはずの場所も時間も、なにもかもが違ってる。

 言いようのない不安に包まれて、俺は思わず夕姫に尋ねていた。


「なぁ夕姫。俺ら、さっきまで夜の街を走り回っていたはずだよな」


「んにゅ?んっく、何言ってんのさ。ずっと学校いたじゃん。もしかして寝ぼけてたりしてる?」


 パンをモグモグと食べていた夕姫が顔を上げると、そんなことを言ってくる。

 俺からすれば寝ぼけたことを言っているのは夕姫のほうなのだが、どうも誤魔化している雰囲気でもない。


(…どういうことだ)


 嫌な予感がする。俺はポケットからスマホを取り出し、即座に日付を確認すべく、指先でスライドするのだが…


「マジ、かよ…」


 俺は愕然とせざるを得なかった。

 そこに表示されていた日付は、確かに一ヶ月前の今日であることを示していたのだから。


(時間が巻き戻っているってことか…?タイムリープっていうんだっけ。でもなんで…あの塀から飛び降りたから、か?)


 混乱する頭で考えをまとめようとするものの、どうにも上手く働いてくれやしない。


(…情報が足りねぇな)


 少し落ち着く必要があるかもしれないと、席に座り直した俺は、椅子にもたれかかり息を吐くのだが、気付けばパンを食べ終わったらしい夕姫が、何故か俺の顔をじっと見つめていた。


「ん?どしたよ夕姫?」


「どしたのじゃないよ。さっきから大丈夫?もしかして疲れてるんじゃない?平気?」


 俺が聞いた途端、矢次に質問してくる夕姫。

 大きな瞳は不安げに揺れていて、俺のことを心から心配してくれているのが見て取れる。


「大丈夫だって。そんな顔してるの似合わないぞ。うりうり」


「あっ!?ちょっ!?あ、頭撫でるなぁっ!?」


 そんな夕姫をつい可愛く思ってしまい、気付けば幼馴染の頭を撫でていた。

 触り心地は大変良くて、シルクのように滑らかだ。

 俺の好きな手触りで、そういえば最近は夕姫の頭を撫でる機会が減っていたことを思い出す。


(そういや最近ウェイトレスさんにかまけっぱなしで、夕姫のことおざなりにしてたもんなぁ…)


 そのことも、夕姫があそこまでブチギレた原因のひとつだったのかもしれない。

 そう考えると、なんだか彼女に申し訳ない気がしてくる。


(……一ヶ月前っていったら、まだウェイトレスさんに手を出してない頃だよな。そもそも会ってもいなかったけど)


 俺の記憶が確かなら、あの人に出会うのは次の休みのデートの時だから、まだ遭遇すらしていないはずだ。

 つまり、浮気もまだということ。もし本当にタイムリープしているというのなら…この可愛らしい彼女を、傷付けずに済むかもしれない。

 ブチギレながら俺を追いかけてきたのだって、俺に浮気されたことがショックだったからだろうしな……本当に、悪いことをしたと思う。反省だ。


「ごめんな、夕姫」


 もう浮気はやめよう。これからは、夕姫だけをちゃんと愛そう。

 今の夕姫には関係ない話かもしれないが、心の中でそう誓った。


「?なんで謝るのさ。やっぱり今日の静夜、どこか変だよ」


「気のせいだって。あと俺、ちょっと購買行ってくる。なんか欲しいものあったら、ついでに買ってきてやるよ。なんかあるか?」


 なんとなくバツが悪くなった俺は、曖昧な笑みを夕姫に向けると、敢えて明るく振舞った。

 罪滅ぼしというには安すぎるかもしれないが、なにか奢ってやろうと立ち上がる。


「え。奢るって本当?やっぱり静夜、頭でも打ったんじゃないの…?」


「失敬なやつだな。ないなら行くぞ」


「あ、待った待った!じゃあオレンジジュース。果汁100%のやつがいい!」


 俺が背を向けた途端、慌てて欲しいものを口にする夕姫。

 その様子が可笑しくて、俺は彼女に気付かれないよう、了解の合図に手をヒラヒラさせながら教室から抜け出すと、廊下へと歩を進めた。


「うーん、浮気はよくねーよな。やっぱ。これからは心を入れ替えて…」


「ちょっといいかな、霞音くん」


 頭をボリボリと掻きながら、自重を試みていたのだが、俺の名前を呼ぶ声に釣られ、反射的に横を見る。そこにいたのはうちのクラスの委員長である志田未来しだみらいだった。


「ん?ああ、委員長か。どうしたん?」


「別にどうってわけでもないんだけど、購買に行くって七海さんとの会話が聞こえてきたから。一緒に行かない?」


 そう言って微笑みかけてくる委員長。

 この笑みを見て、頷かない選択肢はないだろう。

 クラスでも指折りの美人でもある彼女に誘われたら、いくら俺が彼女持ちとは、言え断ることなどできるはずもない。


「別にいいよ。委員長もなんか買うの?」


「うん。今日ご飯忘れてきちゃったから。パンでも買おうかなって思って」


「へぇ。じゃあ俺が奢ろうか?委員長みたいな美人になら、なんでも買ってあげたくなっちゃうんだよなあ」


「ふふっ、ありがと。でも、そんなこと簡単に言っちゃっていいの?七海さんに怒られちゃうわよ」


「あー、それはちょっと嫌だなぁ。アイツ怒るとこえーもん」


「あはは。仲が良さそうでなによりだね」


 そんな会話を交わしながら、俺達は廊下を進んでいく。

 委員長は話し上手で、俺としては話していて楽しいのだが…いやいやイカン。もう浮気はしないと、さっき誓ったばかりじゃないか。

 そもそもいくら可愛いからって、クラスメイトに手を出すほど俺だって馬鹿じゃない。

 ウェイトレスさんの時は行動範囲が被らないからバレないだろうと分での浮気だったが、同じ学校の、それも同じ教室内で過ごす者同士とあれば、バレる可能性だって跳ね上がる。


(OKOK。俺は今冷静だ。クールに物事を考えられるこの俺が、同じ過ちを繰り返すことなど有り得…)


「あーあ。私も霞音くんみたいに、カッコイイ彼氏が欲しいなぁー」


 そう言って、大きく伸びをする委員長。

 その際、制服に包まれた胸元が、ぷるんと揺れた。

 幼馴染の彼女では断じて有り得ないその揺れをガン見しながら、俺は思う。



 ……委員長って、おっぱいデカいんだな、と





 ※






「静夜ぁぁぁっっっ!!!テメェ待てオラァァァァッッッ!!!!!」


 時間は飛んで一ヶ月後。

 すなわち俺がタイムリープを果たした当日。

 俺はまたしても、夕姫に追い掛け回されていた。


「待て、夕姫!これは誤解だ!」


「誤解もクソもねぇだろうがよおおおおおおおおおおおおお!!!テメェなに委員長と浮気して、ホテルなんぞにいっとるんじゃああああああああああああああああ!!!!!」


 うん、確かにふたりでラブホから出てきた瞬間を、バッチリ目撃されたからな。

 言われてみれば、どんな弁明をしたところで信じてくれるはずもないだろう。

 だが、敢えて言おう。信じて欲しい。俺と委員長は、ほらあれだ。ふたりで社会科見学に行ってたんだよ。

 たまたまホテルがどんな内装をしているんだろうかとふたりで興味を持ち、たまたまふたりでホテルに入り、たまたま二時間コースを一緒の部屋で過ごした後、たまたま一緒に部屋を出て、たまたまホテルからも一緒に出てきただけなんだ。

 本当にただそれだけだ。どうか俺のことを信じてくれ!頼む夕姫!


「信じるわけねぇだろうがよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!つーか、ふたりでなにやってたかまるで話してないじゃねぇか!ボクのこと馬鹿にしてるのかお前はよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 俺の心からの弁明に、めちゃくちゃブチギレる夕姫。

 クソ、誤魔化せなかったか。だが、これだけは言わせて欲しい。


「委員長の巨乳、最高だったぜ」


「殺すぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 爽やかに言った言葉は、殺意で持って返された。

 まぁ仕方ない。浮気しないと誓ったが、俺は結局欲望に負けてしまったのだからな。

 でも、どうしようもなかったんだ。俺は生粋の巨乳大好きおっぱい星人。

 そんな性癖を持った人間が、おっぱいの大きな美少女に潤んだ瞳に上目遣いでホテルに誘われて、乗らないという選択肢はなかった。

 そう、つまり、性癖が全部悪いのだ。俺は決して悪くない。


「悪いに決まってんだろうがああああああああああああああああああああ!!!だいたい、彼女であるボクには手を出さないくせに、委員長には手を出すってどういうことだオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 え?いや、それはだな。うーんと。


「お前のまな板を生で見たら、多分萎えちゃうからかな!」


 お前のことが本当に大切だから、大事にしたかったんだよ。


「死にたいのかテメェェェェェェェェッッッッ!!!!!」


 あ、いかん。つい本音のほうを口走っちゃったぜ。

 ますます夕姫さんはお冠である。まあこれに関しては俺が悪い。

 捕まったら、恐らく命はないだろう。それほど今の夕姫の殺気は尋常ではない。


「だが、我に秘策あり!」


 足に力を入れて加速する。そして俺は、いつぞやの路地へと飛び込んだ。

 目的はあの行き止まりだ。あそこの塀を飛び降りたことで、俺は一ヶ月前までタイムリープしていたのだ。

 ちょうど今もあの人と同じ条件だ。必ず過去に戻れるという妙な確信が、俺の中にあった。


「逃がさんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 追いすがる夕姫に捕まらないように回避しつつ、ようやく目的の場所へとたどり着いた俺は、あの時同様壁を蹴り、塀の上へと手をかける。

 そして裂帛の気合いとともに、上半身の筋肉で一気に体を引き起こすと、勢いそのままに飛び降りた。


「貴様ああああああああああああああ!!!まだ逃げるかあああああああああああ!!!往生際が悪すぎるだろおおおおおがあああああああ!!!!!」


 響く絶叫を背に受けながら、俺もまた負けじと声を張り上げる。


「飛べよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 叫びとともに俺の意識は、闇へと吸い込まれていった。




 ※




「そしてやはりまた戻った、か」


 案の定というか、もしくは狙い通りというべきだろうか。

 俺の意識は再び、一ヶ月前まで飛んでいた。


「ん?どうしたの?静夜」


「いや、なんでもないよ。それよりパン食ったらどうだ?」


「?うん、わかった。もぐもぐ」


 目の前には夕姫がいるが、やはり瞳に怒りの色はない。

 前のタイムリープの時と同じだ。俺の言うことを素直に聞いてパン食べてるし、これはもうほぼ確定と言ってもいいだろう。


(やっぱ戻ると俺の取った行動も、全てリセットされるんだな)


 二回目ともなると慣れたもので、色々考察する余裕も出てくる。

 俺の記憶は引き継がれるが、環境そのものは一ヶ月前の時点のものに完全にリセットされてしまうようだ。

 この後委員長にも話しかけてみたが、彼女の目は俺に恋する乙女のものではなく、まだ同級生の男子を見るそれだった。

 声からもそれが伝わってきたし、委員長の感情もリセットされていることはほぼ間違いないと言っていい。

 そのことは残念だが、引き継がれていた場合修羅場不可避だし、これで良かったんだろう。

 おそらく、最初の浮気相手であるウェイトレスさんも同様のはず。

 どうやらこのタイムリープは、俺にとってひどく都合のいいものであるらしい。


(なるほどな…)


 俺だけが未来の記憶を持ち、あの塀を越えてれば時間を遡って過去に戻れる。

 そのことを、ようやく実感出来てきた。

 漫画みたいな話だが、俺にとっては間違いなく現実に起こっている出来事だ。

 トリガーとなる条件や状況もおおよそ理解できたし、任意でタイムリープという現象を引き起こせるなんて、ちょっとした超能力者の気分である。

 なんだか主人公になったようで嬉しかったが、そんな中俺はふと気付いてしまう。



 …………あれ?これ、一ヶ月ごとに巻き戻れば、浮気し放題なんじゃね?



「…………………」


 いや。

 いやいや。

 いやいやいやいやいやいやいやいや。


 さすがにね?

 確かに俺、前回と前々回は浮気したけどね?


 だけどさぁ。

 さすがに可愛い彼女がいながら、浮気しまくるのはクズじゃん?


 リセットしまくれるから浮気しても問題ないって考えるのは、人間としてアレじゃん?

 てか、タイムリープって漫画とかアニメだと、大切な人の命を救うためとかに出来るようになるやつなのに、それを自分の欲望のために利用するのはどうよ?

 浮気するためにタイムリープする話なんて、聞いたことがないんだが???


 よし、考えを整理しよう。

 俺は夕姫が好きだ。これは確定事項。そんでもって別れるつもりはない。

 確かに貧乳でなんかこう、そういう気にはなれないやつだけど、一緒にいて楽しいし、なにより気が合うんだわ。

 コロコロ変わる表情は見ていて飽きないし、明るいところが俺好みだし。

 なにより泣かないのがいい。浮気がバレても泣き崩れることなく、殴りかかってくるような性格だから、罪悪感を抱かないで済むのも…いやいや、泣かないからって浮気はダメじゃん。どうしてすぐそっちにいくかなぁ。ダメダメ。俺はお猿さんじゃない。理性のある人間で、彼女持ちである。彼女は大事にしないといけないからな。

 うん、整理終了。よし、決めた。


「夕姫」


「ん?なに、静夜…って、ふにゃ!?」


 パンを食べ終わり、空いた夕姫の手をガッチリと両手で掴むと、


「俺はこれからは絶対、浮気なんてしないからな!!!」


 目を白黒させる彼女に、自分への戒めも兼ねて、俺はハッキリと宣言するのだった。




 ※




「このクソ野郎があああああああああああああああああああ!!!!!」


 前言撤回。

 性欲には勝てなかったよ。


「浮気しないとかほざきながら、テメェなにやってんだゴルアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 うん、全くもって返す言葉がない。四コマどころか四行も持たなかったしな。

 我ながら早すぎる。しかもこれ、三度目のループのセリフじゃないっていうね。

 あの後俺は、何度もタイムリープを繰り返しているのだ。

 そのたびに浮気しないと心に誓うのだが、委員長以外の同級生に下級生。上級生に女教師。街を歩くOLから、最近話題のアイドルまで、色んな女の子と関係を持つに至っていた。


 うーん、何故カナー。不思議ダナーとは思うのだが、気付けばしちゃっているのだからどうしようもない。

 なんていうかね、楽しいのよ。例えば前回と違う道を通ったら新しい出会いあったりとか、以前関係を持った女の子と話をして、会話の流れをちょっと変えたら別の女の子を紹介してもらえたりしてさ。

 ループからのやり直しというのもあって、なんだかだんだんギャルゲーのルート分岐やってる気分になってきて、つい攻略しちゃいたいナーなんて、思っちゃって。


 気付いたら、たくさん浮気しちゃいました✩てへ♪


「なにがてへ♪だ!!!死にたいのか貴様あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 いやいや、死にたくはないッス。

 だからそんな目で見ないでくれないか?本気で俺をぶっ殺そうとしてる目じゃん。

 完全にキマってるぜ?可愛い顔が台無しだ。

 できれば笑っていて欲しいな。お前には、笑顔が一番似合ってると思うから。


「いいセリフ言ったつもりかあああああああああああああ!!!この状況で笑えるなら、そいつはただのサイコだろうがああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「うおっ!あぶねっ!」


 思い切り蹴りを入れてくる夕姫だったが、すんでのところで回避する。

 ここ最近はなにやらアグレッシブさに磨きがかかっており、路地裏に着く前に攻撃されることがよくあるのだ。


(慣れてきてるのか?いやでも記憶はないし…うーん、わからん)


 走っていると、思考も上手く定まらない。

 考察は次の周回に任せたほうが良さそうだ。

 てかさあ。これもう俺が悪いって訳じゃなくね?

 だってタイムリープのたびに反省してんのに、結局浮気しちゃうんだよ?

 なら、これもう呪いじゃね?そう、タイムリープのたびに、きっと因果が蓄積されちゃってるんだよ。

 時が巻き戻るたびに浮気してしまう。そういう因果が俺にはあり、運命として定められているのだ。

 ただの凡人である俺には、運命を覆す力なんてあるはずもない。俺は運命の奴隷であり、これからも浮気しなくてはいけない宿命なんだろう。


 つまり、全部タイムリープが悪い!QED。証明完了!


「擦り付けるなあああああああああああああああああ!!!お前の下半身が節操ないだけだろうがああああああああああああああ!!!」


 いやいや、それ言ったら元も子もないッス。

 こういうのはさぁ、とりあえず概念的なもののせいにしておけば、納得してもらえるんだって。

 ふわっとした設定のほうが説得力が生まれるって誰かが言ってた。

 だから全部タイムリープが悪いってことにしといたほうが、最後は丸く収まるんよ。ね?


「なにがね?だ!!!そもそもタイムリープとかなに言って…うっ…!」


 俺の説明に声を荒げていた夕姫の声が、急に細まる。

 既にいつもの路地裏に来ており、さらに塀を上がりかけていたのだが、これまたういつものように背後から聞こえるはずの絶叫が聞こえてこない。


「夕姫…?」


 飛び降りる直前、後ろを振り返ってみると、そこには頭を抑えて蹲る幼馴染の姿があった。


「タイムリープ…浮気…そうか、そういう…」


「!ゆう…」


 それを見て、反射的に幼馴染のほうへと体が駆け出そうとしたのだが、ずるりと滑るような感覚が俺を襲う。


「なっ…」


 足元のバランスが崩れ、体が傾く。

 だがそれは、幼馴染のいる前方ではなく、背後へと。

 まるでなにかに引き寄せられるかのように、俺の体は塀の向こう側へと落ちていく。


「ちょっ、待て!夕姫、夕姫が…!」


 まだタイムリープは待ってくれ。夕姫が苦しんでいるんだ。

 時間が戻ればリセットされるとか、そんな考えはこの時の俺にはなかった。

 ただ、なにかあったらしい幼馴染のことで頭がいっぱいになり、それ以外を考える余裕なんてない。


「夕姫―――――!」


 彼女の名前を叫びながら、俺は再び過去へと戻った。




 ※




「―――はっ!?」


 意識が戻る。視界に広がるのは教室。

 どうやら俺は、再び過去に飛んだらしい。


「夕姫!大丈夫か!?」


 だけど、今はそんなことはどうでもいい。

 声を荒らげ、俺は夕姫に声をかけた。

 過去に戻ったことで全てがリセットされることは頭では分かっていたが、それでも心配だったのだ。


「…………」


「夕姫!…夕姫?」


 だけど、なにかおかしい。

 反応がない。声をかけても、何も言わず、俯いたままだ。

 いつもなら、戻ったタイミングではパンを食べているはずなのに、今回はなんだか様子が…


 ガシィッ!!!


 そう思っていると、突然腕を掴まれた。

 それもすごい力で。いきなりのことで困惑する俺だったが、次の瞬間、


「………た」


「ゆ、夕姫?」


「ようやく、追いついた…!」


 そんなことを呟きながら、ゆっくりと顔を上げる夕姫。

 その瞳には、怒りの色が浮かんでいる。纏うオーラも、なんだかとってもダークネス。

 いつもは穏やかな表情でパンを食べているはずなのに、明らかに様子が変だ。

 まるで浮気がバレて追い掛け回されてる時の夕姫、みたい、な…


「夕姫…さん?」


 恐る恐る声をかけてみるのだが、返事はなかった。

 その代わり、腕を掴んでいる手に力をこめてくる。

 まるで逃がさないとばかりに力をこめているようで、めちゃ痛い。


「ようやく追いついたよ…もう逃がさんぞ…絶対にな…」


「あ、あのー…夕姫さん。その、手を離してくれません?めっちゃ痛いんですけど…」


 いや、本当に痛いんだわ。なんだかミシミシいってるし。

 女の子とは思えない力強さだ。え、なにこれどうゆうこと?


「離すと思うかい?浮気者の彼氏の腕をさぁ。離したらどうせ他の女に粉をかけにいくんだろ?そうはいかんぞ…!」


「いや、その、とにかく痛いっていうか…え、浮気?」


 なんでそのフレーズが、夕姫の口から飛び出すんだ。

 だって、今の夕姫にその記憶はないはず。タイムリープすれば、全てリセットされるのは、これまでの周回で確認済なわけで…


「何度も何度も何度も何度もなんっっっっども!浮気しやがって!!!絶対に許さんからな!!!」


 だっていうのに、夕姫の言動は明らかに俺が浮気したことを知っているそれだ。

 正直内心かなりビビってた。デカイ声をあげるから、クラスメイト達もこっちを見てて、完全に注目の的になってるし!


「あ、あの。夕姫さん?声、声デカイッス…!」


「うるせえええええええええええええ!!!こっちはなぁ!お前に浮気されまくって、とっくにブチギレの限度を超えてんだよ!!!さっきタイムリープって言われて、ようやく合点がいったわ!!!道理で既視感あったわけだよ!散々浮気されて追い掛け回してたんだから当然だよなぁ!!!!!」


 声を抑えて欲しかったのだが、知ったことかとばかりに、夕姫は大声を張り上げる。

 途端、教室はざわめきに包まれ、一気に喧騒を増していく。


「浮気…?」「やだ、痴話喧嘩…?」「霞音くん、浮気してたんだ…サイテー」「…仲違いしているようだし、このまま別れたら私が霞音くんと付き合えないかしら……」


 ざわざわざわ……


「あ、あはははは…」


 やべぇ。どうしてこうなった。

 向けられる女子の目が、冷たいものに変化していくのを肌で感じながら、俺は愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。


「いや、誤解なんだって皆。俺、まだ浮気なんてしてないし!」


「そうだね。これからするんだもんね。まぁもうさせないんだけど」


 ガタンと音を立てて席から夕姫が立ち上がる。


「過去の私が教えてくれたよ。静夜が浮気しまくるってことを。しかも相手は巨乳の子ばかり。許せると思うかい?許せるはずがないとも。絶対許さん」


「へ、へあ?過去の、私?」


 腕を掴まれていた俺も釣られるように立つのだが、夕姫の言ってることが未だ理解できない。


「そうだよ。静夜がタイムリープするたびに浮気されてきたボク自身さ。本当に、たくさん目移りしてきたみたいだね。そんなに大きい胸がいいだなんて、ボク知らなかったなぁうふふふふふふふふふふふふ」


「え、あ、あの」


「巨乳なんざ、ただの脂肪の塊なんだよ。そのことを、これからじっくりと脳に叩き込んでやる…」


 そう語る夕姫の目には光がない。完全にハイライトが消えている。


(ま、まさか…因果が積み重なっていたのは、夕姫のほうだとでも言うのか…!?)


 浮気されまくったことで怒りが臨界点を超え、さらに時間すら超えて過去の自分にアクセスしたとでもいうのだろうか。

 タイムリープとはまた別の、時間干渉能力を、この幼馴染は自分で会得した…そんな仮説が脳裏をよぎるも、それも全ては後の祭りだ。

 未だ足元のおぼつかない俺を無視するように、夕姫は教室の外へと歩き出す。


「ちょっ、ゆ、夕姫さん?どこに行くつもりなんです?」


「皆、ボクらはちょっと用事が出来たから、今日は早退させてもらうよ。先生にもそう言っといて。あと、静夜は浮気者のクソ野郎だってこと、広げておいてもらえると嬉しいな♪」


 最後ににこやかな笑顔でそう言うと、夕姫は教室のドアをピシャリと閉じた。

 まるで、全てをシャットアウトするかのような勢いを込めて。

 それを見て、俺は自分がこれからどうなるのかを、自ずと感じ取ってしまう。


「ゆ、夕姫さん?」


「言ったよね。一発ぶん殴るって」


 そう言ってにこやかに笑う夕姫の笑顔は、実に爽やかな、透き通ったものだった。

 ただし、額にめっちゃ青筋が浮かんでいなければだけど。


「い。一発で済むのでしょうか?」


「ああ、一発さ。過去の浮気されたボクの分を一発づつブチ込む。それで許してあげるなんて、ボクってとっても心が広いと思わないかい?」


「は、はわわわわ」


 俺は悟る。

 許すつもりなんてないじゃん。

 俺の彼女、絶賛ブチギレ継続真っ最中なう。


「ゆ、許してえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


「許すかボケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」


 喧騒渦巻く昼下がりの学校に、響き渡る絶叫。

 俺の好きな静かな夜とは対極の、最悪な出来事だった。




 …………この後なにが起こったかは、もはや語るまでもないだろう。

 もしタイムリープしてなにかを救えるなら、俺はきっと自分自身を救うために動くに違いない。


「小さい胸もいいと、そう言え」


「…………はい」


 だけどすることもできず、その日の夜に俺は性癖という名の、とても大切なものを失うのであった。

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彼女である幼馴染に浮気がバレて逃走してたらいつの間にかタイムリープしており、もう過ちは繰り返さないと誓ったものの、ついついまた浮気しちゃうのは、全部タイムリープが悪いから仕方ない件 くろねこどらごん @dragon1250

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