第2話

あるとき、プールだったろうか。

髪が濡れ、乾かすのが面倒くさいと思いつつ、濡れたまま廊下をずりずりと歩いた。

「…山口さん、髪を下ろすと雰囲気かわるね」

クラスの女の子に声を掛けられた。

「そうかな?よくわからない」

珍しいと思いつつ、返した。

トイレに行くとき、男子生徒数名が、息をのむようにこちらを見た。

なんなんだろうとにらんで、教室を目指した。

人気のないトイレを通り過ぎ、鏡をふと見る。

髪がずぶぬれで、胸やら尻やら、やたらにデカい肉感的な女がそこにいた。

(…豚みたい)

素直にそう思った。

同時に、コンビニで乱立するエロ本を思い出した。

やせたいなぁとしみじみ嫌な気持ちになった。

昼休み、本を読んでいると、男子が声をかけてきた。

「山口さあ、やせたら、変わるんじゃね?」

「どうだろう」

「やせたら美人とか、よくあるじゃん」

「ははは」

それ、少年漫画でよくある展開だよね。思わず乾いた笑いをもらした。


あるとき、雨が降った。

「あれ?濡れてるじゃん。大丈夫?」

親し気に声をかけてくる奴がいた。

確か、坂下だっただろうか。

「大丈夫だよ」

そのまま走って帰ろうとしたら、なぜか続けざまに坂下が話しかけてきた。

珍しいなと思いつつ、話続けたらわりといい奴だった。

背が高いけど、目立たない。たしかこいつも転校生だっけ。

まえに割り算、教えてあげたかなぁ。

そんなことを思い出した。

「俺の家、こっちだからこいよ。ゲームあるよ」

「え?いいの?」

家に入ると、綺麗な家だった。

部屋が暗かった。

「お母さん、いないの?」

「まだ帰ってこないよ」

二人で無言でテレビを見た。

まさか誰も居ないとは思わなかった。

なにか居心地が悪いのだけど、「帰るね」と言い出すのも難しかった。

薄暗い部屋で、テレビを見ながら、食べるポテチは妙においしかった。

普段は子供だけでポテチを食べることは無かった。

背徳感とうらはらにぱりぱりと音を立てるポテチは、油がじんわりと染み渡り、やめられない美味しさだった。

テレビを見る坂下の肩が妙に近かった。

「またね」

「うん」

おやつを食べると、私はそっと家を出た。

理由は無いが、早く帰らないとまずい気がした。

数週間後、坂下が、派手にいじめっこにやられていた。

藤崎だ。私もいつもアイツにけられまくっていた。藤崎は体がでかいし、しつこい。大人だって、あまり止めない。

坂下はあられもなく、わんわん泣いて可哀そうだった。

(いい奴なのに。背が高くてかっこいいのに。狙われるんだ)

私は巻き込まれないように、身を固くして早々にその場を離れた。

帰り道、金子に声を掛けられた。

クラスが違う。話したこともない。

「オレ、空手やってんだよね」

「へぇ」

金子がにやにやとこちらを見る。

茶髪に出っ歯だ。ニキビがたくさん浮かんでる。

さらに取り囲むように男子が数名、一緒に並びながら歩く。

習字道具が重い。

文鎮があるから重いんだよなと左手で持ち直す。

「ちょっと試させてよ」

え、と聞き返す間もなかった。

金子からケリを入れられた。

空手を習っているのは嘘じゃない。

ケリが重い。

「そらっ」

頭を習字道具で殴られた。

嘘だろうと思いこみ、しゃがみこむ。

ひたすらにけられた。

頭も習字道具で叩かれた。

痛すぎて感覚がマヒした。

「お前もやれよ」

見ると、坂下だった。

(嘘だろう?坂下が?)

坂下は無表情でケリをいれてきた。

一度やればふっきれたのか、坂下は、その後は笑いながら蹴ってきた。

(痛い…)

涙が勝手にあふれてきた。

泣き続け、けられ続け、ふと理解する。

(坂下が狙われたんじゃない。私と仲良くしたから坂下が狙われたんだ)

いじめは核爆発のようなものだ。エネルギーの放射だ。下火になるまで、待つしかなかった。過冷却が起きるのを待ち望むように、私は痛みに耐えた。

男子がリンチに飽きた後、私は家に帰った。

なんだかもう何もかも面倒くさかった。

ぼんやりと、岩城とはもう喋らない方が良いなと考えた。

坂下ならまだしも、岩城に蹴られるのは、想像するだけで辛かった。

(まぁいいか)

秋になるころ、私は何気なく、非常階段のさくに腰掛けぼんやりした。

「なにやってんだ。落ちたら死ぬぞ」

クラスの男子が話しかけてきた。三階だった。

「死なないでしょ」

おせっかいな奴、と笑った。

歩くと、下級生からおびえた顔で見られた。

「強いの?」とからかわれることもあった。

良くは分からないけど、「殴っても平気そうにしている奴」とラベリングされたらしかった。

子供ってよくわからない。

時々岩城と同じ道を帰った。

岩城は終始無言だった。

私は時々吐き気を感じたり、口の中に異様に唾液が溜まったりした。

自律神経の乱れらしかった。

気にしても仕方がないので、そのまま生活した。

私は中学受験を決断した。幸い親は教育熱心で、成績は申し分なかった。

私は下級生から、すごい人となぜか尊敬された。

いじめは減り、先生が声をかけてくれる事が増えた。

道を歩くと、空は相変わらず青かった。








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青空と転校生 @yuuki9674

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