10:外食する話
心の底から至福と感じるこの曜日。
朝は今日一日が自由に満ちているという希望を持って目を覚まし、シャワーを浴び、朝食をとり、少し読書をして、特撮ヒーローを見るというルーティーンから始まるこの日をオレは噛み締めたい。
『ピロリン♪』
アオハル「…」
噛み締めたい。
スマホの通知を見る。
[お疲れ様です。申し訳ないのですが、今日のシフト変わってもらってもいいですか?]
アオハル「ぬぅん……」
[12時から17時なのですが…]
アオハル「…ライダーみれるしいいか。」
トーク画面を開き、「いいっすよ」と打ち込む。鬼の速度で返信が来た。
オレの輝かしい休日はもう崩れた。
アオハル「くそっ、オレへの信頼と人望めェ…!」
スマホの画面には17:30と示されている。
アオハル「少し長引いたな…」
4月も下旬に差し掛かっているが、この時間はもう暗くなってしまう頃だ。うっすらと空に広がる紺色は、どこか儚く寂しげがある。だが今はそんな風情よりも…
アオハル「腹減った…」
このまま家に帰ってもいいんだが…
アオハル『おう。』
蒼華『あ、一緒に来る?』
アオハル『絶対に
アオハル『普段一緒に寝てないけどね。』
そんで母さんと父さんはイチャラブデートって~ことで、今晩はオレ一人か。息子そっちのけでデートする両親よ。
アオハル(やだ寂しい!)
このままどこかで食べてしまおうかな。けどそれはそれで一人か……うぅん…
アオハル「だれか誘うか…まず桜寺と
などと呟きながら歩いていると、トントンと肩をたたかれる。
アオハル「ん?」
叩かれていない方の肩側に振り向く。
「こっちに振り向いてよ。」
そこには、私服姿の
アオハル「奇遇だな、どうした~?」
静玖「本屋さん行ってた。アオハルは?」
アオハル「臨時のバイトの帰り。まっ、やっぱ人望が」
静玖「このあとはどっかいくの?」
アオハル「今日家に誰もいなくてな。作ろうにも材料がないと思うからどこかで食べよっかなって思」
静玖「新しくカフェできたみたいだから一緒に行こ」
アオハル「いいよ~。いいけど人の話は聞こうな。」
静玖「んっ…アオハルだけの特別。」
アオハルだ「おぉそうか特別か。じゃあいいや。」
静玖「ん…行こ。」
アオハル「オレが物凄ェYESマンで良かったな。」
静玖「……………………うん。」
アオハル「え、引いてる?」
そのまま無言で腕を引き、オレを連れていく。
赤レンガの装飾が施された壁に、白色の柱に大きな窓の枠、レトロチックなランプ、鮮やかな緑がさらに彩りを加えつつも、全体が落ち着いた印象を醸し出すそのお店の入り口は、お洒落な扉がひとつ。そして側には『Café~AMMY~』と書かれている。
静玖「ここ…今日オープンしたって……」
アオハル「いい雰囲気だな。てか、オレバイト終わりの服装だがいいのか…似合ってるかどうかは当然オレである以上、似合ってるわけだけど、この格好でお店は行っても違和感ないかな?」
静玖「服はお店と違和感はないと思うよ。服は。」
アオハル「強調しなくていい。そうかあれか、オレが最高過ぎるからお店とのバランスが取れ」
静玖「いいから入ろ。寒い。」
アオハル「あ、うん。」
扉を開けると、軽やかな音色が響く。男性の店員が、にこやかな表情でこちらを見て対応してくれる。
男性店員「いらっしゃいませ。」
アオハル「今晩は。すみません、二名でお願いします。」
男性店員「はい、かしこまりました。カウンター席でよろしいですか?」
アオハル「はい。」
そのままカウンター席に向かい、座る。置いてあるメニューを手に取り、目を通す。コーヒーやココアといった飲み物、ティラミスやチーズケーキといったデザート系の他、スパゲティやサラダなどの食事もある。
アオハル(うぅん。手持ちは十分余裕があるから、少し多く頼もうかな。)
空野も静かに注文を考えている。ただメニューに目を通しているだけなはずなのに、普段の印象も相まってまるで文芸を窘めているような風景だ。
静玖「…?決まった?」
アオハル「んっ、あぁ。幼馴染み1つ。」
静玖「何言ってるの?」
アオハル「ごめんまちがえた。」
男性店員(…どういう間違い方だろう。)
空野も注文が決まったようなので、小さく手を上げ、店員さんを呼ぶ。
男性店員「はい。」
アオハル「カルボナーラと、コーンポタージュを。食後にホットブレンドコーヒーのSと、バニラアイスをお願いします。」
男性店員「はいっ、かしこまりました。」
続けて空野も注文する。
静玖「スパゲティのレッド、トマトポトフ、食後にホットブラックコーヒーSとカヌレお願いします。」
男性店員「…っと。かしこまりました。カルボナーラ、コーンポタージュ、スパゲティのレッド、トマトポトフ。食後にブレンドコーヒーとブラックコーヒーのホットをSでお一つずつ、そしてバニラアイスとカヌレ。少々お待ちください。」
オレらは静かに頷いた。
店員さんが厨房に行き、店内にオレと空野の二人になる。少し沈黙が流れたのち、オレは空野に話しかける。
アオハル「辛いの食べて、ブラックコーヒー…強っ。」
オレの言葉に対して空野は同じように
静玖「温、温、温、冷……怖っ…」
と。
人のこと言えないなこれ。
静玖「……話し、変わるけどさ…」
アオハル「おう。」
空野は少し深く息を吸い、浅く吐いて
静玖「…そっちの教室って、普段どう?」
アオハル「オレらん教室?」
因みにクラス分けの内容を、オレ及びオレの幼馴染みだけで示すと次のようになる。
2年A組
オレ、
B組
C組
空野
D組
オレらのクラスにやけにかたまっているが、他のクラスではバラバラになっている。
アオハル「ん~…休み時間の度に姫原が抱きついてきて、天宮とも良く話して、白須にはずっと見つめられてる。」
静玖「そっか…」
去年までは皆同じクラスだったから、空野含め幼馴染みみんなに会いやすかったが、今は少し会う時間が減ったな。
アオハル「そっちは?」
静玖「私のクラスは……あんまり……仲いい人いないから…授業以外は本読むか、他のクラス行ってる…」
アオハル「そっか…」
静玖「うん…」
少し寂しそうな表情を浮かべる。
アオハル「会いに行こうか?」
静玖「いい。」
即答はやめて。
静玖「……私が、会いに行くから。」
アオハル「…ぉ~っ、う。」
やっばいすごく変な声が出た。なんだよこのイケメン。
さっきまでの表情とはうって変わって、どこか朗らかな表情だ。
男性店員「はい青春中ごめんね~」
アオハル「んっ…」
オレが注文した料理が置かれる。熱い湯気と美味しそうな香りが立ち上る。
春とは言えまだ寒さが残る今宵。それもあってか、食欲がそそられて仕方がない。
男性店員「彼女さんのは今持っ」
静玖「彼女じゃないです。」
即答やめてって。マジで。
男性店員「あ、失礼しました。」
店員さんに哀れんだような目で見られてんだが。
そのまま静かに去っていった。空野の注文取りにいったんだろうが。
アオハル「…」
静玖「……」
アオハル「…」
静玖「……?食べないの?」
首をかしげて問いかけてくる。
アオハル「?空野の分待ってる。」
静玖「待たなくてもいいのに…」
となんとも言えない表情でいうが、その本人も同じく待つだろう。一緒に来たんだ。ならば当然一緒に食べたい。
男性店員「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ。」
アオハル「ありがとうございます」
静玖「ありがとうございます……これ、写真撮ってもいいですか?」
男性店員「えぇ、いいですよ。」
アオハル「オレも撮ろ。空野、撮っていいか?」
静玖「いいよ…」
アオハル「ん。」
空野の方にスマホのレンズを向け、パシャっと1枚写真を撮る。
静玖「え、
アオハル「うん。ビジュアル最高だったから。」
静玖「…」
アオハル「服洒落てるし似合ってるし、店との雰囲気もあって綺麗だから。」
静玖「うん……あり、がと。」
アオハル「お?照れてる?照れてる?」
静玖「……うるさい。」
空野は少し耳を赤くしてそう言う。そして少ししたら、ゆっくりと口を開いて
静玖「…いただきます。」
アオハルの言葉に、ちょっと拗ねたような、でも嬉しくかつ照れているような表情を浮かべつつ、ご飯を食べる。
アオハル「いただきます。」
静玖「美味しかったね…」
アオハル「そうだな。また来るか。」
静玖「ん……」
喋りながら食事を進め、食べ終わる頃にはとっくに19時を過ぎており、長針が6の所に向いていた。
静玖「お会計行こ……」
アオハル「うん。当たり前だがオレ出すよ。」
静玖「え…いや、普通に出すよ…」
アオハル「今日急遽バイト入ったし構わないさ。」
静玖「ここ誘ったの私だし……」
アオハル「それにオレ的に大事な超可愛い幼馴染みと二人で食事できたってだけで全額キャッシュバックするくらい得してるから。」
静玖「わかった。わかったから店員さんの前でキモいこと言うのやめて。」
よしオレの勝ちだな。
お会計を済ませ、レシートとポイントカードを受け取る。
男性店員「ありがとうございます、またお越しください。」
空野だけでなく、他の誰かとも食事したいな。もちろん空野と二人で食事も楽しいから是非ともしたいが。
アオハル「ごちそうさまでした。」
空野も静かにお辞儀する。
静玖「…」
アオハル「……?」
何か言いたげだ。
静玖「あのさ………」
アオハル「どした?」
静玖「………アオハルも、服装…かっこいいよ」
アオハル「え?知ってっけど。」
オレがかっこいいなんてオレがよく知っている。毎日見てるからな。
静玖「あぁ、もう……褒めなきゃよかった。」
アオハル「ははは。」
静玖「…」
アオハル「……ありがと。」
静玖「…ん。」
男性店員(……え、あれ付き合ってないの?)
帰り道、なぜだか喋りづらい。
ちょっと恥ずかしいような、すこし照れ臭いような感覚がグルグル渦巻いている。
静玖「じゃあ…また、明日。」
アオハル「うん。今日はありがとな。」
オレの日曜日は、いつもよりも実に有意義で輝かしい思い出となった。
帰り道、今日姉さんと一緒に遊んでた先輩方とすれ違うまでは。特に、その内のイケメンな王子様に言い詰められるまでは。
挙げ句どこかの可愛い後輩にそれを目撃されるまでは。
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