9:ストーカーの話


羽歌わか「あーくんおはよっ。風邪はもう大丈夫?」

アオハル「おう。迷惑掛けたな。」

 風邪を引いた翌日、登校すると天宮あまみやが挨拶してくれた。

優愛ゆめ「……」

 腕にギュッと抱きついている姫原ひめはらは、朝からずっと無言だ。

羽歌「優愛ちゃんは、えっと…」

優愛「おはよ~…」

 喋ったわ。


 いやね?朝ドアあけたらさ?普段と同じように四人いたんだよ。腕組んだりはしてくれるけど、一切口きいてくれなかったんだわ。

アオハル「あの~…姫原さん?」

優愛「…」

アオハル「どーしたら口きいてくれますかね。」

優愛「……」

 腕を一層抱き締めはするが、口は変わらず閉じている。頭をオレの肩に乗せるなど、スキンシップは普段と変わらない。

アオハル「天宮~…これどうしたらいい?」

羽歌「うぅん…」

 首をかしげ悩む。

羽歌「幼稚園の時も、あーくんそんな感じだったからね…」

アオハル「え?そーだっけ?」

羽歌「うん。」

優愛「…アオハルの幼稚園時代……?」

アオハル「お、反応した。」

 と言うと、姫原はそっぽを向いた。

羽歌「そっか、みんな小学校からだもんね。」

アオハル「そーだな。」

羽歌「幼稚園のときのあーくんは…とにかくいろんな人と仲がよかったかな。一人でいる子には話しかけに言ってたし、もし一人が好きな子だったらその子の調子とか見て誘ったり…」

アオハル「そんなだっけ?」

 幼稚園のことか~。まあ確かにそんなことしてたかもな。

羽歌「お姉さんに幼稚園のお話は聞いたりしないの?」

 首を横に振る姫原。なんか肩が削れる。

羽歌「そっかぁ……この学校であーくんの幼稚園知ってる人他にいないもんね…」

 と言う天宮。だが、実はそうでもない。

アオハル「天宮。」

羽歌「うん?」

アオハル「幼稚園で、ずっとオレの後ろついてきてた子、覚えてるか?」

羽歌「えっと……うぅん…」

 目を閉じて、少し考える天宮。そしてハッと思い出したように

羽歌「いた!名前は…しーちゃん?」

アオハル「そっ、しーちゃん。」

優愛「しーちゃん…って、もしかして……」

アオハル「そう。通称…ストーカーちゃん。」

優愛「えっ…幼稚園おんなじなの?初耳…」

アオハル「本人があんまり言わないからな。」

羽歌「そうなんだぁ…」

アオハル「なっ、しーちゃん。」

 と言って振り向くと、一人の女子生徒がいる。にっこりと笑顔を浮かべ明るく返事をする。

???「はい!」

羽歌「わぁっ!?え、い、いたんだ…ってごめん…」

???「あーちゃんさん!ずっといましたよ?」

優愛「ん~…こわい~…」

アオハル「どーかしたか?白須しらす?」

 彼らの側にいつのまにか(てかずっと)いた女子生徒。淑やかな雰囲気に、深く暗く、そして艶やかな美しい短髪ボブ、優しくもどこか不穏な笑顔、この間常にアオハルに向けられている飲み込まれるような瞳、美白を極めたような若々しい肌、そして棘崎とげさきのような可能性を秘めたる胸。

 その名も、白須しらす透風とうか

 気付けばそこにいる彼女は、何を隠そう…アオハル幼馴染みストーカーである。

透風「はいっ!本日の体育なのですが…」

アオハル「おん。」

透風「ジャージ忘れてませんか?」

 と、アオハルの荷物を手で示す。

アオハル「ん~…あ、ホントだ。」

 普段から机の横に掛けているトートバックのなかに、ジャージがない。アオハルは特に気にしていないが、他二人が透風の方を不可解そうに見つめる。それに対して透風はニコっと微笑みながら問いかける。

透風「はい?どういたしました?」

優愛「いや~…なんで知ってるのかなぁ~って…」

透風「……」

優愛「え、取った?」

 ガチで引いてるような、驚いているような、焦っているようなテンションで透風に問う。

アオハル「いや、普通に家に干してある。」

優愛「あっ、あぁ。そか、ごめん…」

透風「いえいえ~!バッグが普段より膨らんでいなかったのでもしやと思い。アオハル様のお部屋のベッドにおいてあるようですね!」

アオハル「あー、そっか。今朝メインバッグ背負しょったあと下に風邪薬取りに行って、それでそのまま学校行ったんだなそういや。」

優愛「あ~…そっか~…」

透風「ですので、私のハーフジャージでよろしければ…」

アオハル「おー、ありがとう。」

 白須から半袖短パンのジャージを受け取る。同じメーカーの同じジャージの筈なのに、高級感を覚えるのはなぜだろう。

羽歌「ご、ごめんね!しーちゃん…えっと、透風ちゃん?」

透風「あっ、お好きなようにお呼びください」

羽歌「えっと、じゃあとーちゃん…?」

アオハル「おいおい、マジかおい。」

 それは流石にいかんくないか?

羽歌「じゃ、じゃあ…(透)ーちゃん」

透風「はい、すーちゃんですね!」

羽歌「うん!」

透風「できれば初日にお声がけしたかったのですが…」

羽歌「っ!」

 念のため言っておくが、この二人もまた、アオハル同様幼馴染みである。あまり表に見せていないが、心底嬉しいようだ。

優愛「幼稚園のとき二人も仲良かったの~?」

 と、優愛が問う。「うん!」「えぇ、もちろん!」と、答える二人。

透風「と、そろそろ時間ですね!」

アオハル「あ、ホントだ。」

優愛「ん~…席替えいつ~?アオハルの隣がいい~…」

アオハル「おいおいそんなにオ「わかったから」そろそろ酷くない?」

羽歌「またあとでね!」

 と、各々次の授業の準備を始める。

 

 一方、その一部始終を聞いていたクラスメイトたちはこう思っていた。


(ツッコめよ…おい、誰かツッコめよ…!)

(あそこの幼馴染み軍団じゃなくてもいいから、だれかツッコミしろよ…)

(待って怖いんだけど。いや、べつ今さら特にそこまで驚かないけど…いや…)

(ツッコんでだれか!)


((だれか!「なんでジャージが置いてあるとこがわかったの」って!ツッコめよ!!))


 決して表情には出さないが、心底そう思う一同であった。


 体育の時間


「今日は急遽変更があったから、体育館の半分は三年が使ってるが~…あー、特にアオハル。他のクラスにちょっかい出すなよ。」

アオハル「王子様あっちがかけてくんだが。」

「じゃあまずランニング5分な~。行け~い」

アオハル「聞け~い」

 と言いつつも、ランニングを始める。

 ランニングとは言うが、大抵の人はジョギングに近い。しかし、例外もいる。それは真面目な人か、一人が好きな人か、他者と違う優越感を覚えたい人か…理由はともかくとして、ジョギングする人たちの中を駆け抜ける者がしばしばいる。なお、今回に関しては…

アオハル「……。」

幸舞ゆきま「あははっ、何処へ行こうというのかね?鬼ごっこじゃないんだ、一緒に行こう。」

アオハル「ムスカ居るな」

 〝狩る者〟と〝狩られる者〟、と言ったとこか。

幸舞「ところでそのジャージは透風のかな?もしかして忘れたのかな?なら僕のとこに来てくれれば貸したのに…」

アオハル「そこまで行くなら姉さんの借りるわ。」


((なんであの速さで普通にしゃべれるんだろう。))


アオハル(少し広めであるこの体育館の一周を、角や人混みといった曲がる箇所等による誤差を考慮し、およそ150mと仮定する。タイマーに戻ってきたのが20秒もしない程度である。つまり雑計算で50mが6秒20…時速30km程度。)

幸舞(アオハルと同じ授業…なんていい日なのかな。さ、速く追い付こうか。)

 更に加速する幸舞。

優愛「は~や~…」

先輩「あっ、優愛ちゃん。」

優愛「ん~…あいつら危ない~…」

先輩2「追いつけれるような人いないかな~…あれ、そういえば歩乃日ほのかちゃんとかはクラス違うんだっけ?」

蒼華あおか「アオくんはやいよ~…」

羽歌「あ、お姉さん。」

蒼華「やっほ~」

 異常な速さで駆け抜けるアオハル達を見る友人たち。この2つのクラスにおいて、あの二人に追い付ける者は…

~三分後~

アオハル「ゼェ…ゼェ……」

幸舞「ははっ、ふぅ…バテてるね。」

アオハル「そりゃ、三分マジで走り続けたら…そりゃ……いくら、オレでも……」

幸舞「まぁ、僕もだよ。すぅ…はぁ…」

 と言いながら、自身の顔に垂れる汗を手の甲で拭う。

アオハル「クッソ…どこがだよっ……」

幸舞「まぁでも…バテてる僕らに比べて…」

 二人は同じタイミングで後ろを見る。

透風「お疲れ様です、お二方!」

幸舞「うん、お疲れ…一切息が切れていないね。」

アオハル「はぁ…はぁ……悪い白須、汗、ジャージこれで拭いていいか?」

透風「アオハル様でしたらいいですよ!」

アオハル「悪いな…」

幸舞「僕のタオル貸そ「いい。」

 見事なまでに即答である。

幸舞「……」

((あっ、ちょっと拗ねてる。))

 アオハルはジャージの胸元を引き、自身の汗を拭う。

先輩2「おふっ……そんな、急に…腹チラなんてっ…」

先輩「おいなに言ってんの変た…?あれ、え、変態?へ、変態!?変態!?!?へんたぁぁぁあいいい!!!」

先輩2「変態言いすぎ。」

透風「いっそ、下裾で拭いていただいても構わないですよ?」

アオハル「ん…おう、悪いな。」

 ガバッと服の腹部を捲り顔を拭く。

先輩2「ぶはっ…過剰っ、摂取ぅ…」

先輩「変態いいい!!!」

 と騒ぐ二人に対して

蒼華「人の弟になんて視線向けてるの?」

先輩2「蒼華はアオハルくんのことそういう目でみたり、エッチぃハプニング起きたりはないの?」

先輩「モラル。おいモラル。」

蒼華「流石にそんな出来事はないよ~?」

先輩「答えなくていいよそこ」

蒼華「今のところは。」

先輩「尚更それは答えなくていいよ」

蒼華「頼まれたら受け入れるけど」

先輩「聞いてない。」

蒼華「あ、ちなみにアオくんの大きさは大体」

先輩「お前黙れよもう」

 一方でアオハルたちは

アオハル「…ん?どうした幸舞?わりぃ、タオルは大丈夫だぞ?」

幸舞「…」

アオハル「むぐ…あぶぇ、ばぁ、ん~…」

 無言で顔にタオルを押し付ける。

アオハル「なん、なんだ……」

幸舞「ん……」

アオハル「んっ…あ~…はいよ。そんなにオレの顔を拭きたいのか。」

幸舞「んっ…っ!ふふっ、それもいいね。」

アオハル「ん…」

 顔を拭いでくる幸舞に、アオハルは目を閉じ委ねる。

幸舞「キスしていいのかな?」

透風「いいわけないでしょう。」

アオハル「ぇあ。」

 後ろに引かれ、変な声が漏れる。

 さらに後ろから一人、迫ってくる。そのまま「あ、首キメられる」と思ってしまうような抱き締められ方をされる。

優愛「ん~…やっとハグ~…」

アオハル「ひゃっ…ちょい待って、今汗かなりヤバイから…」

 また変な声が出た、と思うのも束の間。さらにくる。

幸舞・羽歌「「あ、僕もっ………」」

アオハル「だから今オレ汗が……」

「おっ、じゃあ俺らも…」

アオハル「お前らはホントにやだムサい」

「おいガチトーンやめろ。」

「は?お前ざけんなよ。」

アオハル「いーや怖っ…」


 今日も彼の周りは賑やかです。


(授業進めたいんだけど……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る