第5話 <程よく冷やして>転職1年後 朝~会社~帰宅

 おはよう。

 平日だというのに、随分とゆっくりなお目覚めね?

 重役出勤でもするつもりかしら?平社員のあなたが。もっとも、あなたも知っての通り、うちの会社には【重役出勤】なんていう制度は無いけれど。

 朝食はテーブルの上に用意してあるわ。食べ終わったら洗っておいて。間違っても放置はしないように。汚れがこびり付いて、落とすのが大変になるから。いいこと?もし放置していたら、帰ってからあなたに洗ってもらうからね。

 私はもう出るから。あなたも急がないと遅刻よ。

 ・・・・は?

 何を言っているの?起こしたわよ、一回。

 起きるまでちゃんと起こして、ですって?

 あのねぇ、私はあなたの母親でもスマホのアラームでも目覚まし時計でもないの。甘ったれたことを言わないで。

 もういい大人でいっぱしの社会人なのだから、自分でちゃんと起きなさい。

 ってちょっ、なにをっ・・・・


 チュッ☆


 なっ、離しなさいっ!

 朝からいったい何を考えているの、あなたは!

 朝とか夜とか関係ない、ですって?

 そう言われれば、返す言葉が無いのだけれど・・・・いえ、そんなことを言っているのではありません!

 したかったから、しただけって・・・・子供ですか、あなたは。

 ・・・・こんな時だけその童顔でお子様アピールしても、私には1ミリも効果は無いことくらい、分かっているわよね?

 そんな暇があったら、早く着替えて顔でも洗った方がいいのでは?

 今が何時か、分かっているの?

 こんなことをしている余裕なんて、1秒も無いと思うけど?

 じゃ、私はもう行くわ。

 いい?くれぐれも、遅刻しないように。

 分かってはいると思うけど、相手が誰であろうと、私は容赦はしないわよ。

 むしろあなたには、厳しくするからそのつもりで。


 ガチャッ

 カツカツカツカツカツ・・・・


 どういうこと?

 連絡も無しに遅刻をするとは、クビ覚悟ってことでいいのかしら?

 は?

 ギリギリセーフ?

 何を言っているの、あなたは。学生気分の抜けない新社会人でもあるまいし。

 アウトよ、キッパリアウト。

 まさかあなた、うちの始業時間を忘れた訳ではないでしょうね?

 そう、8時45分よ。

 あなたが到着したのは?

 そう、8時45分。

 だから、セーフ?

 あなたそれ、本気で言っているの?

 呆れるわね、まったく。

『始業』という言葉の意味を調べなさい。

 ・・・・まさか、今調べているわけじゃないでしょうね?

『始業時間』というのは、言葉の通り業務を始める時間。

 8時45分に会社に着いたあなたが、8時45分から業務を始められる訳が無いでしょう?

 だから、遅刻なの。アウトなの。分かった?

 今後は、遅刻する前に必ず連絡を入れること。

 そして、真にやむを得ない場合を除き、遅刻はしないように。寝坊などという呆れた理由での遅刻など、論外よ。たるんでいるとしか、思えないわ。

 こんなこと、本来なら新社会人でもないあなたに言うことでは、ないと思うのだけど。


 ちょっと、何をしているの?

 いつまでそこに立っているつもり?

 そんな神妙な顔をしていたって、時間は戻らないのよ?

 ただでさえ遅刻しているのだから、さっさと業務を始めなさい。

 それから、今回の件については、反省文でも書いてもらおうかしら。

 そうね、3,000字程度でいいわ。

 今日中に提出。

 いいわね。



 ガチャッ


 お帰りなさい。随分遅かったじゃない。

 反省文に時間がかかった?

 3,000字程度の反省文もすぐに書けないようじゃ、先が思いやられるわね。

 これに懲りたら、もう遅刻はしないこと。

 言っておくけど、今後は毎朝あなたが起きるまで私が起こしてくれるかもしれない、なんていう幻想は今すぐ捨てることね。

 私があなたを起こすのは、今後も私が起きる時の一回だけよ。

 まぁ、なにはともあれ、お疲れさま。

 お風呂沸いてるわ。

 ビール冷やしておくから、早く入ってきて。

 キンキンの、飲み頃に。

 冷凍庫に入れるから、あんまり遅いと凍るわよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る