第5話 囚われの姫
屯所内の手狭な自室で、
――いよいよ
以前から水面下で色々と動きがあることは彼も察知していた。今回のこの事件は
――いずれにせよ、現時点では
先行きが見えない不安から彼は気が気でなく、精神的に余裕がなかった。
「
ドアをノックする音が聞こえて、
「……入りたまえ」
「何だね、ダーリウ君。私は忙しいのだ」
「……拘束中のノルディア人の件についてですが」
ダーリウはそこまで言って一旦区切った。
「話は聞いた。今しがた屯所に来たノルディア人どもが何か騒ぎを起こしたようだが、必要ならそいつらもまとめて勾留しろ」
「どうか……、マーリア・フェルヴァンを釈放していただけないでしょうか?」
ダーリウは臆せずそう言ってのけた。
「何をたわけたことを……。気が違ったか」
「お言葉ですが
ダーリウは毅然とした口調で言い切った。
――だから何だと言うのだ。今私にあんな
「人に命令する前に従うことを覚えろ。君は一憲兵の分際で、
「滅相もありません。しかし、先ほどこちらへ来たペーティルとは交友がありまして、彼のことはよく存じております」
「ほう。どんな正統な理由があるのかと思えば、ただの私情とはな」
しかし、ダーリウが次に放った言葉に
「ペーティルは私と同じ
ヴァドリア王国では基本的に「
ダーリウは更に続けた。
「聞けば、彼女は橋から落ちた汽車の車内に取り残された乗客たちの救助活動に当たっていたそうです」
「
「
「上官を前にしても物怖じせず、これだけはっきりと意見できる、という一点に関してだけは君を称賛しよう。
だが、私一人を説得できても、これが個人の裁量でどうにかなる問題ではないということも、頭の良い君なら分かるだろう? 私も君を
皮肉のつもりでもないのか、
「今のところ誰一人釈放はできない。下がれ」
精一杯虚勢を張ってきたダーリウだったが、がっくりしたように肩を落とした。
「……承知いたしました」
やはりだめだったか、とダーリウは内心そう独りごちた。
――とは言ったものの、このような小さな施設では収容しきれないことは確かだ。
「大変です! 勾留中のノルディア人どもが暴れてます!」
けたたましくドアをノックする音と共に、憲兵が外から大声で叫ぶのが聞こえてきた。
●
夜、事件から半日近く経過した頃――
――ちょっと、さすがに狭いんですけど……。
囚われの姫マリーシャは檻の中でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
人口密度はさながら奴隷船と言ったところか、この近辺にいるノルディア人たちが続々と連行されてきているようで、このまま行くと自分が立つ場所もなくなりそうだった。
――ダーリウのヤツ、「僕がなんとかしてみよっか?」とか調子のいいこと言って……。
あれから何時間も経ったがちっとも外に出られる気配はなく、マリーシャはいらだちを募らせていた。
――あぁ……、もうお腹空きすぎて死にそう……。
長時間にわたる拘束によるストレスや空腹で限界なのは皆も同じのようで、そこかしこでいざこざが起こっていた。
「押すなよ! 狭いんだから!」
「アンタこそ押さないでよ! あと、アタシのお尻触らないで!」
「黙れ、お前の尻がデカいせいでもっと狭くなるんだ!」
そんな中、一部の者たちが憲兵を挑発するように怒鳴り始めた。
「早く外に出せ!!」
「いい加減にしねえとブチ殺すぞ!!」
彼らは動物園の猛獣のように鉄格子をガタガタと揺さぶりながら喚き散らした。
マリーシャはといえば、人々の押し合いへし合いの中でもみくちゃにされて呼吸もままならなかった。
――息が……、できない……!
彼女が真面目に窒息死しかけていると――
「おい、ノルディア人ども」
別の憲兵がやってきて、突然彼らに銃を突き付けながらこう呼びかけた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます