第6話 再会
憲兵たちの指示で、マリーシャを含めて五人ほど――その内の三人が女性、一人が子供だった――が牢から外に出るように言われた。あまりにも突然のことで彼女も困惑したが、逆らうわけにもいかないので黙って従った。
彼らは行き先も告げられずに、数人の憲兵に取り囲まれて暗い廊下を並んで歩かされた。
「アタシたち、釈放されるのかい?」
一人のノルディア人の中年女性が尋ねると、
「いいから黙って歩け」
憲兵はムスッとした顔で、急かすようにそう一言口にしたのみだった。
やがて彼らは
「ノルディア人どもに告ぐ」
窓越しに月明りが彼を照らし、片眼鏡に反射した。自分たちの処遇がどうなるのか、彼らは皆緊張した面持ちで
「
彼の言葉にノルディア人たちはざわつき出した。
「臨時の……隔離区域……?」
「知っての通り、現在
ここまで言って一旦話を区切ると、彼は苦虫をかみつぶしたような表情になった。
「
「ハッ、勝手なもんだ」
先ほどの女性が小声でそう言うと、
「貴様らには当分の間、チルバに居留してもらう」
「チルバって……、あの川沿いの町ですか?」
そこはノルディア人が多く住む場所で、貧民街としても知られていた。
すると
「そうだ。貴様らは生活の一切をその町の中で行い、
そうして彼はドアを乱暴にバタンと閉め、さっさと自室に戻ってしまった。
――これは……、喜んでいいのかしら……?
マリーシャを含め、取り残されたノルディア人たちの多くはこれを本当に心から喜んでいいのか悩んでいるようだった。
勾留か、隔離か。
爆破事件があってから、首都にいるノルディア人たちの大半は否が応でもこのどちらかを選択することになったのだった。
――でも、とりあえず牢屋から出られてよかった。
この日何時間も行動の自由を奪われたマリーシャにとっては、少なくとも朗報ではあった。
マリーシャがやっと屯所の外に出たとき外は真っ暗で、門の前に集まっている黒い群衆の一人がペーティルだということに気づかなかった。
「おーいっ、マリーシャッ!!」
人混みの中懸命に背伸びして手を振るペーティルを見とめると、マリーシャは笑顔で駆け出した。
「ペーティル!」
二人は出会い頭に熱い抱擁を交わした。
実に半年ぶりの再会であった。
「こんなにアナタが恋しいと思ったことはないわ!」
マリーシャはペーティルを抱きしめてしみじみそう言った。
「本当に心配したんだぞ……。こんな日にハルホルトに呼んじまってごめんな……」
全部僕のせいだ、と言いながらペーティルは目を潤ませた。
「辛かったろ、まさか牢屋にぶち込まれるなんて……」
涙ぐむペーティルを前にマリーシャは苦笑した。
「まぁ、確かに今日はタイヘンだったけど、ケガはしてないわ。それより、もうお腹ペコペコよ」
しかし彼女にとってこの日は、一生を三回繰り返したと思えるほど長い一日であった。
「そうかそうか、まず何か食べなきゃな。今あんまりお金の持ち合わせがないけど、何でも好きな物買ってやるよ、
ペーティルは涙をぬぐうと、胸を叩いて微笑んだ。
「
――ホントは温かい
そんなことを思いつつも、マリーシャは彼の精一杯の好意に感謝の言葉を口にした。
「ところで、この人は?」
マリーシャは先ほどからペーティルの隣にいる大男の存在が気になっていた。
「俺はベンってもんだ。ハルホルト港でハヴニーフをやってる」
ベンの隣にいたペーティルが、僕が前に港で働いてたときにお世話になった方だよ、と付け加えた。
「ベンさんがさっきもマリーシャを探すのを手伝ってくれたんだ」
ベンは何の遠慮もなくマリーシャをジロジロ見ると、
「お嬢ちゃんがマリーシャか。随分と
彼の視線が恥ずかしかったのか、ただお世辞に慣れていないのか、マリーシャは顔を赤らめた。
「ど、どうも……ありがとうございました」
ここで、ペーティルが思い出しようにこんなことを言い出した。
「それはそうと、自分から海に飛び込むなんてなんてバカな真似をするんだ!」
件の話を聞いてから、ペーティルはずっとマリーシャを叱る気でいた。
「アタシは平気よ。
この時マリーシャは少し眉を吊り上げたが、あくまでも冷静なフリをして切り返した。
「溺れた人を助けようとして自分も溺れたらどうするんだよ? まぁ、溺れなくてもケガとかさ」
「アンタと違ってアタシは薄情じゃないだけよ」
するとペーティルはため息をついた。
「やれやれ、
「だからさっきから
「
「それじゃ『
「『
「汚いから、その言葉言わないで」
まるで口論のようなやり取り――
いつもの調子を取り戻してきたのか、二人はああだこうだ言い合っていた。それは傍から見ると仲睦まじいようにしか見えなかったに違いない。
「しっかし、こんな子が彼女とは……。ペーティル、お前もやるな!」
ベンが腕組みをしながらそう言うと、二人は異口同音に全力で否定した。
「いや、私たち付き合ってないですって!」
その様子を見て、ベンはさもおかしそうに笑った。
その後、三人はその場で立ち話を続けた。ペーティルとベンの二人はマリーシャを探すのにどれだけ苦労したかを語り始めた。
「――それで、さっきもよ、『正式な市民ではない
「いや、アンタはただ憲兵に個人的な恨みがあるだけだろ」
そんな話で盛り上がっていると――
「おぉ、
「ダーリウさん、今日は本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいか……」
かしこまるマリーシャにダーリウはニッコリと微笑んだ。
「君には檻なんて似つかわしくないからね。あぁ、マリーシャ、君の美しさは月明りの下で自由に羽ばたく
ダーリウが再び愛の詩を読み上げ始めたところで、憲兵嫌いのベンが殴りかかろうとした。
「てめえ、さっきはよくも……!」
「ベンさん、だからこの人は僕の友達でいい人だって――」
「『
ペーティルが必死に止めるも、ベンは聞く耳を持とうとしない。
「ハハ、せっかく出してあげたっていうのに。『どういたしまして!』」
ダーリウが肩をすくめて皮肉るも、ベンは鼻で笑った。
「ハン、それなら最初から無実の人間を捕まえなきゃいいだろうが!」
不機嫌なベンを宥めつつ、ペーティルはダーリウに話しかけた。
「ダーリウ、今日はありがとう。君がいなかったら今頃マリーシャも僕もどうなっていたか……」
「いやいや、いいんだ。水から出た『
ダーリウは冗談めかしてそう言ったが、
「でも、僕にできることは精々これぐらいさ」
どうやら他のノルディア人たちもチルバに集められてるみたいだ、ペーティルの耳元で囁いた。
「そうか……。しばらく首都から出られそうにないな」
ペーティルが複雑な表情で俯くと、ダーリウは彼の肩を軽く叩いて励ました。
――どうしたのかしら。
そんな二人の様子を見て、何も知らないマリーシャはただ不穏な空気を感じるのみだった。
一応市民登録をしているペーティルは自宅謹慎という手もあったらしいが、マリーシャが心配なので彼も結局ついて来ることになった。
自主的に隔離地域へと向かうため、マリーシャとペーティルが屯所を後にしようとしたとき――
「嬢ちゃんたち、これからチルバへ行くんだろ? それなら俺も行くよ」
声をかけてきたベンにマリーシャは振り返った。
「ついてきてくださるんですか?」
するとベンは吹き出して、
「ついてくも何も、俺の家がそこなんだよ」
「なるほど」
こうしてマリーシャは三人でチルバへ向かうこととなった。
だがこの時、彼ら三人はそこから始まる長い隔離生活がどのようなものか、まだ知る由もなかったのだった。
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