第4章 別の商売始めてみます
第15話 座して待つのは愚策
俺たちはソルヴィの海上保険業を広めるための最初の旅を成功させ、後はシャンロ行きの船を待つまでになっていた。俺の船たちが北東の果ての都市レクキアを回って戻ってくるまでには少し間がある。俺とソルヴィとエリアスは、それぞれに商談や情報収集を行いつつのんびり過ごしていた。
ある時、俺はマーリット商会ルシール支店の屋敷で昼食を頂き、借りている部屋に休憩のため引き返そうとしていた。そこへ声をかけてきた者がある。
「おい、ミーケル」
「うわ、エリアス。何か用か」
「言いたいことがあってな!」
「うん」
「君、ソルヴィ様との関係をこのまま一切進めないつもりかい?」
「うぐっ」
俺は後ずさった。
「だ、だって俺は、ソルヴィ様とは吊り合わないし……」
「具体的にはどんなところがだ? 顔か? 性格か? 実力か? それでもってそれはじっと待っていれば吊り合うようになるものなのか?」
「え、い、家柄っていうか……格、かな? そう言われりゃあ、待ってたってどうせ何も……」
「そんなことか! 全く君は愚図だなあ!」
エリアスはずばずばと言ってくる。
「商人にとって家柄なんてものは所詮あれだ、大きな商売をやって代々財産を築いてきたかどうかだろう? じゃあとっとと君がやれば良い!」
「はあ? 何を?」
「だから」
エリアスは朗々たる声で言った。
「君が一代で財産を築き上げればいいのさ!」
俺はぽかんとしてエリアスを見ていた。そして、自分の手元にあるちっぽけな金額と、マーリット家の有する莫大な富とを、比べてみた。比べるまでもないから、これまでそんなこと考えもしなかったが。
「……いや、無理では? 一介の輸送業者に、そんな大それた夢……」
「無理じゃない! 君は、海上保険でかなりの儲けを得ているはずじゃないか! それを元手に新たな商売を始めるんだ。今すぐに」
「え?」
「僕が案内してやる。こっちへ来い」
エリアスは俺の手を引っ掴んでずかずかと歩き始めた。
「うおおおい、何するんだやめてくれ」
「やめてくれはこっちの台詞だ。何が楽しくて、この僕が、君のあまりにも分かりやすい片思いを四六時中見ていなければならないんだ? せっかく行きの船でも二人きりになれたと聞いたのに、それでも何にも進展していないとは! 全くもってけしからん。僕はもう我慢の限界だ。君は早く持参金でも何でも用意してソルヴィ様に結婚を申し込む必要がある。よって僕は君を今から大商人に仕立て上げ、ついでに恩を売りまくることにする!」
まくしたてられて、俺はわけがわからなくなった。
「何でそうなる? だいたい、そんなに簡単に大金持ちになれるはずないだろう」
「やってみなければ分からない!」
「やったところで高が知れてるよ!」
「じゃあ、やめるか?」
エリアスは急に立ち止まって手を離した。
「このまま何の挑戦もせず、一介の輸送業者としての地位に甘んじて、ソルヴィ様のおこぼれに預かりながら、ソルヴィ様が他の男と結婚するのを指を咥えて見ているのか? 君の人生はそんなものでいいのか?」
「……! それは……」
「ここでやらなければ一生君はこのままだ。やるのか、やらないのか、挑戦するのか、しないのか、どっちだい?」
俺は拳を握りしめて、俯いた。しばらくしてから、絞り出すように小さな声で答えた。
「……挑戦する……」
「そうだ、それでこそ男だ」
エリアスは再びすたすたと歩き出した。俺は大きな不安に襲われながらもその後について行った。エリアスは屋敷から出て、ルシールの広場の方に向かって行く。広場では、シャンロの大市でそれぞれの商人が仕入れてきた商品や、エティカの特産品が取引されているはずだった。
「……エリアス、何をするつもりだ?」
「君は君が一番詳しい分野のことをやればいい。つまり、貿易だ」
「え……」
「君は船荷のことも知っているし、航海の危険のことも知っているし、船荷の空き容量の都合もつけられる。シャンロでよく売れるルシールの特産品でも買い込むのが丁度良いんじゃないか?」
「いや、俺なんて買い場じゃ目利きもできないし、売り場でも顔が広くないし、どうせ鴨にされるだけだよ。俺の父さんだってそれで失敗したんだ。よく知らない市場に参入して負けちゃって」
「まあ、やってみればいいじゃないか。まずは僕の知人の商人から当たってみよう。それで大当たりするかも知れないし」
「そんな適当な商売があるか」
「何だ、挑戦すると言うのは嘘か?」
「……嘘ジャナイデス……」
何やかんやで広場に着いてしまった。大勢のエティカ人が見物や買付に訪れていて、フレゼリー人商人や他の国の商人も目に付く。
「さて、何の商品にするんだい?」
「……大市が終わったシャンロでも継続的に仕入れるのは……やっぱり染色材かな……」
「なるほど、では僕の知るキノイの花売りの所へ行こう! 彼からはよく両替を承っているんだ」
キノイの花は金色の染色材で、北方の寒冷地でよく育つ特殊な植物だ。エティカ人の農民は穀物を栽培する分の農地を割いてまでキノイを栽培して儲けを出していると聞く。
「いたいた。おーい、ヨルゲン・ベディーレ! 僕だ、エリアスだ!」
エリアスは躊躇なく声をかけて近寄って行く。始まってしまった、と俺は胃がきゅっとなるような緊張感に襲われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます