第14話 妨害工作に弱点あり
お昼頃、俺は手にした情報を頭に叩き込んで宿に帰った。談話室では、ディック・メリキアスの元から帰ってきたソルヴィとエリアスが、難しい顔をして、次に話を持っていく貿易商人を誰にするか話し合っていた。
「戻りました」
俺は緊張の面持ちで二人のそばに立った。
「おかえりなさい、ミーケル。何か良い情報は得られたの?」
「はい」
俺は頷いた。それから幾分声を落として、成果を報告した。
「イェンス・ゴットフルは、俺たちの邪魔をするために、かなり無理を言って船を用意させているようです。有り体に言うと、採算を取るために、主に人件費を削っています。これは、航海の安全性を著しく損なう行為です」
「あら……。要するに、ちゃんとした人を雇っているミーケルの船の方が、船荷が安全に目的地に着く可能性が高いという訳ね」
「その通りです。俺は今後とも情報収集を続けて、安全性を極めた航路および日程を選択しようと思っています。情報の精密さと航海の確実性をもってすれば、イェンスに対抗できると思うのですが、如何でしょうか」
「……分かったわ」
ソルヴィは言った。
「これから、新しいお客に話を持っていくけど、もしそのお客にイェンスの手が回っているようなら、ミーケルの話で説得して、より安全性の高い私たちの方を選ぶよう誘導してみましょう」
「はい」
「お手柄ね、ミーケル」
ソルヴィが俺に笑いかけたので、俺は胸を撫で下ろすと共に、何だか温かい気持ちになった。
「よし、では午後からはその方向性で行こうではありませんか! 僕も頼りにしているぞ、ミーケル」
「うん。頑張るよ」
俺はいよいよ決意を固め、二人の作戦会議に本腰を入れて参加した。
⚓︎⚓︎⚓︎
商談相手の貿易商人は、非常に迷っている様子で、ソルヴィの提示した書類を睨みつけていた。
「そうか、イェンス殿の保険にはそんな面が……それにこちらにはディック殿からの口添えもあると来たか……」
「我々の海上保険は、航海の安全性を高めることで、双方にとって利益のある仕組みになっているのが特長です」
俺は懸命に説明した。
「そのため保険料の価格帯も最低限にまで抑えることができています。このことは先ほどの俺の説明でご理解頂けたと思うのですが……。イェンスさんの示した金額では、その最低限の安全性が確保できないという落とし穴があるんです。安全が確保できなければ当然船荷を失う可能性が出てきますし、そうするとイェンスさんは多額の保険金を支払う羽目になりますから、この形態での保険業は長続きしません。長期的に契約することをお考えであれば、お客様にも損害が出る危険性が高まります」
「ふむ……」
「保険料を最低限に、なおかつ船荷の安全性をなるべく確保する、これが我々の目指す保険の形です。イェンスさんのように不当に安い金額を提示するとどこかに無理が生じますし、それはお客様の不利益にも直結してしまいます。このことを考慮に入れた上で、慎重な判断を下されることをおすすめします」
「ふむ」
お客はしばらく考え込んでいたが、やがてにっこりと俺たちを見渡した。
「分かった。君たちが保険の仕組みと航海の危険性をしっかり説明してくれたことで、決心がついたよ。ディック殿のこともあるし……俺は君たちの保険に入らせてもらう」
「……! ありがとうございます!」
俺たちは声を揃えて言って、お互いに笑い合った。良かった。やっぱり誠実に、お互いを思い合って商売をしていれば、報われるんだ。
商売は信用が命。ここがそんな世界で本当に良かった。
⚓︎⚓︎⚓︎
こんな調子で、少しずつではあるが、俺たちは顧客を確保して行った。もちろん、イェンスの妨害が効を奏して商談が失敗することもあったが、それでもルシールでの足がかりになるだけの十分な数の契約を取ってくることができた。
俺の船たちが無事にコープルに着いたと手紙が来た日、ソルヴィは満を辞してマーリット商会ルシール支店に乗り込んで、イェンスに直接勝利宣言をして来た。俺たちがはらはらしている前で、イェンスは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
更にとどめとして、イェンスの手配した船のうち一隻が、座礁したという噂が入ってきた。やはり人件費を抑えたせいで管理が杜撰になっていたのが一因だろう。ルシールで幅を利かせていたイェンスの評判に傷がついた。
その後イェンス・ゴットフルは、ソルヴィの父ベングトから見放されて支店長の座を追われた。別の人物が、新たに支店長となった。お陰様で俺たちは、ルシールでもマーリット商会の支店を頼りながらの商売ができるようになった。
「ありがとう。二人のお陰で何とかうまく行ったわ」
ソルヴィが何度も礼を言うので、俺はすっかり参ってしまった。赤くなるばかりでうまく言葉が出てこない。
「特にミーケルはお手柄だったわね! あなたのお陰でイェンスの弱点を見抜くことができたわ」
「そんな……俺はただ……」
「ミーケル、ここはソルヴィ様の賛辞を素直に受け取っておくのが良いと思うぞ!」
「あ、はい……お褒めに預かり光栄です……。これからもお役に立ってみせます……!」
「ふふっ、そうね! ありがとう!」
ソルヴィは明るく言った。
「ミーケルのお陰で今のところ、事故も起こっていないから、お出しする保険金もほとんど無くて済んでいるし……本当に助かってるわ」
「……は、はい……」
「にしてもミーケルったら顔が真っ赤ねえ」
ソルヴィがまたしてもじっと俺のことを見た。俺はぎくっとした。
「……ただ褒めてるだけなんだから、そんなに照れることないのよ! 自信を持ちなさい」
「……はい……」
俺は小さく言った。エリアスはやれやれと言った様子で大袈裟に溜息をついたのだった。
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