第13話 乗り越えるべき難局


「いやぁ、ちょっとうちの方では、話を受けかねますね」

 お客が途中で話を遮って言った。

「あら、どうしてでしょうか? 悪くない話だと思いますが」

「それは、そうなんですが」

「差し支えなければ、理由をお伺いしても?」

「うーん」

 結局、うやむやにされて話は終わってしまった。商談失敗。これで三件目だ。丸一日が潰れたことになる。二回目までは「まあ、こんなこともあるわよね。次へ行きましょう!」と気張っていたソルヴィも、今回は少しばかり肩を落としている。俺も、預かるはずの船荷まで他に取られてしまったので残念である。

「ここまで食いつかれないのは初めてよ! ほとんど相手にもされないなんて! やっぱり地元でない町での商売って難しいのかしら」

「……いえ、そんなはずはありません」

 エリアスは眉間にしわを寄せ、立ち止まった。

「すみませんソルヴィ様、今のお客様にお聞き忘れたことがありました。僕のことは気にせず、先にお戻りください」

 そう言ったエリアスが宿に戻った頃には日が暮れていた。俺とソルヴィは談話室でお茶を頂きながら、次の作戦を練って待っていた。

「ソルヴィ様! ミーケル!」

 例の張りのある声が聞こえたので振り返れば、エリアスが立っていた。

「お帰り。遅かったわね」

「お待たせしてしまいすみません。しかし、あのお客から情報を引き出すことに成功しましたよ! やっぱりイェンスが一枚噛んでいました」

 エリアスは俺の隣の席に座ると、客から聞いたという話を披露した。それによると、どうやらイェンスは自分の取引先の商人に次々と声をかけて、ソルヴィと取引しないように言い聞かせているのだという。もしソルヴィからの話を断れば、更に良い値段で自分が保険を引き受けると言い始めたのだとか。

「まあ、随分と直截的で不躾な方法ね」

 ソルヴィが吐息をついた。

「それで私が喜ぶと思っているのかしら」

「全くです! これは由々しき事態ですよ! そうだろうミーケル」

「うん……」

 俺は色々と解決方法を考えていたが、すぐには思いつかない。

「……でも、そんなやり方ならすぐに限界が来るんじゃないですか。こっちは俺が損害率とか色々考えて元々安い値段で提供してるんで……」

「いいえ。相手は仮にも私の実家の支店よ。人手も資金も沢山持ってる。私たちがちまちまやるより安くする手段はいくらでもあるわ。船だってやろうと思えば用意できるでしょうし」

「……!」

 俺は頭をぶたれたような衝撃を感じた。

 俺はソルヴィに頼られて多少なりとも自信を持っていたし、船に関することなら尚更うまくやれると自負していた。それが、他でもないソルヴィ自身の口から、赤の他人の方が船を安く用意できると言われてしまったのだ。つまり、俺ではソルヴィの役に立てない。……このままではソルヴィの身が危ういだけではなく、俺がソルヴィから見放されてしまう……?

「こら、気落ちするな、ミーケル!」

 エリアスが激励した。

「これくらいの危機を乗り越えられなくてどうする。解決策は必ずあるはずだ!」

「あ、うん……」

 エリアスはいついかなる時も前向きな姿勢を崩さないな、と俺は思った。難局を必ず乗り越えられる保証なんてどこにも無いのに、元気なことだ。俺にはとてもできそうにない。

「まあ、乗り越えなければ話にならないわね。私だっておめおめとルシールを諦める訳にはいかないわ。……そうよ、逆にこれは好機よ。私が実家の助け無しにやれるって、証明してやるんだから」

 ソルヴィはさっさと気持ちを切り替えたようだった。ソルヴィの気丈さには全く感心させられる。俺も見習わなければならないと思う。

 ソルヴィは真剣な顔で話し始めた。

「まず、まだイェンスの手が伸びていないであろう商人に当たりをつけるべきだわ。そのためにはディックさんの協力が欠かせないわね。ディックさんと懇意の商人から探すのがいいもの。きっとお忙しいでしょうけど、少しだけ時間を取って頂かなくては。それから、情報をもっと集めるの。こっちの保険料の値段をどうにかするために。ミーケルの出す船についての情報に加えて、イェンスが手配する船についての情報も……」

 俺は姿勢を正した。俺が役に立てるという可能性が出てきた。今度こそうまくやってみせる、と俺は誓った。

「……お任せください。必ずや有益な情報を掴んできてみせます」

「信頼してるわ」

 ソルヴィは微笑んだ。

「そう言う時のミーケルって、確実に仕事をやってきてくれるもの」

 俺は顔を火照らせて頷いた。信頼には絶対に応えなければならない。これは商人の鉄則だ。


 ⚓︎⚓︎⚓︎


 俺はルシールの河口にかかる橋の元にいた。ルシールでもやはり橋の元が商人の溜まり場だ。俺はルシールでもよくこうやって船荷を預かる商談をするから、ここには慣れている。

「やあ、ミーケル」

 早速知人が俺を見つけて声をかけてきた。

「やあ。早速で悪いが、ちょっと聞きたいことがあるんだ……最近、イェンス・ゴットフルが……」

「ああ! マーリット商会の支店が急に船を出すとか言い出した件かな?」

「話が早いな。それに関してちょっと困ってるんだ。だからせめて情報を集めたくて」

「俺に聞いたのは正解だったな。俺の見立てを教えてやろう。その代わりお前はシャンロの大市のことでも教えろよ」

「うん。ありがとう。助かるよ」

 俺たちは道の脇によけて、顔を突き合わせて話を始めた。

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