第12話 好調な滑り出しです


 とりあえず作戦会議の場所も泊まる場所も無くなったので、俺たちはルシールの高級な宿を借りた。そこの談話室を利用して作戦を練る。

「俺はひとまずルシールより北に向かう船に乗るのは諦めて、船を動かす手配だけします」

 俺は言った。

「そんな、悪いわ」

「いえ。元々俺無しでも複数の船を航行させていますし。俺が行くのは監督目的なので……その辺は弟子とかに任せようかと」

 いきなり任せることになって気の毒だが、ここに来るまでのあの調子なら大丈夫そうだと、俺は判断した。

「……そう」

 ソルヴィは俺から目を逸らした。もちろんソルヴィだって、俺が確実に船荷を運ぶために毎度航海に同行していることは知っている。だがここは俺の思いを汲んでくれたらしい。

「じゃあしばらくはこの三人で、ルシールでの地盤を固めるわね。私はマーリット商会無しだとここでの人脈が無いから、二人を頼りにしてるわ」

「はい」

「はい!」

 そう、俺とエリアスはルシールでの活動歴がある。俺はルシールの商人も沢山知っているし、仲の良い商人もちゃんといる。

「まずは僕とミーケルの共通の知り合いがいないか探してみましょう!」

 エリアスが提案した。

「僕とミーケルで仲の良い商人を挙げてゆき、同じ人がいたらそこから攻めるのです」

「分かった」

 俺は頷いた。客としては船荷を扱う人でないと意味が無いので、俺の知り合いから挙げていくことにする。

「マーリット商会と同等かそれ以上の財力があって、それでもって保険に興味がありそうな商人というと……そうだな、例えば、メリキアス家はどうだろう。取引実績はあるか?」

「ディック・メリキアス様かい?」

「うん、そいつ」

「何だ、ディック様と仲が良いのなら話は早いじゃないか! もちろん僕も両替のために顔を合わせたことが数回ある!」

「そっか」

「あの方はなかなか話の分かるお方だ。僕のような若手とも積極的に取引してくださるし、あちこちに商売の手を広げていらっしゃる!」

「うん」

 俺は希望の光を見出していた。ルシールもまた大きな都市だから、大商人も何人かいる。マーリット商会ルシール支店に頼らずともやっていける可能性はあるのだ。

「ディックさんのことなら私も噂を聞いたことがあるわ。お会いしたことは無いけれど」

 ソルヴィは言った。

「ミーケル、エリアス、その方と商談の場を設けることができるかしら?」

 俺はいっとき、エリアスと目を見合わせてから、申し出た。

「俺は、直接荷物を預ったりすることもあるので、話ができると思います」

「ならミーケル、頼んだわよ」

「お任せ下さい」

 俺はむんとやる気を漲らせた。ソルヴィは安心したように笑った。


 ⚓︎⚓︎⚓︎


「はっはっは。海上保険の噂はこの私の耳にも届いているよ」

 ディック・メリキアスは優しげに笑って、俺たちを屋敷に招き入れてくれた。

「お忙しい中、お時間を取って頂き、誠にありがとうございます」

 俺は深々と礼をする。

「いやあ、ミーケル君とは元々商談の時間を取っていたからね。ついでにエリアス君と会って、余っていたベリーズをティカンズに交換できたし、逆に時間の短縮になった。だからこれくらいどうってことないよ。若手を育てるのは私の楽しみでもある」

 そう言ってディックはソルヴィを興味深そうに見つめた。

「お若い娘さん、それもマーリット商会の一人娘ソルヴィさんが、新規事業を頑張っているとなれば、協力しない手は無いよ」

「ありがとうございます。嬉しい限りですわ」

 ソルヴィは上品にお辞儀をしてみせた。俺は内心ほっとしていた。若手への投資に積極的なディックが味方についてくれなかったら、先行きはかなり怪しかったところだ。

「ディック様は今回、シャンロからの穀物をお運びになりたいとのことですが……」

 俺はさっと地図を広げて机に出した。エティカ島の東海岸を指でなぞる。

「ご存知の通り、今回俺の船は、ルシールから北の、コープル、ストゥル、レクキアを回って来る予定です。保険を適用する航路は如何致しましょうか。こちらとしては、全航路を扱うことが可能です。もちろん、最初は様子を見るために、ルシール・コープル間の片道のみという手段もございますが……」

「ふむ。具体的にはどう違うのかな?」

「それは私から説明致しますわ」

 ソルヴィが進み出た。一通り、それぞれの航路の危険度とそれに応じた保険料の金額を解説する。いずれも、従来の共同出資よりかなり安く抑えられているはずだった。二、三の質問にも、ソルヴィはすらすらと回答した。ディックは顎に手をやった。

「ふむ……分かった。説明ありがとう。決めたよ」

 ディックの次の言葉を、俺たちは固唾を飲んで待ち構えた。

「全行程に保険をかけることにしよう。君たちが成長した時のための投資も兼ねてね。はっはっは!」

 俺は自然と顔に笑みが広がるのを感じた。俺たち三人は顔を見合わせて喜び、口々にディックにお礼を言った。うきうきした気持ちでメリキアス邸を後にする。

「初手からメリキアス家を後ろ盾につけられたのは幸運だったわ!」

 ソルヴィはにこにこしていて、宿に戻る足取りも軽かった。

「この調子でガンガン取引していきましょう。そしてルシールで地盤を固めて、逆にあのイェンスが私に泣きついてくるようにしてやるわ!」

 また、大きなことを言い始めた。だがエリアスは肯定的だった。

「是非ともそうしてやりましょう! な、ミーケル!」

「そ……そうだね。頑張りましょう」

 俺も頷いた。

 ……だが、この後の交渉は、必ずしもうまくは行かなかった。

 そう、あのイェンス・ゴットフルは、俺たちが思っていたより、ソルヴィとの結婚に執着していたのだ。

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