第8話 何かと余計なことを


「いや、別に?」

 エリアスは俺の苛立ちをものともしない様子で言った。

「ただ、ソルヴィ様が商人としてまだ駆け出しでいらっしゃるのは事実だろう? これから成長していけばいいじゃないか」

「な……何なんだ、その、上から目線は。さっきの商談の時も、勝手にソルヴィ様から主導権を奪って、べらべら喋っていたし……お前、ちょっと、何というか、出しゃばりすぎ……!」

「そうか?」

「そうだ。ソルヴィ様への敬意が足りないんだ、エリアスは」

「別に良いわよ、そんなもの」

 ガチャッと扉が開いて、ソルヴィが戻ってきた。俺は椅子から飛び上がって驚いた。心臓がばくばく言っている。

「ソルヴィ様、えっと、その」

「尊敬なんかされたって一ゼリーズにもならないわ。でも、ありがとう、ミーケル。そんなにまで私のことを信頼してくれる仲間を得られたのは、とっても嬉しいことよ。あなたは頼もしい味方ね」

「あの、ええと……、ありがとうございます」

 俺は恥ずかしいような嬉しいような、妙な気持ちになった。そうか、尊敬は別に要らないのか……それならエリアスの言動も許してやらないでもないが……しかし……。

 次いでソルヴィはエリアスの方を向いた。

「そしてエリアス、あなたも同様に頼もしい味方よ。私の弱点をちゃんと把握して、口に出してくれたり補ってくれたりする人材は、大切にしなくちゃね。これからもよろしく」

「よろしくお願いします!」

 エリアスはぴしりと礼をした。俺はまたもやもやが胸を覆うのを感じたが、頑張ってそれを振り払った。

「で? 二人とも話は終わったの?」

「はい、俺から話せることはだいたい話しました」

「僕からはまだ聞きたいことがあったのですが……ミーケルがもう無いと言うのならここら辺にしておきます」

 おい、遠回しに俺のことを使えない奴って言ってないか? むむむむ……やっぱりエリアスは腹の立つ奴だ。

「じゃあおしまいってことでいいのね? 二人とも、保険の仕事は明日からだし、もう用は無いわよね。見送るわ。さあ、立って立って」

 俺たちはそれぞれかばんを持って立ち上がると、ソルヴィについてマーリット宅の出口まで行った。

「これからミーケルはどこへ?」

「港へ行って船の点検係の話を聞いて参ります」

「エリアスは?」

「一旦自宅に帰ります。大市で一仕事するために道具を揃えたいので」

「そう。二人とも頑張って。それじゃあね」

「失礼します」

「お疲れ様でした!」

 ソルヴィが扉を閉めるのを待ってから、俺はエリアスに「じゃあな」と言って背を向け、歩き出した。

「ああ、またな!」

 エリアスの声が追いかけてくる。

 悪い奴じゃないんだ、と俺は自分に言い聞かせる。エリアスは悪意のある人物ではない。ただちょくちょく俺の気に障ることを言ってしまうだけで……。エリアスがソルヴィのことを駆け出しと指摘したことも、ソルヴィが良いと言うなら良いんだ。実際ソルヴィが初心者なのは、俺だってちゃんと分かっているし。彼の意見は間違ってはいない。

(それにしても、雑談……か)

 俺は考え込んだ。

(保険に必要なのは、信頼と情報。そして俺に求められているのは情報力)

 これまでだって決して雑談をおろそかにしてきた訳じゃないけれど、商人仲間とはあくまで情報の交換という意識で接してきた。それよりももっと細かいことにまで興味を持った方が良いのだろうか。

(いや、客の好きな食べ物とかは、流石にどうでもいいと思うんだが……)

 俺は溜息をついた。まあ、エリアスの主張を全て受け入れるというのも癪だし、参考程度に留めておこう。


 ⚓︎⚓︎⚓︎


「うん、順調ね」

 ソルヴィはエリアスが持って帰ってきた報告書と契約書、および集めたお金の中から手数料を差し引いた分の金額をざっと見て、そう評した。

「流石はエリアスだわ。あなたに頼んで正解だった」

「お褒めに預かり光栄です」

 エリアスは自信満々といった様子で言った。……正直、ちょっと羨ましい。

「ミーケルも一応これを見ておいて」

「はい」

 俺はソルヴィから机越しに報告書を受け取った。エリアスは、一日で会えるだけの人にきっちりと会って、その全員から契約を取ってきていた。悔しいが、彼の腕は確かなようだ。

「浮かない顔ね」

 突然、ソルヴィは言った。

「契約がうまくいっていること、嬉しくないの?」

「えっ?」

 俺はびっくりして報告書を机に落とした。

「そそそそっそんなことはないですよ。嬉しいです」

「そう? それならいいけれど」

 ソルヴィは俺のことをまじまじと見ている。次第に耐えきれなくなってきた俺は、こう尋ねた。

「あの……どうされたんですか?」

「エリアスがね、教えてくれたのよ」

 ソルヴィは生真面目に答えた。

「商人たるもの、相手の表情をよく見るべきだって」

「は、はあ……」

「ミーケル、何か不安なことでもあるの?」

「いえ、全く無いです」

 俺はきっぱりと言ったが、エリアスが割って入った。

「流石はソルヴィ様、慧眼でいらっしゃる。恐らくミーケルは心配しているのでしょう。僕が優秀だと、自分の評価が落ちるのではないかと」

「は?」

 俺は狼狽して思わず声を上げたが、エリアスは構わず続ける。

「だが心配は要らないぞ、ミーケル! 君もまた非常に優秀だ。それに君がソルヴィ様を慕う気持ちは──」

 俺は横からエリアスを突き飛ばして、話を遮った。エリアスは長椅子から床に転がり落ちた。

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