第7話 雑談から得られる物
俺は唖然としてエリアスの喋りっぷりを見ていた。
最初はソルヴィが主導して話を進めていて、俺が少しばかり必要なことを喋るという体裁だった。ところが俺たちを見学していたエリアスの話題になると、エリアスは待ってましたとばかりにお客と話に花を咲かせ始めたのだ。
「お客様は確か西の都市から……ええ、ワプランのご出身でしたよね。シャンロの大市のためにわざわざこちらへ? なるほどなるほど、今は丁度毛織物の取引の期間ですからねえ。ご存じの通り、ワプラン名産の毛織物はシャンロでも大評判ですよ。南の牧草地から取れる良質な羊毛を取り寄せて、糸紡ぎで糸を作って、各地で採れる染色剤で染色して、ワプランで織り上げていく……。僕は広場でああして店先に積まれている毛織物たちが辿った工程を思うと、こう、冒険心をくすぐられるような、わくわくする気持ちになりますね。……ですよね、そうですよね! 共感していただけて光栄です。ところで、お客様のルシールからの荷は染色剤でしたよね。ええ。お客様のお召し物にも、エティカの金の染色剤が使われていますね。はい、先ほどから気になっておりました。少し拝見しても? 何とまあ……綺麗ですねえ。袖の縞模様が何とも美しい……。憧れます。おや、お客様は金糸の刺繍のハンカチも? いずれお買いになりたい? ああ、分かります。エティカ島で刺繍される独特の絵柄は非常に興味深いですし、高級感もありますよねえ。王侯貴族の方々はよくお持ちだとのことですが、お客様ほどの腕の立つ商人であれば、きっとお買いになれますよ。え、僕ですか? 僕はまだまだ、マーリット商会のお世話になるばかりの駆け出し商人で……ですが、そうですね、僕もエティカの染色剤を使ったワプラン産の毛織物の服を着てみるのが、ささやかな夢ですねえ。あはは、はい、頑張ります」
ころころころころ、よく口の回る奴だ。客も楽しそうにお喋りに興じている。
「そろそろお開きにしましょうか」
話が途切れたところで、ソルヴィが言った。
「お客様、本日はご契約誠にありがとうございました」
⚓︎⚓︎⚓︎
三人はてくてくとマーリット宅の長い廊下を行く。
「いやあ、商談がまとまって良かったですねえ、ソルヴィ様!」
「そうね」
「ミーケルも良かったな、船荷が決まって!」
「え、あ……うん。そうだな」
俺はしげしげとエリアスを見た。
「随分とよくしゃべってたな、エリアス」
「そうか? 僕が商談をする時はいつもあんなもんだぞ! まあ、本業の両替をする時は、あまり余分な時間は取れんがな」
「ふうん……」
俺は口がうまくない方だから、感覚がよく分からなかった。俺ももう少し雑談などをした方がいいのだろうか? その方が沢山情報が手に入るし、何より場の雰囲気が良くなって、相手に好印象を与えられるかも……。俺はソルヴィをちらりと見た。ソルヴィは黙って先を歩いている。俺は何故かちょっと安心した。
ソルヴィの事務室に戻った俺たちは、長椅子に座って机を囲んだ。
「二人とも、ご苦労様」
ソルヴィは切り出した。
「さて、これからあなたたちにしてもらう仕事を説明するわね。エリアスは、ミーケルが既に荷を預かる約束をしている商人から、保険の契約を取ってきて。今回、金額は一律同じでやるから、あとはあなたの営業力次第よ。契約内容はしっかり書き留めて、全て私に報告するの。いいわね?」
「はい!」
「ミーケルはこれまで通り、私と一緒に新規のお客様を勧誘して頂戴。船荷を預かる交渉はあなたにしかできないから、しっかりやるのよ」
「はい」
俺は密かに胸を撫で下ろした。良かった、俺はこれからもソルヴィと二人で行動できるのか。
「じゃあそういう訳だから、エリアスはミーケルから顧客情報を聞いておいて。ここの事務室を貸してあげる。私は別の作業があるからちょっと失礼するわね。すぐ戻るから!」
ソルヴィは言うだけ言うと、立ち上がってそそくさと事務室を去った。後には俺とエリアスが残された。
「……」
こいつと二人で残されると何となく息がしづらい。だがエリアスはそんな俺の様子を気にすることもなく、陽気に声をかけてきた。
「おいおいミーケル、何をぽかんとしてるんだ? さっさと話を進めようぜ!」
「あ、ああ、分かった。じゃあ最初は……」
俺はぽつぽつと必要な情報を伝えた。ところがエリアスは、どうでもいいことまで細々と質問してくる。客の荷物の品質だとか、客の家族構成だとか、客の好きな食べ物だとか……。全く知らない訳ではないので俺は分かる範囲で教えたが、エリアスはもっと知りたそうだった。
「ミーケルは無口だな! そんなんで商売うまくいくのか?」
ずけずけと聞く。余計なお世話だ、と俺は思った。
「俺だって必要なことはしゃべってる。それでうまくやってるよ」
「もっとしゃべった方がうまくいくぞ、絶対! 雑談から得られる情報は何より貴重だからな!」
「……まあ、それはその通りだけど」
俺はむくれた。どうもこの男とは反りが合わない。言っていることが一理あるだけに、少しいらいらする。
「ソルヴィ様もよく話されるが、あれでも必要最低限といった感じだな」
エリアスは勝手に評した。
「ソルヴィ様には商人として成長すべき点がまだまだ山ほどおありだ!」
「は?」
俺はぎろりとエリアスを睨んだ。
「エリアス、お前、ソルヴィ様に文句でもあるのか?」
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