第2章 仲介人を雇います

第6話 新しく加わった仲間


「仲介人を雇う……ですか」

 俺は舶来品のお茶にこれまた舶来品の砂糖を入れながら、ソルヴィを見返した。

「ええ。交渉も、私とあなた二人では限界があるもの」

 ソルヴィはお茶をスプーンでかき混ぜていた。

 保険業は、最初の成功以後も、二度、三度、四度と順調に進んでいた。お客も確実に増えてきている。そして、これ以上の交渉を二人きりで行うのは、確かに時間的に厳しいものがある。

「それで、仲介人をどなたにするかはお決めになっているのですか」

「当たりはつけているわ。マーリット商会の下請け商人で、私の保険業に興味を持っている人がいるのよ。エリアスっていうんだけど」

 俺はもやもやした気持ちがむくむくと胸の内に湧くのを感じた。

「若い方ですか?」

「え? まあ、そうね。あなたと同い年くらいじゃなかったかしら」

 胸のもやもやは大きくなった。

「まあ、それでも経験的には問題無いと思うわよ。仕事ぶりは信用できるもの。今までに大きな損害を出したことも無いし」

「そうですか……」

「大丈夫、新しく人を雇ったところで、あなたの儲けが少なくなることはないから」

 そういうことじゃないんだけど、と思いながら、俺はお茶を飲んだ。遥か東の地の不思議な風味と、南の地のふくよかな甘味が、口の中に広がった。


 ⚓︎⚓︎⚓︎


 翌日そのエリアスとやらと会うことになった。俺はマーリット宅を出て、ちょっと船の様子を見に港に行ってから、シャンロ市内の隅っこにある自宅に帰った。マーリット家の豪邸には遠く及ばない古い小さな家だが、俺が育った馴染み深い家だ。俺は早逝した父からこれを相続した。

 男手一つで俺を育ててくれた厳しい父。商人として大成はしなかったが、多くはない財産で俺を学校に通わせて、その後は輸送業者に弟子入りさせてくれて、早く立派な商人になれと激励してくれた。今の俺があるのは父のお陰だ。

 昼の残りの冷めた麦粥をよそって食べた後、俺はごろんと寝台に横になった。

 俺は立派にやれているだろうか。

 輸送業は一応満足にやれていると思う。船での仕事も一通り叩き込まれたし、貿易商人ともうまく交渉できるようになった。その成果かソルヴィにも声がけしてもらえて、新しい事業にも関われるようになった。

 ……父の財務状況が奮わなかったのも、陸上輸送業から新たな事業に手を出して、それが失敗したからだった。穀物の輸送から馬の飼葉も扱うようになったのだが、元から強固な繋がりのある飼葉業界に新規に参入したのがいけなかった。

 俺も似たような道を辿ろうとしている。慣れ親しんだ業界に加えて新規の事業に手を出すという道を。保険業は飼葉と違って需要が不安定だし、まだ先行きが不透明な事業だから、余計に心配だ。

 ……だが俺はソルヴィを信じると決めた。

 信じていないとやっていけない。新しく雇われるエリアスとかいう奴に負けないためにも……そいつよりもソルヴィからの信頼を勝ち取るためにも、信念が揺らいではいけないと思う。

 俺は不安を打ち消して、ソルヴィのことを思い浮かべながら、目を瞑った。


 ⚓︎⚓︎⚓︎


 事務室にて、金髪で顔立ちの整った背の高い男性が、にこやかに俺を待ち受けていた。

「やあやあ、君がミーケル・グルージュ君かい? よろしく! 僕の名はエリアス・ラルゴルド。マーリット商会のお世話になっている両替商人さ」

 エリアスが弾けるような笑顔で陽気に手を差し出す。

「よ、よろしく」

 俺が出した手はギュウッと力強く握られた。

「うわあ」

「おっと失礼、力加減を間違えてしまったよ。はっはっは、僕の癖でね。どうか気にしないでくれたまえ」

「あ、あははははは……いいんですよ……」

 俺は愛想笑いしながらも、心の中では「何だこいつ」と思っていた。何というか、胡散臭い。そして妙な存在感がある。

「安心して頂戴、ミーケル」

 ソルヴィはおかしそうに笑っていた。

「エリアスはこの通りちょっと変わった人だけど、腕は確かよ」

「は、はあ……」

「えーっ、俺、変わってますか? あははは、参ったなあ」

 エリアスはちっとも困った様子はなく、朗らかに笑って頭を掻いた。

「でも嬉しいです。俺を認めてくださって、こうして新規事業に関わらせていただけたこと、光栄に思います。頑張ります!」

「ええ、大いに頑張って頂戴」

 ソルヴィは俺とエリアスを交互に見た。俺はエリアスに対して対抗心がメラッと燃え上がるのを感じた。

「それじゃ、最初の交渉だけはこの三人でやるから。エリアスに、交渉がどんな感じなのかを見ていってほしいのよね」

「承知しました!」

「はい……」

 正直、俺とソルヴィの間にもう一人入ってくるのは面白くなかったのだが、ソルヴィの夢のためには仕方がない。我慢しよう。

 俺たちは連れ立って事務室を出た。お客様が待っているという応接間に向かう。

 ソルヴィを先頭に、俺とエリアスは並んで歩いた。堂々と歩くエリアスに比べて、何だか俺は自分が小さくみすぼらしくなったような錯覚に襲われた。だからなるべく姿勢を良くして、すたすたと歩くように心がけた。

 部屋の前に着くと、ソルヴィはいつものように扉を大きく開けて、「失礼致します」と部屋に踏み入った。俺たちもそれに続く。

「失礼します……」

 先に部屋に入ろうとする俺を押し退けて、エリアスは俺の真横にどんと立った。

「失礼します!」

 明朗な声で挨拶し、優雅にお辞儀をする。その仕草は正に一級の商人と言った風格だった。

 もしかして、と俺は思った。

 エリアスも俺に対して対抗心を燃やしているのか……?

(むむむ)

 俺はとても不安なような、微妙にムッとするような、複雑な気持ちになって、心の中で密かにしかめっつらをした。

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