第5話 初成功と将来の展望

 そんなこんなで二人目、三人目と交渉をしていくうちに、ソルヴィもだいぶ余計な力が抜けてきたようだった。やがて俺が預かる予定の荷物が目標数に達した。その時にはソルヴィは、十一件の契約を抱えていた。

「次はもうちょっと案件を取ってきたいところね」

 最初の船便の出航当日の朝、そう言いながらもソルヴィはほくほくしていた。俺はというと最後の荷物の積み込みの指示と確認でてんやわんやしていた。積み込む荷物は、穀物を中心に、野菜、ワインなど。毛織物は今回は無かった。西の都市で生産される上質な毛織物はシャンロの大市の主要な取引商品の一つだから、晴れ舞台を前にまだシャンロに留まっているのだろう。次回以降の航海では毛織物がぐんと増えることが予想される。

 穀物などは商人たちが買い上げたもので、農民から直接買い取ったものから、王侯貴族が税として徴収したものを買い取ったものまで、様々である。これらは、農耕地が比較的少ないエティカの都市人口を支えるのに役立つことだろう。

 積み込み作業が終わり、俺はソルヴィの元に挨拶に舞い戻った。

「では、行って参ります、ソルヴィ様」

「ええ、くれぐれも気をつけてね」

 ソルヴィはぐっと眉根を寄せて俺に忠告した。

「あなたの航海の成功が保険業の成功に直結しているんだから」

「あはは、そうですよね」

「なんて、冗談よ、冗談。まずは無事にルシールに着いて、無事にシャンロに帰ってらっしゃい。命あっての物種って言うでしょう」

 ソルヴィは俺の肩を叩いた。激励にしては弱々しい力だったので、俺はびっくりしてソルヴィを見たが、ソルヴィは一点の曇りも無く自信満々といった顔つきだった。俺はまたどぎまぎした。

「は、はい。気をつけます」

「頼りにしてるわ」

「はい、……必ずご期待に応えてみせますんで、ご安心ください」

「そう気張らず、いつも通りでいいのよ」

「わ、分かりました。……あ」

 弟子が船上で手を振っている。準備ができた合図だ。

「それじゃあ、俺はこれで。また数日後にお会いしましょう」

「そうね。行ってらっしゃい」

「行って参ります」

 俺は走って船に飛び乗った。錨は上げられ、もやい綱が外される。船は帆を張り海上を走り出した。

 ソルヴィに大きく手を振って別れを惜しむ俺のことを、弟子が真顔で見上げていた。

「仲がよろしいんですね」

「そ、そうか?」

「お好きなんですか。あの方のこと」

「ば、馬鹿、そんなんじゃないよ」

「ふうん……」

「……さあ、ぼーっとしてないで仕事だ。船員の見回りに行くぞ」

 俺は熱くなった顔を誤魔化すようにして甲板を後にした。


 ⚓︎⚓︎⚓︎


 数日後、シャンロにて。

「という訳で」

 ソルヴィは大量の温かい昼食を用意させて俺のことを出迎えてくれた。

「航海お疲れ様! 損害率はゼロパーセント! よくやったわミーケル!」

 ワーッとソルヴィは俺に拍手を送った。俺は恐縮して後頭部に手をやった。

「ど、どうも、お陰様で」

「何言ってんのよ、紛れもなくあなたの実力よ! あなたに頼んで良かったわ! 最初の計画は大成功ね! 保険料は丸々頂いたわ! ガッツリ儲かったわね! 快調な滑り出しよ! ああ、安心した!」

 ソルヴィは大いにはしゃいでいる様子だった。俺も初めて自分一人の力で船を動かした時は興奮していたから、気持ちは分かる。

「儲かった分でちょっと贅沢しちゃった! たんと食べて! 航海で疲れているでしょう? あなたの無事と商売の成功を祝して、乾杯!」

「か、乾杯」

 大商人の言う「ちょっと贅沢」は相当なもので、俺は見たこともないような大御馳走にありつくこととなった。上質な牛肉をはじめ、香辛料で味付けされたスープ、やわらかい焼きたてのパン、滑らかなバター、濃厚なワイン。船上では火を使わないから、温かい食べ物は特に嬉しかった。

 食事中は俺の運んだ荷物の話題で盛り上がった。誰それの荷物はいくらで売れたとか、復路では毛皮や染料を大量に運んだとか、そんな話だ。ソルヴィは自分が関わった商品の行方について興味があるようだった。

「どんな荷物がどこにどれくらい運ばれたかというのは、今後に活かせそうよね」

 ソルヴィは言った。

「どこに需要があるかで、保険をかける航路を決めていけるから……」

 そんな感じで商売の話は尽きなかった。食後、ソルヴィは俺を事務室に通して待たせたかと思うと、ゼリーズ貨幣の入った麻袋を持って戻ってきた。

「今回、三五〇〇ゼリーズを十一人から集めて、保険料の合計は三八五〇〇ゼリーズ。うち保険金としてお出しした額はゼロ。うち三割をあなたにあげるから、一一五五〇ゼリーズね。はいこれ、金額を確認して」

「はい」

 俺は厳粛な面持ちで袋を受け取ると、中に入っている硬貨を数えた。

「確かに、一一五五〇ゼリーズ、頂戴しました」

 結構な金額である。俺は丁重に硬貨を袋に仕舞った。

「じゃあこことここにサインを」

「はい」

 ミーケル・グルージュ、と。

「これでよし!」

 ソルヴィは羊皮紙の片方を俺に押し付けたかと思うと、軽やかな足取りでくるりと一回転した。

「ああ、良かったわ! ひと段落ね! 肩の荷が降りた気分!」

「それは、よかったですね」

「でも、これは始まりに過ぎないわ。まだまだこれからよ。これから、もっと沢山のお客様を相手にして、もっともっと稼いでやるわ。そしてこのシャンロでのし上がる!」

 ソルヴィは俺の元に駆け寄ってきて、俺の手を取った。

「そして将来的にはマーリット商会を、他でもないこの私が継ぐわ! 手伝ってくれるわよね、ミーケル?」

 俺は何だか胸がギュンッと締まって、心拍数が一気に上がったが、辛うじて頷いた。

「もちろんです、ソルヴィ様」

「よろしく!」

「よろしくお願いします」

 これは今後とも気を抜けないぞと、俺は思ったのだった。

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