ほぼ茶色い水の底から
東京未曾有の雪予報であったが、我が町では不発に終わった。代わりに痛いほどの雹が降っている。
レインコートも途中からは力尽き、私はずぶ濡れで帰宅した。
疲れ切った青白い顔と見開いた眼にどこか既視感があったがシェイプオブウォーターの「彼」だと気が付く。
人間に戻らなくては、とめったに使わない湯船に湯を張っている間、私はとある物の存在を思い出した。
台湾人の友人が来日した際に我が家に置いていった入浴剤である。
別に台湾製ではない。
日本の入浴剤を買って帰りたい、という目的を果たすついでにくれた物だ。
シャワーで済ましがちなので使うタイミングを完全に見失っていたが、これは今使うしかあるまい。
押入れの奥にしまい込んでいたのを手探りで探し当てると、今日という日に似合う大層な名を冠した入浴剤が出てきた。
「爆汗湯」である。
ボーボボの必殺技かなんかか???
「ホットジンジャーの香り、脂肪メラメラ、とろり」などの謳い文句が並んでいる。
早速湯船に入れてみると揚げ油の様な、炭酸の様な、手持ち花火の様な音が鳴りだした。
少なくとも風呂から鳴っていい音ではない。
汗が大量に出るという意味で「爆」の字を名付けたのかと思ったが、本当に爆発するという意味であったらしい。まさか、まさかである。
しばらくすると音が収まったので、冷え切った身体を沈めてみる。
なんだこれは。
入浴剤が溶けた湯。非常に粘度が高い。擦り合わせた指と指の間で糸を引く程だ。
そして湯の色はとても風呂には見えない。茶色く染まり、白い浮遊物が舞う。
今朝下ごしらえをしていたゴボウを連想させる。
台湾のとは別の友人が我が家に泊りに来た際。泥付きのゴボウ4kgを置いていった。
それ以来、ゴボウを洗い皮を剥ぐ生活をしている。大量のゴボウをささがき続けたピーラーはいつのまにか茶色くなった。
話を戻そう。
香りに関しても強烈だ。
パッケージにあったホットジンジャーの香りの意味を鼻孔で理解する。
湯気に生姜の香りが混ざっているのだ。これもやはり風呂からしていい匂いではない。
生姜汁に漬け込まれながら私は、母が作る手製のジンジャーエールを思い出していた。
取り立てて特殊な製法ではない。
生姜とシナモンと砂糖を煮詰めてシロップを作るだけだ。
しかし、母のジンジャーエールは生姜のペーストを何故か濾すことはない。
粘度の高い生姜ペーストを炭酸で流し込むという強烈な飲み口なのである。
手の平にすくった風呂の湯でそれを連想する。
これが家の風呂であるからまだ理性を保てているが、前情報なしに入った温泉がこれだったら悲鳴を上げていることだろう。
ひとしきり堪能、というか仔細を観察してから湯船を出る。
身体にまとわりつく風呂湯。
まるで粘液まみれみたいだ。
やはりシェイプオブウォーターじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます